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王妃奪還作戦【5】

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 数々の人々の選択肢の道の一つを見る【予知】は、不変の未来を見る【未来予知】の下位にあたる。けれど、全くの下位ではない……【未来予知】よりは燃費が良く一日に何回か行うことが出来る。ただ、変化する未来の一つを見ることができるだけなので、外れる事のが多い。多のだが……。

「流石にここまで阿呆する国やないと……信じてたんやが、あたっとったな」

「あらぁ、スケイス様も信じて要らしたなんて、奇遇ですわ。このような愚の限りを突き進むことはなされないと、鳥かごの中で、わたくし信じておりましたの」

 オホホホ……と優雅に口に手を当てながらも、目は力なく横たわる奴隷を見て悲しみに濡れている。悲しみ、苦しむ位ならば、冷酷に向かってくる奴隷の命を奪うこの魔物を恨めばいい。それなのに王妃の目は確かに自分が居ることで起きた悲劇だと受け止めるように、目を潤ませる。ただ……足取りは王妃そのものと言って良いほどにしっかりとした者だった。武人のように……花弁のように……死体が転がる中で強かかつ艶やかだった。

「そうでっか、殺したのはわてや【主はぁん、グラスはん、自称ママ悪魔はーん、ドロウはん。王妃様確保しましたんで、わてさきに行ってますわ~】……誰も返事せぇーへん」

「この国の人間は消ゆる哀愁の残り香、大した知恵を持つ人間は残っておりませんこと故に、人を弄ぶ事がまかり通っております。その犠牲者の救援にみな手が一杯なのでしょう? わたくしの回収に向かわせた人間はそうでなくては意味がありませんことよ」

「……んじゃ、主はん以外脱落やな」

 自分は、予知して奴隷解放して逃がすよりも、死んだほうが幸せだと判断した奴隷は、容赦無く命を奪って殺してしまっている。予知やと悪魔も、グラスはんも自分の求める者の為に先に行動して……ドロウはん、はそもそも戦闘要員じゃない。んで、まともに奴隷の救援をおこなっとるのは、カリスティアはんだけや。

「あら、お一人も居るのでしたら上出来ですわ。教えて下さりありがとうございます」

 この王妃も王妃で癖が強い。白髪交じりの空色の髪を若干揺らして笑う。そこには暗さも哀愁も消えて居て、まるで自分の居るところや行動で人が死したのを切に受け止めたような、強い空色の瞳が一時的に人間の肉に覆われた自分と目を合せた。

「リチェルリット王妃として命じます。わたくしを傷一つ付けずにここから助け出しなさい……。なんて元法王の貴方に命令する事となるなんて、夢にも思いませんことよ」

「仰せのままに……。そりゃわても予想外やった、予知しててものう……。勿論、わての今の名前はスケイスや。ナイスで可愛らしいガイコツさんや、今は肉に覆われてますけんどなぁ」

「可愛らしい? 百歩譲りましてかっこいい、またはナイスは同意しましょう。可愛らしいかは鳥の粗相と自身の顔をお比べになってもう一度おっしゃってくださらないかしら」

 可愛らしさは鳥の糞ど同等と……言いよるなこの王妃。カツカツと杖を着きながら王妃の目の前で容赦無く人の命を散らして守る。チラリと見てみると王妃はもう覚悟は済ませたと言わんばかりのすまし顔で、散った命に敬意を表するように、何度も神へ、死者の安らかな眠りを乞う祈りの言葉を手向けていた。

 そのまま脱出に向けて進んでゆくところで。


アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ


 あの小生意気な悪魔の劈くような笑い声が、あたり一帯に反響して響いた。流石の王妃も耳に手を当てて身を震わせて顔をしかめた。動じないわてに目をやって「貴方の仲間なの?」と問うように目を細めた。わては、それに首を振った。仲間、仲間なのだが戻っては来ない……もう戻ってはこないのだから。せめて心を煩わせるわけにはいかない、どちらも知られる事で心を痛めることをわかっているからのう。

(耐えられんかったか……ウィーンはん。そうやったか……。さよならやアバズレ悪魔……楽しかったで)

 ウィーンはんは、此処で壊れるんや……完全に。

 わての予知、ウィーンはん……アドラメルクはんは、カリスティアはんの具現化の僅かな死者蘇生の可能性を欲してしまい、わてと相打ちになる形でどちらも死ぬ未来と、具現化を自分の望むとおりに使うことを拒んだカリスティアはんを殺す未来、今のように自身の心の限界を悟り、支離滅裂な思考と心で……自ら狂い自死する方法。


 二人の仮初めの母として居るならば一番良い選択だろう……自らの自死が。


 不意に、自身の頬に一筋の生暖かい感覚が上から下へ伝ってきた。あぁ、ダメや、これだからわては人の上に立つのが向いていないんや。

【二人の事をお願いね。お前みたいな骨に私のカリスティアちゃんとグラス君託すんだから……厄災になんかなったらタダじゃおかないわ……よろしくね。スケイス】

(何でそろいも揃って、憎たらしいお前のような奴は……わてに託してみんな死んで行くんや……ボケ)

 悪魔の狂った笑いに恐れた奴隷は、強く契約に縛られた者以外はわてらを押しのけて逃げてゆく。顔が熱い、鼻水も止らん、こんな顔はあのがきんちょ二人だけには見せられん。

「仲間でないのでしたら、足を止めるのは不要です。歩きなさい」

「おん、すまんなぁ……」

 言葉の単語だけ見れば冷酷な一言だが、泣き腫らすわてを見ての気遣いの一言。わてはその言葉に歩みを進める。何度も何度も、あの悪魔に向かって馬鹿女、馬鹿悪魔と力なく罵りながら。

 わては、託されるのが一番嫌や、託すのも一番嫌や……。

(託されたもんを……果たせないのはもっと嫌や。これで、わて死ねんようになってまったやんか。恨むで馬鹿女)

 カツカツ、カツカツと王妃を護衛しながら城を脱出して8番区に行く。落ち合い先の水道の入り口と思われる所にドロウはんが、浮かない顔で家の壁に背を預けて地べたに座っていた。相当な怪我を負っていたので、再会の挨拶もせんことに治癒魔術を開始させた。

「わたくしも、治癒魔術の心得はあります。お手をお貸ししますわ」

「王妃なのにほんま友好的やな! たのむで!!!」

 毒に犯されている様子はないものの、槍に貫かれ剣のような刃物で無数に切られた傷が細かいの大きいの含め、無数の傷があった。王妃の手助けもあり止血と傷の治療をそれぞれの役割分担で行うことが出来て、スムーズにドロウはんの傷は塞がってゆく。やがて、大きい血の交えた咳と共にドロウはんの意識が戻った。

「んあ、あ? ありがとう。 俺ドロウっていいます王妃様?」

「え? ええ、リチェルリット王妃です」

「あんさんも大分図太くなったのぅ……死にかけで自己紹介するなんて、やるやんか」

「通信で聞いてたからな。ウィーンさんの話しって、していいか?」

「おん、治療済ませてからや」

 偉く図太いなと思ったらせや、通信したのうと考え治してドロウはんの治療を進めた。多岐にわたる傷でわても王妃も治癒術は出来る程度で言うほど得意じゃない。全部治すのは時間が掛かりそうだと悟って死なないある程度と剣が握れる所まで治療を一旦止めた。

「この後、二人を迎えにいかなあかんから途中までや、結界は張っておくから安心せい」

「ウィーンさんは……」

「もう、ダメや」

「ダメじゃない、俺をここまで運んでくれたのはウィーンさんだ!!! ちょっと癇癪が過ぎてるだけで、」

「ドロウはんから見て……助けてくれはったウィーンはんが、癇癪で収まるような状態やったか?」

 沈黙は金というが、この際の沈黙は肯定となる。何も言わないドロウはんに一瞥くれて背を向ける。結界を二重に張り歩き出す。城からはウィーンはんが暴走で、至る所から破壊音が鳴り響き……破壊のさいに生じる轟音が鼓膜を揺らす。


「くくる腹が何個あっても足りへんわ……こんな世界」


 精々着いた悪態も、鼻声で恰好がつかないままに、鼻をすすってゆく。

 
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