エターナル・ビヨンド~今度こそ完結しますように~

だいず

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1巻:動き出す歴史

第二話 第二章:祭礼と母の愛

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 第二章:祭礼と母の愛

 翌日。朝靄の中、シエラとチャコは北限砦へ向かっていた。砦からの呼び出しは、シエラの養父を通じて届いたものだ。差出人はシエラの母―祭礼様だった。
 シカ馬車の荷台から、チャコは大きな岩山を見上げた。そして、ぽつりと呟いた。
「ここが……北限砦?」
 シエラは頷きながら、少しだけ口元を引き締めた。
「うん。最近は衝突も減ったけど、警戒は続いてるみたい。ここが崩れたら、北部はおろか魔境全体が危ういから」
 北限砦は、魔境帝国の北端に位置する防衛拠点である。かつては周辺で激しい戦闘が繰り返されたが、現在は緩衝地帯として機能している。北方王国との直接的な衝突は減少傾向だ。それでも、砦の兵士たちは常に緊張を保ち、国境の動向を監視していた。
 くりぬかれた岩肌に着けられた格子の門を、馬車ごとくぐる。すると、石造りの壁が冷たくシカ馬の足音を跳ね返し、空気が一気に張り詰めた。いずみ村の柔らかな空気とはあきらかに違う。
 二人は、兵士に案内されながら砦の最上部に上った。監督室と掲示される部屋で、シエラの母・マリナが待っていた。

 祭礼・マリナは、魔境帝国が北方王国の支配下にあった時代に活躍した武人である。北部地域の指導者として、帝国の独立に尽力した。独立後は、いずみ村に所在し、宗教的な指導者と政治的な統治者を兼務している。村人たちからは「祭礼様」と呼ばれ、深い尊敬を集めている。
 監督室には広く窓が取り付けられ、北方の山々が一望できた。マリナは景色を見るように窓辺に立っていたが、二人が入室すると振り返り、正対した。
 チャコは、祭礼様の装いに目を奪われた。祭礼服という格式ある僧侶の着物の上に、武人用の帯と肩鎧、額には守護石の額飾りをつけていた。その姿は、まるで神話の登場人物のようだった。
 マリナは椅子に座ることなく、二人に着席を促すこともなかった。それは、彼女が二人を、娘とその友達ではなく、兵士として扱っていることの表れだった。
「シエラ、来てくれてありがとう。チャコも、よく来てくれたわね」
 シエラは姿勢を正し、敬意を込めて頷いた。
「砦からの呼び出し、光栄です。」
 娘の反応に、マリナは一瞬だけ目を細める。そして、静かに言った。
「まずは、盗賊城殲滅作戦の件。よくやってくれました。あの地を制圧できたのは、あなたたちの働きがあってこそだと、聞いています。見事な戦果でしたね」
 シエラは軽く頭を下げたが、チャコは無言のまま立ち尽くしていた。その反応に、マリナは少しだけ間を置いてから、言葉を続けた。

「…あの城のことを、少し話しておきたいと思って。あの場所は、ただの盗賊の巣窟じゃない。かつて、あそこは“キヨカ氏族”の居城だったのよ」
 チャコは眉をひそめた。キヨカ―古い氏族の名だ。帝国成立以前、辺境を治めていた一族のひとつ。
 マリナは、ふと微笑み、「そういえばあなたたち、学生なのよね」とつぶやいてキヨカ氏族について問うた。チャコは、解答した。
「キヨカ氏は、かつて魔境の南中部を治めていた氏族です。かつては名君として知られており、領民をよく治め、文化も豊かだった。けれど、魔境帝国の再興と独立に強く反対し、北方王国の属国化を主張したことで孤立。結果、没落したと聞いています」
 マリナは、深く頷いた。そして、少し厳しい表情で続けた。
「でも、事実はもっと複雑よ。私はキヨカ氏族の頭首をよく知っている。彼は……相反する矛盾を抱えた男でね。領民への保護には篤く、私財を投じて困っている者を助けた。その行動は間違いなく名君。でも、行動の裏に、よどみのない内心があったわけではない。」
 シエラが驚いた表情を見せる。それを見ながら、彼女の母親は冷静に続ける。
「彼は、下働きや人の世話を奴隷の仕事と言い、女を軽んじ、貧者にも病める者にも手を触れることは無かった。」
 チャコは表情を変えず、じっと話を聞いていた。
「彼は、ずっと北方王国の魔境人差別に憤っていてね。長年をかけて、それを反証しようとしていた。そのために、あっちの王都に留学するほどよ。でも結局、行きついたのは帝国の完全属国化。北方の論理に取り込まれてしまった。それが、同胞や先祖の犠牲を無碍にすることにも気づかなかった。彼自身、それが一番だと信じて込んでいたから。そんな頭首からは、良い家臣から離れていく。最後は、悪辣な北方貴族の傀儡となり、討たれた」
 マリナはここまで話し、静かに息を吐いた。
「その後、キヨカ氏族は離散。一部は暴徒化し、没落の原因を他者に求めて盗賊に。おそらく、盗賊城の王を名乗っていた男は、キヨカ氏族の末裔でしょう。だからこそ、あの城に執着したのだろうし」
 マリナの声が少しだけ低くなる。
「本来なら、独立前からの戦士たちが責任をもって殲滅しておくべき対象だった。子どもに背負わせるには、あまりに重い」
 チャコの肩が震えた。唇を噛み、目を伏せたが、涙は止められなかった。静かに、ぽろぽろと頬を伝い、床に落ちた。
 シエラは驚いた。チャコちゃんが涙を見せるのは、初めてだった。盗賊城での作戦の後も、彼女は何も語らなかった。
「……ごめんなさい。私……」
「チャコちゃん……」
 シエラは、彼女の手にそっと触れた。チャコはその温もりに、さらに涙をこぼした。
 マリナは二人を見つめながら、静かに言った。
「話は、これで終わり。そこに座って、お茶でも飲みなさいな。落ち着いたら、ここも、立ってみて。景色が良いの」
 そう言い残し、祭礼は部屋から去っていった。応接用のソファとテーブルには、冷茶と小さな菓子が備えられていた。
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