こちら、ときわ探偵事務所~人生をやり直したいサラリーマンと、人生を取り返したい女探偵の事件ファイル~

ひろ法師

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第1章 ふたりの秘め事

第18話 やるしか、ない

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 神社の外の駐車場。カーテンを締め切った車の中で、俺は仕事の上司であり、探偵事務所の所長である神原かんばら椿つばきにこっぴどく怒られていた。
 椿の怒号が車中に響き渡る。

「もう、勝手なことしないでよ!」
「……」

 彼女の鋭い剣幕に、何も言葉が出せない。
 俺は現場から椿に引っ張り出され、彼女の車に押し込められていた。
 外から見えないように車窓にカーテンが閉じられているが、おそらく椿の配慮だろう。

 だが、彼女が俺に向けている感情は本気そのものだった。

「私たちは樹里を捜す依頼を受けて仕事をしているの! 依頼を放棄して、勝手に警察の捜査の邪魔をして、何かあったら責任とれるの? お客さんを裏切ってどうするのよ!」
「その……」

 生野の件と古川の殺害の一件は関連がある――そう考えていたことを言おうとしたが、ただの言い訳に過ぎない。
 これまでの彼女から見たことがない激しい叱責に、俺は頭を下げる他なかった。

「ごめんなさい……」
 
 おそらく、生まれて初めて椿に謝罪したかもしれない。彼女は幼なじみであり、気のしれた友人だ。しかし、同時に俺を雇い入れた、探偵事務所の責任者でもあるのだ。
 椿はため息をつくと、少しばかり口調を緩めた。

「まあ、あなたが考えているように関係あるかもしれないわ。だけど、警察に協力するなら、こっちから情報提供しなきゃ。そちらにしても、証拠がいるでしょ?」
「……はい」
「とにかく、今は樹里のためにも、樹里のお母さんのためにも、やるべきこと優先しなきゃ」

 そうだ。今は生野の捜索が先だ。
 完全にするべきことが頭の片隅に追いやられていた。
 俺たちは仕事として探偵をやっているのだ。勝手に突っ走る自分の行動に問題があった。

 椿は表情を緩め、声もいつものものに戻っていた。

「リツ、頭いいし、いざというときの行動力もあるから期待してるの。でも、行動するときはちゃんと考えてね」
「はい……」
「何か仕事でやってみたいこととか、困ってることあったら、私に相談して? 私も同じ仕事仲間として、いくらでも力になるから」

 上司であり、同僚であり、幼なじみ。俺にとって神原椿という女はいろいろな顔を併せ持つ人物だ。
 だが、逆に椿にとって幼馴染を雇った以上、当たり前のことだった。
 気のしれた友人という立場をとりながらも、やっていることは困っている人を助けながら信頼と対価を得るという仕事を共にする仲間なのだ。
 俺は改めて、ともに仕事をする仲間として椿との信頼を積み重ねていこうと、心に誓った。

 そして、俺たちは再度樹里の捜索に乗り出した。
 家で調べたことから、樹里は姉の遺体が発見される直前にある人物と会っていたことはわかった。
 日記の文面から、その人物は何か犯行をしようと画策しているのはわかった。だが、誰を殺そうとしていたか、それは日記には記述がなかった。
 本人から聞き出すのが一番なのだが、俺も椿もそいつの連絡先を知らない。
 しかも、そいつは現在行方不明だ。

 くそ……なんでこんな肝心な時に……。
 
 迷ったときは椿に相談。

「樹里が失踪したその日、目撃証言がなかったかどうか、併せて調べてみようよ」

***

 俺と椿は再度、生野家がある住宅街に向かった。樹里が失踪したのは昨日。しかも夕方なら、目撃した人もいるだろう。
 そして、予想した通り有力な情報を得られた。

 庭で剪定せんてい作業をしていたおじいさんと話しているときだ。

「三つ編みのかわいい女の子だろ? 日暮れ前に歩いていくのが見えたよ」
「どちら方面に向かってましたか?」

 椿の問いかけるその姿は、親友の身を案じていた。
 俺も聞き取った情報をメモしていく。
 なお、聞き込みの際、相手と対話をするのはコミュ力がある椿の役割だ。

「大谷方面だな」
「ありがとうございます」

 他にも何人か目撃情報がないか聞き取りを行ったが、大谷方面に向かったという目撃情報を多く得られた。
 
その後、俺と椿は再度大谷方面に向かった。夕方近いこともあって、買い物帰りの主婦や学生がバスを降りて歩いてくる。
 俺たちはなるべく多くの人から情報を得られるように、念入りに聞き込みを行った。
 大きな買い物袋を持った女性から証言を得られた。

 なお、この時俺は数キロもある買い物袋を持たされている。家まで運ぶと椿が提案したからだ。
 椿いわく、この探偵事務所の知名度アップと、捜査協力を得やすくするためらしい。

 当然、女一人でこんな力仕事は難しい。
 ……男手が必要ってこういうことかよ!

「え? 緑の三つ編みの女の子が来なかったかって?」
「私たち、その子を捜してるんです。昨日の夕方の時間帯に見かけませんでしたか?」
「そうねえ……暗くてよく見えなかったし、三つ編みの女の子、ざらにいるからねえ……」
「なんでもいいです。何か変わったこととかありませんでしたか?」

 何かを思いついたのか、女性は顔をこちらに向けた。

「大谷城神社方面から、若い男の人と女の人が言い争うような声が聞こえたわ」

 その言葉に俺も椿もはっとする。
 椿はどんなことで言い争っていたかも尋ねた。

「何か、女の人は男の人を止めているようだったわ。殺さないでーとか。男の人は絶対に止めるなって言ってた気がする。物騒なこと言うもんだから怖かったわ」
「そのあと、悲鳴とか聞こえませんでしたか?」
「しなかったわね。言い合いながら、声はだんだん小さくなっていったわ」

 主婦だけでなく、何人かに話を聞いたがやはり男女の言い争うような声を聞いており、内容も「殺さないで」とか「やめて」などの発言が飛んでいたという。
 
 ものすごく嫌な予感がする。
 話の内容からするに、生野らしき女の人は誰かを止めているようにも見える。

 だが、言い争っている男は……。

 そして、その言い争いがあったのは昨日。そして、古川の殺害が判明したのは今朝だ。当然、俺たちは生野やその男を目撃していない。

 聞き込みが終わり、椿の車に戻る途中、俺はあることを椿に提案した。

「なあ、もう一度大谷城神社に行かないか」
「どうして? 言い争っていた二人が気になるの?」
「ああ……。なんか嫌な予感がする」

 今は行くしかない。やるしか、ないのだ。
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