13 / 43
1巻:動き出す歴史
第二話 第四章:策謀の駒
しおりを挟む
第四章:策謀の駒
帝国城内、大広間。砂地図の周りを帝国軍の中枢たる高官が取り囲み、いつにも増して重厚な雰囲気が漂っている。
空席の玉座の脇には、老大臣が控える。一段低い場所に待機する若い士官たちに、書記の手順確認をしていた。
本日の会議では、まさに戦節に向けた準備が議題に上る予定である。
老大臣は広間の様子を見やり、頷いてから「皆の者、そろそろ」と呼びかけた。大きくはないが通る声でざわつきが収まる。老大臣はもう一度頷くと、ゆったりと切り出した。
「まず、陛下は昨日より少しお疲れの様子。本日は大事をとって休まれる。よって挨拶は省略とする。では、さっそく、戦節に向けた準備状況の報告を。」
老大臣が「どなたからかな?」と小さく呼びかけると、軍備部の責任者が小さく手を挙げた。
「こちら、軍備部。物資の確保は、全般順調に進んでおります。防具に関しては、今年は魔物から得た新素材を使用したものを開発中です。次回戦節には試験的な実践投入を目指しています。」
それを受けて、内務大臣も続く。
「実戦部隊としては、魔物素材はどうしても呪いが心配かと思います。その点は、内務からすでに忌み払いを教会に手配中でございます。秋ごろから順次行いますので、祭事の参加を各部隊ご周知いただきますように。」
内務大臣の報告を受けて、参加者はうれしそうな声を上げた。老大臣は「それは楽しみですな」と騒ぎをおさえつつ、「予算と物資はどちら持ちかな?」と確認を怠らない。内務大臣は細かな予算と物資の分担を報告し、ざわめきは次第に収まっていった。
続いて、軍隊の準備状況についてバンジ将軍が前線部隊の現状を報告した。
「今年の前線部隊は、東西2陣で配置を予定。東が私で、西はトッパ将軍だ。最前から国軍、地方部隊、氏族軍。特殊部隊は、西側の最後方に魔物使いの大鷲隊が参加。東は編成予定なし。」
報告に合わせて、兵士が砂地図に編成確認用の駒を置いていく。例年通りの編成に、参加者は皆、頷きあった。
「国軍の訓練状況は、騎馬部隊・歩兵部隊ともに鋭意訓練中。人員の確保も問題なし。」
バンジ将軍が報告を終えると、隣の席のトッパ将軍がにやりと笑った。
「編成に変更はほとんど無いが、今年は、いよいよバンジ殿のご子息がお披露目になる。」
軍関係者たちが声を上げると、バンジ将軍は苦笑いしながら「それは訓練次第だな」と返した。場の緊張が和らぎ、軽い笑みが広がった。「あの子が、もう…」と、思い出話をし始める者もいた。
老大臣は、必要な報告が一段落したのと、書記担当の額の汗を踏まえて、状況を静観していた。
戦節は、国同士が定期的に行う戦闘協約である。予告のない不定期・戦地不定の戦闘状態を避け、国家双方の消耗をおさえる。魔境帝国独立の最大の功績とも呼ばれている。
実際に命の危険は伴うものの、その本質は戦闘行為よりも、捕虜の確保や戦後処理での交換、すなわち経済的な交渉にある。戦闘自体は次第に形骸化し、致命傷を負わせるのを避けるといった暗黙の了解が広がっていた。いわば、スポーツのような側面を帯びつつあった。
老大臣が再び議論のために声をかけようとした直前、トム教官の明朗な声が大広間に割り込んだ。
「とはいえ、準備は万全であるべきでしょう。」
トム教官の発言からしばらくして、会議が終わった。参加者は静まり返り、重い空気を持ち帰った。会議の前半の楽しげな様子はすっかり消え去ってしまったようだ。
大広間の隅では、書記担当の若い士官たちが議事録の紙をまとめていた。彼らは、先の会議について、小声で話し合っていた。
「それにしても、容赦ないよな、あの教官は。」
「ほんと、俺たち、特別クラスじゃなくてよかったよな。」
士官たちは、かつての学び舎での生活を懐かしみつつ、トム教官への批判的な思いを募らせる。
「戦争に対して正しい態度だとしてもさ……でも今、そこまでして北方をやり込める必要があるのか?現状維持で十分じゃないか?」
ひとりの士官が、はっきりと疑問を呈す。周囲は共感しつつ、同調するのは避けたいようだった。すぐに、もう一人が「そんなこと、他では言うなよ」と返した。
老大臣が素知らぬ顔で「まだ終わらんかね」と声をかけ、士官たちの話はそこで終わった。
その夜。帝国城の皇帝の私室では、皇帝とトム教官が向き合っていた。手元の小さなランプのみで照らされた室内は薄暗く、互いの姿がかろうじて見える。
「会議参加者の反応は、あまり良くなかっただろう?」
皇帝が問いかけると、トム教官は淡々と答えた。
「まあ、予想通りです。彼らにはまだ、王国の本質は見えていませんからね。」
皇帝は、その態度にトム教官の子ども時代を思い出した。この子は、自分に理があると分かっているときには、孤立も孤独もなんとも思わないところがある。それは大きな強みであり、弱みでもある。
皇帝はため息混じりに言葉を続ける。
「君の冷徹さには、時々ついていけなくなるよ。」
それに対し、トム教官は淡々と返した。
「とどめを刺す前に、削っておくのに越したことはありません。それに、これはどうしても必要な接触だ。彼女にしかできない」
室内に、いっそう重苦しい沈黙が広がった。
二人の言葉の裏にある策謀の影のように、夜はますます暗く広がっていった。
