エターナル・ビヨンド~今度こそ完結しますように~

だいず

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1巻:動き出す歴史

第一話 第五章:盗賊との盟約 3~4

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 三、盗賊城対策会議

 その頃、帝都では―
 厳格な空気が張り詰める会議室に帝国の中枢が集結していた。広々とした空間の中央には、魔法で制御された巨大な立体地図が設置されている。砂の彫刻は大陸を再現し、時折ゆっくりと動きを見せる。地図の周囲には重鎮たちが並び、その奥には皇帝の玉座が鎮座していた。皇帝は腕を組み、深く考え込むように座している。傍らには補佐官が寄り添うように立っている。
「盗賊問題はもはや看過できぬ!」
 よく通る堂々とした声が響いた。トッパ将軍だった。彼は地図を見下ろしながら語気を強める。
「盗賊、奴らは帝国の秩序を脅かしている。帝国の領地で、独自のルールを押し通し、国民への被害を拡大させている。盗賊狩りを徹底強化し、秩序を取り戻すべきです!」
 財務大臣も気ぜわしく同調する。
「ん、まあ経済の観点から言ってもですね、盗賊の放置は危険でございます。一番の懸念は、交通治安の維持困難。帝都‐旧都線の南北街道のあたり、つまり、盗賊城近郊ですね。その近辺の交易の混乱は、すでに深刻化しております。彼らの略奪による損失は計り知れません。討伐こそが合理的な選択でしょう。」
 しかし、皇帝がその言葉を遮った。
「盗賊とは何か。」
 面々は、その言葉に思わず動きを止める。
「われらは単に、盗む者を盗賊と呼ぶのではない。あれは、“氏族”だ。
 魔境帝国は、異なる文化や思想を持つ氏族の連合だ。氏族の独立は帝国の多様性と連帯の証でもある。我々政府は単なる統治者ではなく、氏族たちの統合と魔境の意志の名代でなくてはならない。」
 つづいて、バンジ将軍が口を開いた。
「私も陛下と同じ立場だ。私は今、軍で帝国を守る立場にあるが、それも元をたどれば氏族の選択の結果によるものだ。帝国はそもそも、一枚岩ではない。氏族はそれぞれの誇りを持ち、生き方を選ぶ。盗賊と呼ばれる者たちも、都合は悪いが、氏族としては成り立っている。」
 バンジ将軍の言葉に、皇帝補佐官が少し安堵した様子を見せた。しかし、内務大臣が眉をひそめる。
「とはいえ、現実の問題も見過ごすわけにはいきません。現在の盗賊の行為には、目に余るものがあります。他の氏族の多様な暮らしかたに口を出すつもりはありませんが、今回に限っては討伐もやむなしでしょう。」
 皇帝補佐官は、このままでは皇帝の意見が通りにくいことを悟った。打開のために、いまだ口を開かない戦略部のトム教官へと視線を向けた。おしゃべりな彼のことだ、ただ押し黙っているわけではあるまい。
「トム教官、君の見解を聞こう。どうかね?」
 その指名に、若き教官は「待ってました」と言わんばかりに一歩前へ進み出る。長い金髪がふわりとなびく。彼はうやうやしく立体地図を眺め、軽薄にも見える笑みを浮かべる。そしてゆったりと口を開いた。
「討伐か、共生か―まったく単純な選択ですね。」
 彼は巨大な砂の地図の上にどかどかと足を踏み入れる。内務大臣が嫌な顔をするのを無視して手をかざすと、それが形を変え始めた。砂粒が舞い、盗賊の群れのような形となる。砂地図の魔法制御を上手く利用するのは、さすが若者といったところか。
「さて、皆さん。ここにいる盗賊たちをどう扱うべきでしょう?」
 トム教官は手を振り下ろし、一部の盗賊城の砂を切り崩した。
「討伐すれば、こうなる。」
 崩された盗賊の塊が、地図の大陸に不規則な波紋を広げるように消えていく。トム教官はそれを指し示しながら続けた。
「盗賊をすべて討伐すれば、その時の治安は回復する。しかし、他の氏族はどう思うでしょう?彼らは不安を覚え、次は自分たちが狩られるのではないかと疑念を抱く。それは内乱へと繋がる火種になるかもしれません。」
 説明に聞き入る面々に対し、トム教官は続ける。
「都暮らしが長いと忘れてしまいますが、魔境の多様性は底知れぬものがあります。例えば、魔物使い達。彼らは“聞き分けの良い盗賊”といった具合の生活を送っており、実のところ盗賊との違いは非常になだらかだ。虹をいくら眺めても切り替わりなどないように、ばっさり切り分けることなどできぬのです。」
 次に、ゆっくりと両手を広げ、砂の盗賊たちを抱き寄せるような動作をする。
「共生すれば、こうなる。」
 しかし、彼はそのまま指を動かし、砂の一部を別の形に変化させる。鋭い爪を持つ盗賊の影が浮かび上がった。
「とはいえ、凶悪な盗賊―人を襲い、盗み、時に殺してしまう者まで抱きしめるわけにはいきません。」
 トム教官は抱きしめた悪い盗賊を壊して、砂埃を払う。軽く肩をすくめ、「妻帯しているからと言って、女はすべからく抱くべしとは思わんでしょ?」と、冗談めかして言った。
 一瞬、会議室内が冷たく沈黙する。バンジ将軍は苦笑し、内務大臣は大きなため息をついた。トム教官はその空気を楽しむように笑いながら、最後に残った砂の彫刻に手をかける。
「選択肢は二つだけではありません。第三の道もあるかもしれませんよ。」
 皇帝は目を細めた。
「それは?」
 トム教官は意味深な笑みを浮かべる。懐には、昨日発行した修業の森の入場許可証の写しが入っていた。


