エターナル・ビヨンド~今度こそ完結しますように~

だいず

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1巻:動き出す歴史

第二話 第四章:策謀の駒

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 第四章:策謀の駒

 帝国城内、大広間。砂地図の周りを帝国軍の中枢たる高官が取り囲み、いつにも増して重厚な雰囲気が漂っている。
 空席の玉座の脇には、老大臣が控える。一段低い場所に待機する若い士官たちに、書記の手順確認をしていた。
 本日の会議では、まさに戦節に向けた準備が議題に上る予定である。
 老大臣は広間の様子を見やり、頷いてから「皆の者、そろそろ」と呼びかけた。大きくはないが通る声でざわつきが収まる。老大臣はもう一度頷くと、ゆったりと切り出した。
「まず、陛下は昨日より少しお疲れの様子。本日は大事をとって休まれる。よって挨拶は省略とする。では、さっそく、戦節に向けた準備状況の報告を。」
 老大臣が「どなたからかな?」と小さく呼びかけると、軍備部の責任者が小さく手を挙げた。
「こちら、軍備部。物資の確保は、全般順調に進んでおります。防具に関しては、今年は魔物から得た新素材を使用したものを開発中です。次回戦節には試験的な実践投入を目指しています。」
 それを受けて、内務大臣も続く。
「実戦部隊としては、魔物素材はどうしても呪いが心配かと思います。その点は、内務からすでに忌み払いを教会に手配中でございます。秋ごろから順次行いますので、祭事の参加を各部隊ご周知いただきますように。」
 内務大臣の報告を受けて、参加者はうれしそうな声を上げた。老大臣は「それは楽しみですな」と騒ぎをおさえつつ、「予算と物資はどちら持ちかな?」と確認を怠らない。内務大臣は細かな予算と物資の分担を報告し、ざわめきは次第に収まっていった。
 続いて、軍隊の準備状況についてバンジ将軍が前線部隊の現状を報告した。
「今年の前線部隊は、東西2陣で配置を予定。東が私で、西はトッパ将軍だ。最前から国軍、地方部隊、氏族軍。特殊部隊は、西側の最後方に魔物使いの大鷲隊が参加。東は編成予定なし。」
 報告に合わせて、兵士が砂地図に編成確認用の駒を置いていく。例年通りの編成に、参加者は皆、頷きあった。
「国軍の訓練状況は、騎馬部隊・歩兵部隊ともに鋭意訓練中。人員の確保も問題なし。」
 バンジ将軍が報告を終えると、隣の席のトッパ将軍がにやりと笑った。
「編成に変更はほとんど無いが、今年は、いよいよバンジ殿のご子息がお披露目になる。」
 軍関係者たちが声を上げると、バンジ将軍は苦笑いしながら「それは訓練次第だな」と返した。場の緊張が和らぎ、軽い笑みが広がった。「あの子が、もう…」と、思い出話をし始める者もいた。
 老大臣は、必要な報告が一段落したのと、書記担当の額の汗を踏まえて、状況を静観していた。

 戦節は、国同士が定期的に行う戦闘協約である。予告のない不定期・戦地不定の戦闘状態を避け、国家双方の消耗をおさえる。魔境帝国独立の最大の功績とも呼ばれている。
 実際に命の危険は伴うものの、その本質は戦闘行為よりも、捕虜の確保や戦後処理での交換、すなわち経済的な交渉にある。戦闘自体は次第に形骸化し、致命傷を負わせるのを避けるといった暗黙の了解が広がっていた。いわば、スポーツのような側面を帯びつつあった。

 老大臣が再び議論のために声をかけようとした直前、トム教官の明朗な声が大広間に割り込んだ。
「とはいえ、準備は万全であるべきでしょう。」
 トム教官の発言からしばらくして、会議が終わった。参加者は静まり返り、重い空気を持ち帰った。会議の前半の楽しげな様子はすっかり消え去ってしまったようだ。
 大広間の隅では、書記担当の若い士官たちが議事録の紙をまとめていた。彼らは、先の会議について、小声で話し合っていた。
「それにしても、容赦ないよな、あの教官は。」
「ほんと、俺たち、特別クラスじゃなくてよかったよな。」
 士官たちは、かつての学び舎での生活を懐かしみつつ、トム教官への批判的な思いを募らせる。
「戦争に対して正しい態度だとしてもさ……でも今、そこまでして北方をやり込める必要があるのか?現状維持で十分じゃないか?」
 ひとりの士官が、はっきりと疑問を呈す。周囲は共感しつつ、同調するのは避けたいようだった。すぐに、もう一人が「そんなこと、他では言うなよ」と返した。
 老大臣が素知らぬ顔で「まだ終わらんかね」と声をかけ、士官たちの話はそこで終わった。

 その夜。帝国城の皇帝の私室では、皇帝とトム教官が向き合っていた。手元の小さなランプのみで照らされた室内は薄暗く、互いの姿がかろうじて見える。
「会議参加者の反応は、あまり良くなかっただろう?」
 皇帝が問いかけると、トム教官は淡々と答えた。
「まあ、予想通りです。彼らにはまだ、王国の本質は見えていませんからね。」
 皇帝は、その態度にトム教官の子ども時代を思い出した。この子は、自分に理があると分かっているときには、孤立も孤独もなんとも思わないところがある。それは大きな強みであり、弱みでもある。
 皇帝はため息混じりに言葉を続ける。
「君の冷徹さには、時々ついていけなくなるよ。」
 それに対し、トム教官は淡々と返した。
「とどめを刺す前に、削っておくのに越したことはありません。それに、これはどうしても必要な接触だ。彼女にしかできない」
 室内に、いっそう重苦しい沈黙が広がった。
 二人の言葉の裏にある策謀の影のように、夜はますます暗く広がっていった。

  
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