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第1章 ふたりの秘め事
第19話 山の捜索
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言い争っていた二人のうち一人が生野であればの話だが、今朝から今までにかけて、二人の姿がないことを考えると神社周辺ではなく、もっと山奥に入っていったのかもしれない。
大谷城神社。
すでに警察の捜査は終わったようで、警察車両や救急車は引き上げていた。
しかし、駐車場には別にセダン車が一台停められていた。そして、車から男が一人降りてきた。
及川だった。彼も俺たちに気づいたのか、手を上げて合図する
「あ、金谷に神原じゃねえか。警察に締め出されたと思ったけど、戻ってきたのか?」
神原が応対する。
「今度は別件よ。行方不明になった樹里がこっちに来てるって情報があってね」
「ほう。本業の探偵の方に戻ったんだな」
「まあね」
椿は思わず苦笑いする。そして横目で俺を見る。
俺は罪悪感を覚えた。
さっき椿からめちゃくちゃ怒られたし、俺も深く反省している。
「ま、まあ、あれは俺が悪かったわけだし……」
とはいえ、今この問題を離されても何も始まらない。俺は改めて、及川の事情も聴くことにした。
「そういえば、捜査は終わったみたいだけど、古川の母さんは?」
「事情を聴くためにパトカーで警察署に行ったよ。俺はほかに捜さないといけない奴らがいるし……」
古川の母親は息子の死によるショックで、何も喋ることができない状態だという。
だが、及川自身が他の人から聞いた情報で、室伏と松山がこの神社の近くにいることを聞いていた。
「俺もこれからこの山を捜索しようと思ってな」
何かを思いついたように、椿は口を開ける。
「なら、一緒に捜しましょうよ。私たちもこの山に用があるし、一緒なら早く見つかるかも」
「いいのか?」
「ええ。協力あってこその捜索だからね」
俺と椿、そして及川は登山道から大谷山を登り、捜索を行った。
すでに日没間近であるため、なるべく早く生野の安否を確認したかった。
日没前後から気温は十度を下回り始め、寒い夜の山を一人で歩き回るのは危険すぎる。一晩明かしたとなれば、どこかの山小屋で暖をとっているのかもしれない。実際、この大谷山には山小屋が三か所ある。場所も駐車場にある簡易地図で確認していた。
しかし、それは都合の良い憶測。昨日の二人の言い争う様子を考えると、気を病んでしまいそうになる。
そして、室伏や松山と遭遇している可能性もある。
とにかく、俺たち三人は生野たちの名前を叫んだ。
きっと、この山のどこかにいるのだ。少ない可能性に賭ける様に俺たちは叫ぶ。
しばらくして、椿のポシェットに入っていたスマホが振動した。
その画面を確認すると、彼女は一瞬立ち止まった。
「ちょっと……樹里から……」
「え?」
俺は椿のスマホをのぞき込む。同時に及川もさらに背後からのぞいた。
確かに【生野樹里】と、生野の名前が画面に現れた。
俺と椿は顔を見合わせる。
意を決し、椿は通話に出た。
「もしもし? 樹里? どこにいるの?」
【……はぁ……はぁ……】
弱々しい息遣いだけが聞こえる。
「樹里、大丈夫? けが、してない?」
椿は必死に生野に呼びかけた。
【たす……けて……】
「周りに誰かいるの?」
【だれも……いないわ……。暗い場所に……いるみたい……】
「ほかに何かわかることない?」
【近くに……窓があるわ】
俺は生野の情報をもとに目を凝らしてあたりを見回した。
たぶん、この近くに彼女がいる。山にある該当する場所といえば山小屋だ。この近くにきっとあるはず。
さっきの呼びかけに生野が反応したのかもしれない。
もちろん、ここから遠くにいる可能性もある。しかし今は一刻を争う状態。どうか、近くにいてくれ!
山小屋が近くにあってほしい。俺は五感をフル回転させあたりを探った。
「金谷、何か見つかったか」
及川の問いかけに俺は首を振った。山小屋はどこにも見当たらない。
あたりが暗闇に包まれると、目視で捜すのは困難だ。
現在、生野とつながっているのは椿のスマホだけ。スマホから音が出ている。
待てよ……? いい方法があるじゃないか。
俺はあることを提案した。
「椿、生野に一度通話を切ってもらうように言ってくれないか?」
「どうして? どこにいるかわからなくなっちゃうわよ」
怪訝そうな椿に、俺は提案の続きを話した。
「そのあと、こっちからもう一度電話するんだ。その時の音で生野の場所を特定できないかなって」
「なるほどね。スマホを探すときと同じ方法を使うのね」
俺は頷いた。もちろん、この近くに山小屋があることが前提になる。
しかし、雑音も少ない山の中なら聞こえる可能性は十分にある。
そして、椿は生野に俺が伝えたことを話した。生野は了承したようで、一度電話を切った。
彼女はもう一度画面を確認すると、
「じゃあ、電話を掛けるね」
「頼む」
椿は再度生野にコールを入れた。
俺たち三人は聞こえてくるであろう着信音を拾うため、耳にすべての意識を集中させて音を探った。
静まり返った森のどこからか、聞いたことのあるアニメの主題歌が流れてくる……。この音は椿にも聞こえていたようだ。
「これ、『鬼火の剣』の曲だわ。数年前のアニメだけど、樹里、すごくはまってたのよ。今も着信音にしてたわ」
「マジか。じゃあ、この近くにいるんだ」
俺たちはさらに耳と目に意識を置き、あたりを捜す。
きっとどこかに山小屋か、避難できそうな建物があるはず……。
「あ、あったぞ!」
及川の言葉に俺は顔を上げ、彼のほうを見る。
及川はスマホを懐中電灯のように暗闇を照らしていた。そして、俺たち三人がいる場所から百メートルほど離れた登山道の先に、小さな山小屋が見つかった。
確かに、アニメの主題歌の着信音が鳴っている。
急いでその場所に向かう。
古びた木造の山小屋が寂しく佇んでいる。しかし、間違いなく彼女はこの中にいる。
俺たち三人は目を見合わせた。
念のため、周囲に何者かがいないか確認する。
しかし、俺が確認しようとした刹那、目を疑うものが飛んできた。
「⁉」
左側に顔を向けたとき、そいつはまるでこちらを見るようにカッと目を見開き、口から血を噴き出して顔を地面に突っ伏していた。
そいつは俺も、椿も、そして及川も会ったことがある人物だった。
「きゃああああああああああ‼」
椿は声にならない悲鳴を上げて、その場に倒れこむ。
「おい、室伏‼」
及川がすぐに駆け寄る。
「う、嘘だろ……」
俺の口からその言葉だけが漏れ出た。
立ちすくんで、動けない。
目の前にいるのは、以前俺を殴ろうとしたあの巨漢で、古川の右腕であった室伏拓。
及川が必死に室伏の身体を揺すっているが、もう動かない。
少しばかりして、俺は室伏に状況を尋ねた。
「……及川。まさか、室伏……」
「……クソォ……! 死んでる……」
「マジか……」
ああ、と頷くように及川は室伏の身体に背を向けた。
俺はなんとか及川の隣まで歩いて行った。
暗くてわかりにくいが、目が慣れると克明にその無残な室伏の亡骸が顕わになった。
その苦悶に満ちた表情とともに、胸や首元をざっくりと切られ、赤い鮮血が噴き出した跡が顔や衣服に広く付着していた。
たぶん、室伏は誰かに襲われて殺害されたんだ。先に遺体となって発見された古川のように。そして、霊安室で対面した俺の父さんのように。
三人とも、俺にとって様々な感情を与える人物であったが、生ある人間である以上、等しく死を迎えることになる。
しかし、みんな何者かに殺害された……命を奪われたのだ。
――誰がこんなことを……
そう思わずにはいられなかった。
心の奥底に、ほのかな怒りが芽生え始めていた。
「なあ、金谷。警察呼ぶか」
「ああ……頼む」
今はそうするしかないだろう。
俺は同時に及川に救急車の手配も頼んだ。山小屋の中にいる生野を搬送するためだ。
及川はスマホを取り出して警察と救急車を呼んでいた。
俺は人の遺体を見て卒倒している椿のもとに駆け寄り、手を差し出した。
「大丈夫か?」
「あ……ありがとう……」
震えるような、恐怖の入り混じった椿の声。彼女は「探偵は殺人事件にはかかわらない」と話していた。普段、人の遺体を見ることなんてないのだ。
しかし奇しくも、俺たちは殺害された遺体を発見するという形で、殺人事件にかかわってしまったのだ。
だが、俺たちにはやらなければならないことがある。
「とりあえず、生野を助けよう。この山小屋の中にいるんだろ?」
「そ……そうね」
俺たちは生野を救出するため、山小屋の中に入ろうとした、その時だった。
俺はどこからか視線を感じた。
誰かが、こっちを見ている。
「誰だ!」
及川が叫ぶ。
そして、何者かが走り去る音がした。
「金谷、神原、すまない。俺、ちょっと行ってくる」
いきなりの及川の言葉に俺は驚いて逆に尋ねた。
「どこに行くんだよ!」
しかし俺が叫んだ時には、及川の姿は山の木々に隠れて、見えなくなっていた。
大谷城神社。
すでに警察の捜査は終わったようで、警察車両や救急車は引き上げていた。
しかし、駐車場には別にセダン車が一台停められていた。そして、車から男が一人降りてきた。
及川だった。彼も俺たちに気づいたのか、手を上げて合図する
「あ、金谷に神原じゃねえか。警察に締め出されたと思ったけど、戻ってきたのか?」
神原が応対する。
「今度は別件よ。行方不明になった樹里がこっちに来てるって情報があってね」
「ほう。本業の探偵の方に戻ったんだな」
「まあね」
椿は思わず苦笑いする。そして横目で俺を見る。
俺は罪悪感を覚えた。
さっき椿からめちゃくちゃ怒られたし、俺も深く反省している。
「ま、まあ、あれは俺が悪かったわけだし……」
とはいえ、今この問題を離されても何も始まらない。俺は改めて、及川の事情も聴くことにした。
「そういえば、捜査は終わったみたいだけど、古川の母さんは?」
「事情を聴くためにパトカーで警察署に行ったよ。俺はほかに捜さないといけない奴らがいるし……」
古川の母親は息子の死によるショックで、何も喋ることができない状態だという。
だが、及川自身が他の人から聞いた情報で、室伏と松山がこの神社の近くにいることを聞いていた。
「俺もこれからこの山を捜索しようと思ってな」
何かを思いついたように、椿は口を開ける。
「なら、一緒に捜しましょうよ。私たちもこの山に用があるし、一緒なら早く見つかるかも」
「いいのか?」
「ええ。協力あってこその捜索だからね」
俺と椿、そして及川は登山道から大谷山を登り、捜索を行った。
すでに日没間近であるため、なるべく早く生野の安否を確認したかった。
日没前後から気温は十度を下回り始め、寒い夜の山を一人で歩き回るのは危険すぎる。一晩明かしたとなれば、どこかの山小屋で暖をとっているのかもしれない。実際、この大谷山には山小屋が三か所ある。場所も駐車場にある簡易地図で確認していた。
しかし、それは都合の良い憶測。昨日の二人の言い争う様子を考えると、気を病んでしまいそうになる。
そして、室伏や松山と遭遇している可能性もある。
とにかく、俺たち三人は生野たちの名前を叫んだ。
きっと、この山のどこかにいるのだ。少ない可能性に賭ける様に俺たちは叫ぶ。
しばらくして、椿のポシェットに入っていたスマホが振動した。
その画面を確認すると、彼女は一瞬立ち止まった。
「ちょっと……樹里から……」
「え?」
俺は椿のスマホをのぞき込む。同時に及川もさらに背後からのぞいた。
確かに【生野樹里】と、生野の名前が画面に現れた。
俺と椿は顔を見合わせる。
意を決し、椿は通話に出た。
「もしもし? 樹里? どこにいるの?」
【……はぁ……はぁ……】
弱々しい息遣いだけが聞こえる。
「樹里、大丈夫? けが、してない?」
椿は必死に生野に呼びかけた。
【たす……けて……】
「周りに誰かいるの?」
【だれも……いないわ……。暗い場所に……いるみたい……】
「ほかに何かわかることない?」
【近くに……窓があるわ】
俺は生野の情報をもとに目を凝らしてあたりを見回した。
たぶん、この近くに彼女がいる。山にある該当する場所といえば山小屋だ。この近くにきっとあるはず。
さっきの呼びかけに生野が反応したのかもしれない。
もちろん、ここから遠くにいる可能性もある。しかし今は一刻を争う状態。どうか、近くにいてくれ!
山小屋が近くにあってほしい。俺は五感をフル回転させあたりを探った。
「金谷、何か見つかったか」
及川の問いかけに俺は首を振った。山小屋はどこにも見当たらない。
あたりが暗闇に包まれると、目視で捜すのは困難だ。
現在、生野とつながっているのは椿のスマホだけ。スマホから音が出ている。
待てよ……? いい方法があるじゃないか。
俺はあることを提案した。
「椿、生野に一度通話を切ってもらうように言ってくれないか?」
「どうして? どこにいるかわからなくなっちゃうわよ」
怪訝そうな椿に、俺は提案の続きを話した。
「そのあと、こっちからもう一度電話するんだ。その時の音で生野の場所を特定できないかなって」
「なるほどね。スマホを探すときと同じ方法を使うのね」
俺は頷いた。もちろん、この近くに山小屋があることが前提になる。
しかし、雑音も少ない山の中なら聞こえる可能性は十分にある。
そして、椿は生野に俺が伝えたことを話した。生野は了承したようで、一度電話を切った。
彼女はもう一度画面を確認すると、
「じゃあ、電話を掛けるね」
「頼む」
椿は再度生野にコールを入れた。
俺たち三人は聞こえてくるであろう着信音を拾うため、耳にすべての意識を集中させて音を探った。
静まり返った森のどこからか、聞いたことのあるアニメの主題歌が流れてくる……。この音は椿にも聞こえていたようだ。
「これ、『鬼火の剣』の曲だわ。数年前のアニメだけど、樹里、すごくはまってたのよ。今も着信音にしてたわ」
「マジか。じゃあ、この近くにいるんだ」
俺たちはさらに耳と目に意識を置き、あたりを捜す。
きっとどこかに山小屋か、避難できそうな建物があるはず……。
「あ、あったぞ!」
及川の言葉に俺は顔を上げ、彼のほうを見る。
及川はスマホを懐中電灯のように暗闇を照らしていた。そして、俺たち三人がいる場所から百メートルほど離れた登山道の先に、小さな山小屋が見つかった。
確かに、アニメの主題歌の着信音が鳴っている。
急いでその場所に向かう。
古びた木造の山小屋が寂しく佇んでいる。しかし、間違いなく彼女はこの中にいる。
俺たち三人は目を見合わせた。
念のため、周囲に何者かがいないか確認する。
しかし、俺が確認しようとした刹那、目を疑うものが飛んできた。
「⁉」
左側に顔を向けたとき、そいつはまるでこちらを見るようにカッと目を見開き、口から血を噴き出して顔を地面に突っ伏していた。
そいつは俺も、椿も、そして及川も会ったことがある人物だった。
「きゃああああああああああ‼」
椿は声にならない悲鳴を上げて、その場に倒れこむ。
「おい、室伏‼」
及川がすぐに駆け寄る。
「う、嘘だろ……」
俺の口からその言葉だけが漏れ出た。
立ちすくんで、動けない。
目の前にいるのは、以前俺を殴ろうとしたあの巨漢で、古川の右腕であった室伏拓。
及川が必死に室伏の身体を揺すっているが、もう動かない。
少しばかりして、俺は室伏に状況を尋ねた。
「……及川。まさか、室伏……」
「……クソォ……! 死んでる……」
「マジか……」
ああ、と頷くように及川は室伏の身体に背を向けた。
俺はなんとか及川の隣まで歩いて行った。
暗くてわかりにくいが、目が慣れると克明にその無残な室伏の亡骸が顕わになった。
その苦悶に満ちた表情とともに、胸や首元をざっくりと切られ、赤い鮮血が噴き出した跡が顔や衣服に広く付着していた。
たぶん、室伏は誰かに襲われて殺害されたんだ。先に遺体となって発見された古川のように。そして、霊安室で対面した俺の父さんのように。
三人とも、俺にとって様々な感情を与える人物であったが、生ある人間である以上、等しく死を迎えることになる。
しかし、みんな何者かに殺害された……命を奪われたのだ。
――誰がこんなことを……
そう思わずにはいられなかった。
心の奥底に、ほのかな怒りが芽生え始めていた。
「なあ、金谷。警察呼ぶか」
「ああ……頼む」
今はそうするしかないだろう。
俺は同時に及川に救急車の手配も頼んだ。山小屋の中にいる生野を搬送するためだ。
及川はスマホを取り出して警察と救急車を呼んでいた。
俺は人の遺体を見て卒倒している椿のもとに駆け寄り、手を差し出した。
「大丈夫か?」
「あ……ありがとう……」
震えるような、恐怖の入り混じった椿の声。彼女は「探偵は殺人事件にはかかわらない」と話していた。普段、人の遺体を見ることなんてないのだ。
しかし奇しくも、俺たちは殺害された遺体を発見するという形で、殺人事件にかかわってしまったのだ。
だが、俺たちにはやらなければならないことがある。
「とりあえず、生野を助けよう。この山小屋の中にいるんだろ?」
「そ……そうね」
俺たちは生野を救出するため、山小屋の中に入ろうとした、その時だった。
俺はどこからか視線を感じた。
誰かが、こっちを見ている。
「誰だ!」
及川が叫ぶ。
そして、何者かが走り去る音がした。
「金谷、神原、すまない。俺、ちょっと行ってくる」
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