エターナル・ビヨンド~今度こそ完結しますように~

だいず

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1巻:動き出す歴史

第一話 第五章:盗賊との盟約 1~2

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 第五章:盗賊との盟約
 一、ヤトウ族のアニ

「助けてやったんだ。礼くらい言ったらどうだ?」
 謎の大男は四人を見渡し、森の静寂を破る。低く、しかし自信に満ちたハリのある声。巨大な魔物で浮足立っていた皆は、地に足がついたような心地になった。
 昼下がりの光を背に立つ若い男。身なりの野蛮さと顔や身体つきの端正さがアンバランスだ。こんな状況で無ければ、きっと魅入られてしまうだろう。
 ゼンジが、軽く息を吐いて呟く。
「修業の森に盗賊か……まったく、世も末だ。」
 吐き捨てるような言葉にも、男は不敵な笑みを崩さない。
「勘違いするな。俺はヤトウ族。盗みはしない」
 シエラが怪訝そうに首を傾げた。
「どういう意味?盗賊なのに?」
 間の抜けた問いに、チャコは少し表情が緩んだ。盗賊に「拾ってもよろしくて?」と断りを入れてナイフを拾うと、ベルトに着け直しながら説明を始めた。
「魔境帝国では、国民章を持たない者は、おしなべて盗賊と呼ばれている。単に盗みを働く奴らっていう意味じゃないのよ。帝国の秩序に適応できなかった氏族が、そう呼ばれるってだけ。」
 リオンが考え込むように言った。
「つまり、何もしなくても、生まれながらに“ならず者”として扱われる者もいるってことか。」
 チャコは軽く頷いた。しかしゼンジの表情は厳しい。
「法的な定義はそうだ。魔物を狩ることで生計を立てる一族もいるとは、聞いている。」
「まさにそれだ。」
 盗賊の男は、足を組みながらゼンジに槍の柄を指し向ける。ゼンジは思わず、剣に手をかける。
「ただ問題は、盗賊ってのは嘘をつくってことだよ。」
 その態度に、盗賊はやれやれといった反応で首を振る。
「俺は、ヤトウ族のアニ。盗賊だ。だが、盗人じゃない。ヤトウ族は、魔物を獲物にする独立氏族だ。」
 粗雑な言い様ではあるが、正式な身分を明かすその名乗りには、確かに異種族への礼節が備わっていた。ゼンジは諦めたように姿勢を正す。彼もまた、魔境に生きる氏族の一員だからだ。
「アニさん、さっきは助けてくれてありがとう」
 シエラは盗賊の名を呼び、笑いかけた。チャコは声を出さなかったが、軽く膝を折った。アニは二人に顔だけ向けて、何も言わなかった。
 簡単なやり取りではあったが、この場を安全にやり過ごすには十分だった。リオンは何もしなかったが、状況は理解していた。

 アニは「じゃ」と切り出し、討伐した魔物の死骸を肩に背負う。森の奥に向かって踵を返した。
「もとより長居するつもりはない。この森は本来の、縄張りじゃないからな。大物が見つかったから足を延ばしたまでだ。」
 ぶつぶつ言いながら木々の間に消えようとする彼の背に、チャコが声をかけた。
「まって。それ、どうするの?」
 アニは立ち止まり、軽く肩をすくめて振り返った。
「どう、って。色々さ」
「あなた達は、それほど大きな魔物素材も扱えるの?帝国軍の備品部門にも、そんな技術は無いわ」
「アンタらの国のことは知らんよ」
 あしらおうとするアニに、チャコは食い下がる。
「見せてほしい」
 アニはチャコにしっかりと向き直る。
「ついてくるのは勝手だ。これ以上、俺の時間を無駄にするな。」
 不敵な笑みが、昼の光に浮かび上がる。これが全ての始まりだとは、まだ誰も知らなかった。


 二、ヤトウ族の隠れ里

「ついてこい。少し歩くぞ。」
 アニは腰に下げた袋をさぐり、巨獣を一撃したあの槍を持ち直した。槍の先に袋から出した塊を突き刺し、指先で微調整して固定する。それは、気味の悪い異形の頭部だった。
「人食いミミズの頭だ。」
 アニの説明に、シエラは顔をしかめた。人食いミミズは、地中に生息する巨大なミミズ状の魔物であるらしい。生命力が強く、頭部だけを切り取っても機能を失わないのだという。確かに、槍に突き刺さった頭部は大きな口をカチカチと動かして虚空に噛みついていた。
 彼は静かに地面へと槍先のミミズ頭を向ける。すると、ミミズの鼻らしき部分が土の香りを捉え、地面に噛みついた。ガツガツと土を咀嚼し、震えながら地面を食い進み始めた。頭部の根元から漏れ落ちる様は、初めて見るものには吐き気をもよおす光景だった。
 皆が視線を外していたが、チャコだけは目を見開きながら、その仕組みに見入っていた。
「魔物素材の活用の極致ね。まさか、こんな形で使われているとは……。」
 アニは地面を見たまま、軽く笑った。
「俺たちは魔物を退治しているわけじゃない。生きるために狩っているんだ。」
 チャコが興味深そうにうなずくと、アニは「食えないのが難点だがな」と冗談めかして付け加えた。以外にも、魔物は食べられないらしい。
 チャコ以外の面々が寄る辺なく立ち尽くしていると、やがて土の排出が収まった。ミミズは元気そうであったが、食う土が無くなったらしい。ミミズの堀り跡に目をやると、すでに土の中にある穴につながったらしい。
「秘密のトンネルか?」
 ゼンジは険しい表情で暗闇をのぞき込んだ。はっきりとは見えないが、通路のような空間が広がっているようだ。
「帝国に反社会勢力の秘密通路があるとはな……これは由々しき事態だ。」
 彼の言葉にアニは何も答えなかった。ただ、槍を背負い直し、トンネルの中へ足を踏み入れた。シエラたちも続いて飛び込み、歩き始める。
 地下道は広く、奥へ進むにつれ、壁面に埋め込まれたいびつな形の石が発光し、淡い光を放っていた。アニによると、長い時間をかけて結晶化しつつある魔物の骨であるらしい。細かく刻まれた通路は複雑に入り組んでおり、ときおり部屋のような空間がある。まるで、地下全体が生き物の体内のように広がっていた。
 しばらく歩いていくと、石で舗装された通路に行き当たった。その先には、小さな石の破片で飾られた壁によって区切られた居住区が広がっていた。入り口の天井には光る骨の結晶で作られた飾りがゆらゆらと揺れ、ささやかな門を形成している。
 門の近くには広場があり、小さな子供たちが駆け回っている。彼らの目がアニを見つけるや否や、歓声があがった。
「ちっちゃい伯父ちゃん!」
 子供たちが次々と駆け寄る。アニは軽く笑いながら、一人ひとりの頭を撫でていく。
「…子供ばかりじゃない。」
 シエラが、いぶかしげにつぶやく。広場には子供たちしか見られず、大人が一人もいない。まるで教会の孤児院のようだ。
 リオンも違和感を持ったのか、不思議そうに辺りを見渡した。
「ヤトウ族って、狩猟民族じゃないのか?戦える奴が少ないようだけど」
 アニは子供の頭を撫でながら、静かに答えた。
「荒い生活の盗賊は腐るほどいるからな。殺しが好きな奴は、ヤトウ族には残らんさ。今残っているのは、老人と子どもばかりだ。」
 シエラはアニの声に、何か寂しい気配を捉えた。しかし、考え込む暇もなく、アニが言う。
「里に来た者は里伯父を尋ねるのが掟だ。行くぞ。」
 アニは子供たちの間を悠然と進んでいく。シエラたちは、導かれるままに奥へと歩を進めた。
 
  
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