帝国城内、大広間。砂地図の周りを帝国軍の中枢たる高官が取り囲み、いつにも増して重厚な雰囲気が漂っている。
空席の玉座の脇には、老大臣が控える。一段低い場所に待機する若い士官たちに、書記の手順確認をしていた。
本日の会議では、まさに戦節に向けた準備が議題に上る予定である。
老大臣は広間の様子を見やり、頷いてから「皆の者、そろそろ」と呼びかけた。大きくはないが通る声でざわつきが収まる。老大臣はもう一度頷くと、ゆったりと切り出した。
「まず、陛下は昨日より少しお疲れの様子。本日は大事をとって休まれる。よって挨拶は省略とする。では、さっそく、戦節に向けた準備状況の報告を。」
老大臣が「どなたからかな?」と小さく呼びかけると、軍備部の責任者が小さく手を挙げた。
「こちら、軍備部。物資の確保は、全般順調に進んでおります。防具に関しては、今年は魔物から得た新素材を使用したものを開発中です。次回戦節には試験的な実践投入を目指しています。」
それを受けて、内務大臣も続く。
「実戦部隊としては、魔物素材はどうしても呪いが心配かと思います。その点は、内務からすでに忌み払いを教会に手配中でございます。秋ごろから順次行いますので、祭事の参加を各部隊ご周知いただきますように。」
内務大臣の報告を受けて、参加者はうれしそうな声を上げた。老大臣は「それは楽しみですな」と騒ぎをおさえつつ、「予算と物資はどちら持ちかな?」と確認を怠らない。内務大臣は細かな予算と物資の分担を報告し、ざわめきは次第に収まっていった。
続いて、軍隊の準備状況についてバンジ将軍が前線部隊の現状を報告した。
「今年の前線部隊は、東西2陣で配置を予定。東が私で、西はトッパ将軍だ。最前から国軍、地方部隊、氏族軍。特殊部隊は、西側の最後方に魔物使いの大鷲隊が参加。東は編成予定なし。」
報告に合わせて、兵士が砂地図に編成確認用の駒を置いていく。例年通りの編成に、参加者は皆、頷きあった。
「国軍の訓練状況は、騎馬部隊・歩兵部隊ともに鋭意訓練中。人員の確保も問題なし。」
バンジ将軍が報告を終えると、隣の席のトッパ将軍がにやりと笑った。
「編成に変更はほとんど無いが、今年は、いよいよバンジ殿のご子息がお披露目になる。」
軍関係者たちが声を上げると、バンジ将軍は苦笑いしながら「それは訓練次第だな」と返した。場の緊張が和らぎ、軽い笑みが広がった。「あの子が、もう…」と、思い出話をし始める者もいた。
老大臣は、必要な報告が一段落したのと、書記担当の額の汗を踏まえて、状況を静観していた。
戦節は、国同士が定期的に行う戦闘協約である。予告のない不定期・戦地不定の戦闘状態を避け、国家双方の消耗をおさえる。魔境帝国独立の最大の功績とも呼ばれている。
実際に命の危険は伴うものの、その本質は戦闘行為よりも、捕虜の確保や戦後処理での交換、すなわち経済的な交渉にある。戦闘自体は次第に形骸化し、致命傷を負わせるのを避けるといった暗黙の了解が広がっていた。いわば、スポーツのような側面を帯びつつあった。
老大臣が再び議論のために声をかけようとした直前、トム教官の明朗な声が大広間に割り込んだ。
「とはいえ、準備は万全であるべきでしょう。」
トム教官の発言からしばらくして、会議が終わった。参加者は静まり返り、重い空気を持ち帰った。会議の前半の楽しげな様子はすっかり消え去ってしまったようだ。
大広間の隅では、書記担当の若い士官たちが議事録の紙をまとめていた。彼らは、先の会議について、小声で話し合っていた。
「それにしても、容赦ないよな、あの教官は。」
「ほんと、俺たち、特別クラスじゃなくてよかったよな。」
士官たちは、かつての学び舎での生活を懐かしみつつ、トム教官への批判的な思いを募らせる。
「戦争に対して正しい態度だとしてもさ……でも今、そこまでして北方をやり込める必要があるのか?現状維持で十分じゃないか?」
ひとりの士官が、はっきりと疑問を呈す。周囲は共感しつつ、同調するのは避けたいようだった。すぐに、もう一人が「そんなこと、他では言うなよ」と返した。
老大臣が素知らぬ顔で「まだ終わらんかね」と声をかけ、士官たちの話はそこで終わった。
その夜。帝国城の皇帝の私室では、皇帝とトム教官が向き合っていた。手元の小さなランプのみで照らされた室内は薄暗く、互いの姿がかろうじて見える。
「会議参加者の反応は、あまり良くなかっただろう?」
皇帝が問いかけると、トム教官は淡々と答えた。
「まあ、予想通りです。彼らにはまだ、王国の本質は見えていませんからね。」
皇帝は、その態度にトム教官の子ども時代を思い出した。この子は、自分に理があると分かっているときには、孤立も孤独もなんとも思わないところがある。それは大きな強みであり、弱みでもある。
皇帝はため息混じりに言葉を続ける。
「君の冷徹さには、時々ついていけなくなるよ。」
それに対し、トム教官は淡々と返した。
「とどめを刺す前に、削っておくのに越したことはありません。それに、これはどうしても必要な接触だ。彼女にしかできない」
室内に、いっそう重苦しい沈黙が広がった。
二人の言葉の裏にある策謀の影のように、夜はますます暗く広がっていった。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる