18 / 73
第1章 ふたりの秘め事
第18話 やるしか、ない
しおりを挟む
神社の外の駐車場。カーテンを締め切った車の中で、俺は仕事の上司であり、探偵事務所の所長である神原椿にこっぴどく怒られていた。
椿の怒号が車中に響き渡る。
「もう、勝手なことしないでよ!」
「……」
彼女の鋭い剣幕に、何も言葉が出せない。
俺は現場から椿に引っ張り出され、彼女の車に押し込められていた。
外から見えないように車窓にカーテンが閉じられているが、おそらく椿の配慮だろう。
だが、彼女が俺に向けている感情は本気そのものだった。
「私たちは樹里を捜す依頼を受けて仕事をしているの! 依頼を放棄して、勝手に警察の捜査の邪魔をして、何かあったら責任とれるの? お客さんを裏切ってどうするのよ!」
「その……」
生野の件と古川の殺害の一件は関連がある――そう考えていたことを言おうとしたが、ただの言い訳に過ぎない。
これまでの彼女から見たことがない激しい叱責に、俺は頭を下げる他なかった。
「ごめんなさい……」
おそらく、生まれて初めて椿に謝罪したかもしれない。彼女は幼なじみであり、気のしれた友人だ。しかし、同時に俺を雇い入れた、探偵事務所の責任者でもあるのだ。
椿はため息をつくと、少しばかり口調を緩めた。
「まあ、あなたが考えているように関係あるかもしれないわ。だけど、警察に協力するなら、こっちから情報提供しなきゃ。そちらにしても、証拠がいるでしょ?」
「……はい」
「とにかく、今は樹里のためにも、樹里のお母さんのためにも、やるべきこと優先しなきゃ」
そうだ。今は生野の捜索が先だ。
完全にするべきことが頭の片隅に追いやられていた。
俺たちは仕事として探偵をやっているのだ。勝手に突っ走る自分の行動に問題があった。
椿は表情を緩め、声もいつものものに戻っていた。
「リツ、頭いいし、いざというときの行動力もあるから期待してるの。でも、行動するときはちゃんと考えてね」
「はい……」
「何か仕事でやってみたいこととか、困ってることあったら、私に相談して? 私も同じ仕事仲間として、いくらでも力になるから」
上司であり、同僚であり、幼なじみ。俺にとって神原椿という女はいろいろな顔を併せ持つ人物だ。
だが、逆に椿にとって幼馴染を雇った以上、当たり前のことだった。
気のしれた友人という立場をとりながらも、やっていることは困っている人を助けながら信頼と対価を得るという仕事を共にする仲間なのだ。
俺は改めて、ともに仕事をする仲間として椿との信頼を積み重ねていこうと、心に誓った。
そして、俺たちは再度樹里の捜索に乗り出した。
家で調べたことから、樹里は姉の遺体が発見される直前にある人物と会っていたことはわかった。
日記の文面から、その人物は何か犯行をしようと画策しているのはわかった。だが、誰を殺そうとしていたか、それは日記には記述がなかった。
本人から聞き出すのが一番なのだが、俺も椿もそいつの連絡先を知らない。
しかも、そいつは現在行方不明だ。
くそ……なんでこんな肝心な時に……。
迷ったときは椿に相談。
「樹里が失踪したその日、目撃証言がなかったかどうか、併せて調べてみようよ」
***
俺と椿は再度、生野家がある住宅街に向かった。樹里が失踪したのは昨日。しかも夕方なら、目撃した人もいるだろう。
そして、予想した通り有力な情報を得られた。
庭で剪定作業をしていたおじいさんと話しているときだ。
「三つ編みのかわいい女の子だろ? 日暮れ前に歩いていくのが見えたよ」
「どちら方面に向かってましたか?」
椿の問いかけるその姿は、親友の身を案じていた。
俺も聞き取った情報をメモしていく。
なお、聞き込みの際、相手と対話をするのはコミュ力がある椿の役割だ。
「大谷方面だな」
「ありがとうございます」
他にも何人か目撃情報がないか聞き取りを行ったが、大谷方面に向かったという目撃情報を多く得られた。
その後、俺と椿は再度大谷方面に向かった。夕方近いこともあって、買い物帰りの主婦や学生がバスを降りて歩いてくる。
俺たちはなるべく多くの人から情報を得られるように、念入りに聞き込みを行った。
大きな買い物袋を持った女性から証言を得られた。
なお、この時俺は数キロもある買い物袋を持たされている。家まで運ぶと椿が提案したからだ。
椿いわく、この探偵事務所の知名度アップと、捜査協力を得やすくするためらしい。
当然、女一人でこんな力仕事は難しい。
……男手が必要ってこういうことかよ!
「え? 緑の三つ編みの女の子が来なかったかって?」
「私たち、その子を捜してるんです。昨日の夕方の時間帯に見かけませんでしたか?」
「そうねえ……暗くてよく見えなかったし、三つ編みの女の子、ざらにいるからねえ……」
「なんでもいいです。何か変わったこととかありませんでしたか?」
何かを思いついたのか、女性は顔をこちらに向けた。
「大谷城神社方面から、若い男の人と女の人が言い争うような声が聞こえたわ」
その言葉に俺も椿もはっとする。
椿はどんなことで言い争っていたかも尋ねた。
「何か、女の人は男の人を止めているようだったわ。殺さないでーとか。男の人は絶対に止めるなって言ってた気がする。物騒なこと言うもんだから怖かったわ」
「そのあと、悲鳴とか聞こえませんでしたか?」
「しなかったわね。言い合いながら、声はだんだん小さくなっていったわ」
主婦だけでなく、何人かに話を聞いたがやはり男女の言い争うような声を聞いており、内容も「殺さないで」とか「やめて」などの発言が飛んでいたという。
ものすごく嫌な予感がする。
話の内容からするに、生野らしき女の人は誰かを止めているようにも見える。
だが、言い争っている男は……。
そして、その言い争いがあったのは昨日。そして、古川の殺害が判明したのは今朝だ。当然、俺たちは生野やその男を目撃していない。
聞き込みが終わり、椿の車に戻る途中、俺はあることを椿に提案した。
「なあ、もう一度大谷城神社に行かないか」
「どうして? 言い争っていた二人が気になるの?」
「ああ……。なんか嫌な予感がする」
今は行くしかない。やるしか、ないのだ。
椿の怒号が車中に響き渡る。
「もう、勝手なことしないでよ!」
「……」
彼女の鋭い剣幕に、何も言葉が出せない。
俺は現場から椿に引っ張り出され、彼女の車に押し込められていた。
外から見えないように車窓にカーテンが閉じられているが、おそらく椿の配慮だろう。
だが、彼女が俺に向けている感情は本気そのものだった。
「私たちは樹里を捜す依頼を受けて仕事をしているの! 依頼を放棄して、勝手に警察の捜査の邪魔をして、何かあったら責任とれるの? お客さんを裏切ってどうするのよ!」
「その……」
生野の件と古川の殺害の一件は関連がある――そう考えていたことを言おうとしたが、ただの言い訳に過ぎない。
これまでの彼女から見たことがない激しい叱責に、俺は頭を下げる他なかった。
「ごめんなさい……」
おそらく、生まれて初めて椿に謝罪したかもしれない。彼女は幼なじみであり、気のしれた友人だ。しかし、同時に俺を雇い入れた、探偵事務所の責任者でもあるのだ。
椿はため息をつくと、少しばかり口調を緩めた。
「まあ、あなたが考えているように関係あるかもしれないわ。だけど、警察に協力するなら、こっちから情報提供しなきゃ。そちらにしても、証拠がいるでしょ?」
「……はい」
「とにかく、今は樹里のためにも、樹里のお母さんのためにも、やるべきこと優先しなきゃ」
そうだ。今は生野の捜索が先だ。
完全にするべきことが頭の片隅に追いやられていた。
俺たちは仕事として探偵をやっているのだ。勝手に突っ走る自分の行動に問題があった。
椿は表情を緩め、声もいつものものに戻っていた。
「リツ、頭いいし、いざというときの行動力もあるから期待してるの。でも、行動するときはちゃんと考えてね」
「はい……」
「何か仕事でやってみたいこととか、困ってることあったら、私に相談して? 私も同じ仕事仲間として、いくらでも力になるから」
上司であり、同僚であり、幼なじみ。俺にとって神原椿という女はいろいろな顔を併せ持つ人物だ。
だが、逆に椿にとって幼馴染を雇った以上、当たり前のことだった。
気のしれた友人という立場をとりながらも、やっていることは困っている人を助けながら信頼と対価を得るという仕事を共にする仲間なのだ。
俺は改めて、ともに仕事をする仲間として椿との信頼を積み重ねていこうと、心に誓った。
そして、俺たちは再度樹里の捜索に乗り出した。
家で調べたことから、樹里は姉の遺体が発見される直前にある人物と会っていたことはわかった。
日記の文面から、その人物は何か犯行をしようと画策しているのはわかった。だが、誰を殺そうとしていたか、それは日記には記述がなかった。
本人から聞き出すのが一番なのだが、俺も椿もそいつの連絡先を知らない。
しかも、そいつは現在行方不明だ。
くそ……なんでこんな肝心な時に……。
迷ったときは椿に相談。
「樹里が失踪したその日、目撃証言がなかったかどうか、併せて調べてみようよ」
***
俺と椿は再度、生野家がある住宅街に向かった。樹里が失踪したのは昨日。しかも夕方なら、目撃した人もいるだろう。
そして、予想した通り有力な情報を得られた。
庭で剪定作業をしていたおじいさんと話しているときだ。
「三つ編みのかわいい女の子だろ? 日暮れ前に歩いていくのが見えたよ」
「どちら方面に向かってましたか?」
椿の問いかけるその姿は、親友の身を案じていた。
俺も聞き取った情報をメモしていく。
なお、聞き込みの際、相手と対話をするのはコミュ力がある椿の役割だ。
「大谷方面だな」
「ありがとうございます」
他にも何人か目撃情報がないか聞き取りを行ったが、大谷方面に向かったという目撃情報を多く得られた。
その後、俺と椿は再度大谷方面に向かった。夕方近いこともあって、買い物帰りの主婦や学生がバスを降りて歩いてくる。
俺たちはなるべく多くの人から情報を得られるように、念入りに聞き込みを行った。
大きな買い物袋を持った女性から証言を得られた。
なお、この時俺は数キロもある買い物袋を持たされている。家まで運ぶと椿が提案したからだ。
椿いわく、この探偵事務所の知名度アップと、捜査協力を得やすくするためらしい。
当然、女一人でこんな力仕事は難しい。
……男手が必要ってこういうことかよ!
「え? 緑の三つ編みの女の子が来なかったかって?」
「私たち、その子を捜してるんです。昨日の夕方の時間帯に見かけませんでしたか?」
「そうねえ……暗くてよく見えなかったし、三つ編みの女の子、ざらにいるからねえ……」
「なんでもいいです。何か変わったこととかありませんでしたか?」
何かを思いついたのか、女性は顔をこちらに向けた。
「大谷城神社方面から、若い男の人と女の人が言い争うような声が聞こえたわ」
その言葉に俺も椿もはっとする。
椿はどんなことで言い争っていたかも尋ねた。
「何か、女の人は男の人を止めているようだったわ。殺さないでーとか。男の人は絶対に止めるなって言ってた気がする。物騒なこと言うもんだから怖かったわ」
「そのあと、悲鳴とか聞こえませんでしたか?」
「しなかったわね。言い合いながら、声はだんだん小さくなっていったわ」
主婦だけでなく、何人かに話を聞いたがやはり男女の言い争うような声を聞いており、内容も「殺さないで」とか「やめて」などの発言が飛んでいたという。
ものすごく嫌な予感がする。
話の内容からするに、生野らしき女の人は誰かを止めているようにも見える。
だが、言い争っている男は……。
そして、その言い争いがあったのは昨日。そして、古川の殺害が判明したのは今朝だ。当然、俺たちは生野やその男を目撃していない。
聞き込みが終わり、椿の車に戻る途中、俺はあることを椿に提案した。
「なあ、もう一度大谷城神社に行かないか」
「どうして? 言い争っていた二人が気になるの?」
「ああ……。なんか嫌な予感がする」
今は行くしかない。やるしか、ないのだ。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる