エターナル・ビヨンド~今度こそ完結しますように~

だいず

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1巻:動き出す歴史

第一話:少年たちの戦争 第一章:旅立ち

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 第一章:旅立ち
 闇の中、リオンは息を詰めた。何度も見た光景に今日もおののく。冷たい夜の風が肌を刺し、かすかな炎の残光が瞼の裏に揺らめく。
「リオン、走って!走るのよ!」
 姉の手が力強く彼の腕を引いた。その指先は震えている。それでも、彼女は決して歩みを止めない。
 森の中を走り抜ける。背後から、蹄の音が迫る。逃げなければ。
 しかし、次の瞬間。何かが二人の間に割って入った。振り下ろされた剣が、空気を切り裂いたのだ。リオンの手が離れ、姉の悲鳴が響き、すぐに断ち切られた。
「…姉ちゃん!」
 何かに突き飛ばされるように夢中で走った。気づけば、どこに向かっているのかも分からなくなった。ただひたすらに、姉の言葉通り、走り続けた。
 そうしているうちに、誰かに抱きしめられた。温かさを感じ、ようやく脚が止まった。しかし、姉はもう、いなかった。


「リオン、起きなさーい」
 穏やかな声が、夢の淵から引き戻す。目を開けば、シエラの顔がそこにあった。もう姉の顔よりも多く見た、幼なじみだ。

 いずみ村の教会。シエラとリオンは、大量の物品を広げていた。我が物顔で上等な木製の床を占拠するのは、ここがシエラの実家であるからに他ならない。
「だからさ、予備の水袋も持っていくべきだよ!」
 シエラは手際よく荷物を詰めながら、次々と新しいものを足していく。毛布、食料、よくわからない護符、近所のおばあちゃんがくれた幸運のお守り…。彼女にとって、どれも欠かせないものだった。
「そんなに持っていってどうするんだ。まるで遠足気分だな。」
 リオンは呆れたように吐息を漏らす。
「まあ、遠足みたいなもんじゃない?ほら、村の外に出るのは初めてだし。」
 今日に限ったことではないが、シエラは楽観的だ。未知の世界を恐れるよりも、そこに何があるのかを楽しみにしている。
「俺は行かなくてもいいなら行きたくないけどな。」
 リオンはそっけなく返す。しかし、その指先はしっかりと荷袋を握りしめた。現在の状態として、正しいのは絶対に自分だと確信しながらも、シエラの態度に羨望を感じずにはいられなかった。

 魔境大陸—魔法に満ちた広大な大地。
 太古の時代は、魔法由来の生物“魔物”の巣窟であったらしい。決死の覚悟で上陸した戦士たちは、魔物との争いを経て、切り拓いた土地に国を建てたという。
 やがて、その地を支配する二つの国家が台頭した。魔境帝国と北方王国だ。
 魔境帝国は、この大陸の南半分を統治し、豊かな魔法の技術と多様な氏族を有する覇権国家となった。一方、北方王国は、騎士や貴族を中心とした結束の強い民族社会を形成し、科学技術を開発し魔法に頼らない国家となっていった。だが、二か国の発展は衝突を避けられず、対立はいまだ続いている。
 その最前線に位置するのが、いずみ村である。魔境帝国の北限にあるこの村は、女神湖という水源を有する。また、国境にも近い。ここを守るために北限砦が築かれ、帝国の防衛の要所として日々警戒が続いている。
 このいずみ村から今年、帝国軍の兵士となる決意を固めた子供が二名出た。シエラとリオンである。十代の子供が帝国軍の兵士となるためには、兵学校への入学が必要だ。彼らは明日、帝都にある兵学校を目指して村を立つ予定である。

 荷造りを終えた二人は、外で風にあたる。教会の裏手は小高い丘になっている。そこには、時の流れを見守るようにそびえる神木があった。村が一望できるこの場所は、二人の幼いころからのお気に入りだった。
 リオンは、いつものように丘を見下ろす。今日も、村の夕暮れは静かだった。旅立ちを控えたこの時間でも、当然ながら、変わらぬ日常の営みが続いている。リオンは、じっと遠くを見つめつづけた。
「リオン?」
 しばらくして、シエラが声をかける。彼の横顔には、いつもより深い影が落ちていた。
「なあ、捕虜身分って…知ってるか?」
 彼の声は低く、どこか自嘲的だった。
「知ってるよ。北方王国から来た難民の人は、ほとんどが、正式な市民じゃなくて捕虜扱いになる。自由に村で暮らせても、いつでも身柄を拘束される可能性がある。だから…」
「その通り。」
 リオンは手のひらを開く。そこには、彼の捕虜身分を示す小さな識別章があった。木製のそれは粗末な作りで、村民が持つ金属製の国民章とは、明らかに違っていた。
「俺が兵士になることで、これを鉄に変えられる。……それで、ようやく正式な”人”になれるってわけだ。」
 シエラはじっと彼を見た。いつもは気にしない現実が、突きつけられる。リオンにとって、兵学校も、従軍も、何も面白いことはない。重くのしかかる義務であり、意思の否定だ。
「ごめん、ちょっと能天気すぎたね」
 シエラは心底申し訳なさそうに、謝る。彼女は大雑把なところがあるが、素直に反省する。そんなところを、リオンは嫌ではなかった。
「責めてるわけじゃない。オレは…シエラほど強くないんだよ」
 彼の声には、かすかな震えがあった。シエラはそれ以上何も言わず、そっと彼の隣に座った。彼女はリオンよりも大まかにではあるが、彼の繊細さと優しさを理解していた。
 夕陽が、静かに二人を染めた。
「何があっても、絶対に二人で生きて帰ろうね。」
 シエラはそう切り出し、「じゃあお祈り!」と神木に手を合わせた。彼女は村を統べる祭礼の娘だ。普通にしていても、やはり信心深い。リオンはそこまで神々を信じていないが、ここは彼女に倣った。
 こういう時は、誓うべきか願うべきか。リオンには分からなかった。


 翌朝。明け白む空の下、二人は村の入口に立っていた。
「気をつけてな。」
 シエラの継父とリオンの養父が見送りに来ていた。いずみ村では、手厚い見送りは縁起が悪いとされる。シエラの母は、姿を見せなかった。
「いってまいります」
 シエラが深く頭を下げる。リオンも軽く頭を下げた。父親たちは軽く手を挙げて応えた。
 二人は歩き出す。西へ向かって。不思議と、後ろは振り返らなかった。
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