エターナル・ビヨンド~今度こそ完結しますように~

だいず

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1巻:動き出す歴史

第一話 第五章:盗賊との盟約 5~6

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 五、トム教官

 兵学校の教員棟は、厳格な建築様式の中にどこか居心地の良さを感じさせる場所だった。学校の実質的なトップであるトム教官の執務室は、そんな環境の中でも異質で、机の上は書類と雑貨で雑然としている。
 チャコ、シエラ、リオンの三人は扉の前で一瞬立ち止まった。ゼンジは来なかった。
 チャコが軽くノックすると、中からすぐに声が響いた。
「どうぞ。おう、お嬢ちゃんと坊ちゃんか―チャコと、シエラ。それにリオンだな?特別クラスのお嬢様と、一般クラスの捕虜身分坊やか!いやいや、これは面白い組み合わせだ。」
 トム教官は三人を見下ろしてひとしきりしゃべると、部屋の中に招き入れてくれた。長身の大男の腰まである長い金髪は波打って乱れており、一見するとだらしない。しかし、その目の奥は鋭く生徒たちを見つめている。
「さてさて、何の用だい?単なるお茶会の誘いではなさそうだ。」
 トム教官は長椅子に寝そべり、チャコを見てほほ笑む。チャコは姿勢を正し、口を開いた。
「修業の森の探索中に、盗賊の一氏族と接触をもちました。ヤトウ族といいます。彼らは魔物素材を扱う氏族であり、単なる盗っ人とは異なります。魔物の素材を活用した生活を確立しており、違法な反社会的活動は行っていないようです。そこで、帝国軍備部との交易ルートを開発し、双方にとって有益な関係を築くべきではないかと考えます。」
 トム教官は目を細め、机に投げ出していた脚を高く掲げると、ゆっくりと身を起こした。
「ほう、未確認氏族の発見か。チャコ、これは実に大きな功績だな!軍備や内政の仕事をしている連中なら、こういう発見だけでもいちいち勲章をねだるところだ。素晴らしい、いいぞ、いいぞ!」
 彼は勢いよく手を打ち、さらに語る。
「それに、今回の提案――これは滅多に聞かない話だ!正規の交渉官でも、ここまで具体的な交易ルート開発の話は滅多にしてこない。その様子だと、先方の意思も確認しているんだな?優秀だ。」
 トム教官は、舞台俳優のように両手を広げた。
「これでこそ、戦争が終わった後の未来を担う子供たちだ!誇りに思うぞ、特別クラス!……あ、リオンは一般クラスだな。忘れてないぞ。」
 リオンは苦笑しながら肩をすくめた。
 トム教官は満足げに歯を見せて笑った。しかし突如、その表情が鋭く変わる。
「だが、これは…極めて、政治的な提案だ。」
 彼は机の上に両手をつき、じっくりと生徒たちを見つめた。
「軍備部と交易を開くということは、単に物資をやり取りするだけではない。帝国の氏族管理方針に影響を与え、盗賊問題の解決にも一石を投じる。お前たちがこれを進めるなら、気楽な学生生活は早めに終わる。」
 チャコはその言葉を受け止めながら、静かに頷いた。
「兵学校の生徒ですもの。覚悟はしています。」
 トム教官は深くうなずき、シエラとリオンに大げさに向き直る。
「入学してふた月で、まともな兵士になる覚悟はあるかい?」
 シエラとリオンは、しばし沈黙したが、それぞれの理由で提案の実現に同意した。子供たちの暮らしを見た後で、他の決断はできない。
 トム教官から白い歯がのぞく。
「そうか。ならば話は進められるな。軍備部長、内務大臣諸々には、俺が話をつける。だが、落としどころによっては、お前たちの実力を見せてもらう必要があるな。」
 彼は立ち上がり、彼らを見下ろすように言った。
「さて、準備にかかろう。次の展開は、追って連絡する。」
 トム教官は、さっそうと執務室を後にした。チャコは、部屋の鍵はどこにあるのだろうかと後始末に思いをはせた。


 六、善意と策謀と市民権

 帝国中枢の会議室には、いつになく緊張感と熱気が漂っていた。中央に設置された立体地図が浮き上がり、大陸全体を精密に映し出す。今、その砂の造形は変化し、地表をだけでなく地下構造をも表そうとしている。まるでアリの巣のように張り巡らされた通路と穴が、姿を見せる。
「ヤトウ族の里です。」
 トム教官が満足げに手を広げた。指の先には、ちいさな砂の子供たちがうごめいている。
「彼らは盗賊と呼ばれてはいるが、魔物を狩り、物々交換で得たわずかな食料で慎ましい生活を営む安全な氏族だ。そして、彼らのおかげで、我々は新たな道を開くことができる。」
 彼は浮かび上がった地下の模型を指でなぞりながら続ける。
「すなわち、盗賊の中でも比較的まともな氏族に市民権を与え、彼らの代表とする。そしてその他の粗暴な盗賊は、犯罪集団として治安維持の対象とする。」
 討伐派のトッパ将軍が腕を組み、鋭い視線を向けた。
「つまり、ヤトウ族を保護し、凶悪な連中は潰す、そういうことか?」
 トム教官はにっこりと笑う。
「その通り。具体的には、奴らの本丸、盗賊城が対象です。穏健派の内務大臣の顔を立てるため、一応かの城とも交渉はしました。しかし、盗賊城の首領は強盗も追いはぎも、それに伴う殺人もやめるつもりはないそうです。残念ですが、彼らを氏族として保護することはできません。」
 内務大臣が青い顔で眼鏡を押し上げ、静かに言葉を挟む。
「私はもとより、できる限り穏便な解決を望んでおりますが……今回の件に関しては、軍事的措置を取らねばならないと考えます。」
 その言葉に皇帝は微かに頷く。そこに、財務大臣が報告書を読み上げる。
「ヤトウ族の生産する魔物素材について、財務部としても安価な穀物で確保できる点は評価できると考えています。呪いの清浄化コストを踏まえても…彼らとの正規交易は、財政面でも帝国の利益になります。」
 トム教官は付け加えるように微笑む。
「もちろん、防具の性能も確認済みです。魔物素材を活用した試作品は、軍備部長自らが保証してくれた。」
 軍備部長が静かに頷く。
 やわら、討伐派のトッパ将軍が立ち上がる。
「ならば、もう待つ必要はない。すぐに討伐軍の編成に入る。盗賊城が戦いを悟り、準備や逃亡を図る前に全て叩く。」
 それを制すように、トム教官が演技じみた口調で手を掲げる。
「おっと、将軍、しばしお待ちを。陛下の御意向を忘れてはなりませんぞ?」
 その芝居がかった態度に、皇帝は微笑しながら言った。
「皆が納得する道は、それしかあるまいよ。」
 場の空気が固まる。だが、バンジ将軍が腕を組みながら、慎重に口を開いた。
「この作戦は、未発見だった氏族の市民化と、盗賊城討伐を同時に成功させる必要がある。それは容易なことではない。討伐作戦はどうにかなるとしても、これまでに交流のない氏族との交渉は難しいぞ。」
 トム教官は軽く笑うと、指を立てる。
「当然です。ただでさえ、うちの交渉官は能力不足ですからね。しかし、今回の交渉団には、ヤトウ族の里を発見した学生たちを向かわせることにします。ヤトウ族の里長たちは彼らに心を開いていますし、この計画も持ってきたのは彼らです。」
 その言葉にバンジ将軍は驚く。
「学生たちを……?」
 トム教官は少し肩をすくめ、バンジ将軍をまっすぐ見た。
「自慢の息子さんを、信じませんか?」
 バンジ将軍は一瞬沈黙し、それからゆっくりと息を吐いた。
「交渉失敗時の代替策はあるか?」
「もちろん。市民権の付与までこぎつけなくとも、交易ルートの確保は固い。将来的な国民化を視野に入れた保護政策も可能です。正規軍から腕利きを選抜して帯同させますから、子供たちの安全保障もばっちりですよ。」
「……そうか。ならば、彼らに託すとしよう。」
 トム教官の口元に笑みが浮かぶ。
「交渉団は兵学校軍備専攻主席のチャコを代表とし、シエラ、リオン、そしてバンジ将軍のご子息・ゼンジを加える。彼らはヤトウ族の里へ急ぎ、その場で市民権を得る手続きを完了させます。」
 彼は手を叩き、鮮やかな声で締めくくった。
「おのおのがた。風は吹いておりますが、時間だけは我々の味方ではない。すぐに動きましょう!」
 
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