 四、ヤトウの里伯父

 ヤトウ族の里の奥、岩壁に囲まれた集会場。そこには、三人の老人が並んで座していた。彼らは同じような衣服を纏い、似た顔つきをしている。皺の深い顔に刻まれた表情は穏やかでありながらも、年月の重みを感じさせるものだった。
「――客人か。ここへ来る者は久しいな。」
 中央の長老がゆっくりと口を開いた。しわがれた声は、静かに響く。
「拒んでいるわけではない。だが、ここは他の氏族に見つからぬものでな。ゆえに我々を知る者は少ない。」
 シエラたちは慎重に座を取った。アニは少し離れたところで黙って立っている。チャコが静かに息を整え、長老たちへ問いを投げかけた。
「帝国軍下兵学校の学生、チャコと申します。ヤトウ族の方々は、魔物素材を有効活用しておられると伺いました。」
 彼女は丁寧な言葉遣いを心がけていた。年長者への敬意は、育ちの影響から自然と滲み出る。
「それほどの技術をお持ちなら、素材を欲しがる外部の人間は少なくないと思うのですが…?」
 長老たちは少女の礼儀正しさに微笑して頷く。一人が静かに答えた。
「魔物は、優秀な生活の糧。しかし、食べるわけにはいかぬ。食えぬものは、そう価値が無い時代じゃろ。」
「食べることができない?」
 リオンが問い返すと、長老は少しだけ彼の顔を観察し、笑顔で頷いた。
「魔物の肉は、呪いや毒を孕む。むやみに腹を満たす愚か者は、新たな魔物となり果てるじゃろう。安全に使える先は限られておる。畑を温める燃料や、武具防具の素材、壁面や建築部材の装飾…くらいじゃ。」
 もう一人の里伯父が続ける。
「地上と交換することはあるぞよ。剣聖教会じゃ。あやつらは呪いを浄化できるゆえな。たまに、それで穀物を手に入れる。」
 リオンはシエラに顔を合わせるが、シエラは「うちとは違うとこ」と端的に説明する。彼女の実家は自然神教会であり、剣聖教会とは全く異なる宗教に属する。
「狩猟で獣の肉を得ることもある。しかし、それらの入手は常に安定しているわけではない。」
 最後の里伯父が説明を終えた。ヤトウ族は彼らなりのやり方で生活しているようだが、魔物素材の便利さから想像するよりも、食料事情は厳しいらしい。
 ゼンジは里伯父の間から視線を外し、外を見回す。広場にいる子供たちは小柄で、痩せているのが一目でわかる。食料不足が影響しているのだろう。剣聖教会との取引は、思ったほど安定していないのだろう。彼は眉をひそめ、静かに尋ねた。
「困窮しているのなら、市民権を得てまともな市場に参入する選択もあるのでは?あなた方は犯罪行為を生業とするわけではないんでしょう。無理に盗賊に身を落とすこともない。」
 ゼンジの指摘はもっともな内容である。しかし、里伯父は言葉を濁した。
「ふむ……それについては、いずれ話す時が来よう。」
 ゼンジはその態度を不審に思ったが、深く追及はしなかった。チャコが少し考え込み、次の問いを投げかける。
「もし、環境が許せば、帝国軍との交易に関心はありますか?皆さんの魔物素材の技術は、一見しただけでも目を見張るものがあります。軍備部と共有すれば、互いにとって有益な関係が築けるかもしれません。」
 長老たちは顔を見合わせた後、ゆっくりと頷いた。
「交易はいつでも歓迎じゃ。子供たちに腹いっぱい食わせてやれる。」
 チャコはやさしく微笑み、きっぱりと言った。
「それなら、軍備本部に掛け合ってみます。私は学生身分ではありますが、実現できるように尽力します。」
 長老たちは静かに彼女を見つめた。白く濁った目には、わずかばかりのきらめきが宿っていた。
 シエラたちは里伯父のもてなしを辞退し、里を後にした。子供たちが集まり、別れの挨拶をする。彼らは皆笑顔だったが、やはり痩せていた。体格の小ささと細い腕が、彼らの日々の厳しさを物語っている。アニは、特別丈夫に育った子なのだろうか。
 シエラは交易が実現すればいいと心から願った。リオンは、かつての自分を重ねるように子供たちを見つめた。冷笑的なところのある彼だが、子供たちの暮らし向きが良くなるようにと素直に思った。ただ、ゼンジだけは、暗い表情を浮かべていた。
 
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