エターナル・ビヨンド~今度こそ完結しますように~

だいず

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1巻:動き出す歴史

第三話:北方王国 潜入作戦  第一章:選べなかった選択 1

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 第一章:選べなかった選択

 一、新たな任務

 盗賊城作戦から数か月。シエラたちは、それぞれに任務・学習・訓練に取り組んでいた。そんなある日、シエラ、チャコ、アニに事務室から書面が届いた。
 トム教官の執務室への呼び出しだ。シエラにとっては、これが二度目だった。
 執務室の扉の前で、三人は再開した。このメンバーだけで集まるのは初めてかもしれない。いつもはここに、リオンかゼンジがいたような気がする。
 三人は顔を合わせてすぐに軽く声を掛け合い、少しだけ世間話をしてドアを見つめた。そろそろ、呼び出しの時刻だ。最も学籍が古いチャコが扉の前に進み出る。一度深呼吸し、無言のままノックした。すると、中から軽い声が返ってくる。
「どうぞ~」
 トム教官の声に導かれて部屋に入ると、相変わらずの雑然とした部屋が目に飛び込んでくる。トム教官は相変わらずの調子で、机の上の包みを開けながら「そこに座って、これでもつまみな」と言った。
 三人は、執務室の来客用ソファに向い合せで着席した。トム教官が箱ごと渡してきた中身を、シエラとアニが興味深そうに眺める。小さなかわいらしい包装がいくつも詰められている。アニが不思議そうにしていると、シエラは高級なお菓子であると説明した。
「知り合いが送ってくれた、有名なパティスリーの新作だ。まあ、新作と言うにはちょっと古いけど。高級品だぞ。砂糖の塊なんだから、食える食える!」
 シエラは笑みを浮かべて受け取り、アニは丸い菓子を口に放り込んだ。チャコは手を伸ばさず、教官の目をまっすぐに見た。
「……本題に入ってください」
 その一言で、部屋の空気が変わった。
 トム教官の笑みがふと消える。先ほどまでの軽さは口の端にのみに残り、彼の瞳には冷徹な光が宿っていた。トム教官は自らの作業机の椅子にゆったりと腰掛け、チャコを見やった。
「任務だ」
 声は低く、しかし明瞭だった。三人の表情が一瞬にしてこわばる。そんな三人の変化を確認すると、トム教官は急ににこやかな表情を見せた。
「ほら~、急に言ったらそうなるだろ?だからまずは菓子でも食わせようかと思ったのに」
 ケラケラと笑うトム教官に、生徒たちはそれぞれに苦い顔を見せた。
「任務とは、どんな…?」
 チャコの問いかけに、トム教官は「状況から、予想してみろ」と指示した。
 首をかしげるシエラと、興味がなさそうなアニを横目に、チャコはおずおずと話し始めた。
「……盗賊城の件から、まだ大きな動きはないように思います。よって、残党処理に関する事だと予想します。しかし、戦闘能力はさほど必要とされていない。むしろ、知識やコミュニケーション能力が必要とされる。教官がお気遣いするほどの内容で、少人数で動く必要がある任務とすれば……」
 と、検討し、「潜入か、調査。盗賊のアジトでも見つかりましたか?」と結論付けた。
 トム教官は「すばらしい」と称賛し、すぐに本題に入った。
「任務は、北方王国王都への潜入。目的は情報収集。王国の現状、特に市民の暮らしぶりや市井の様子から王権の脆弱性を探る。お前たち三人に命じる」
 予想を外したチャコに、トム教官は「食ってたら、分かったのに」と箱を指し示した。シエラは手元の丸い菓子を食べてみる。チャコは話を進めたいようなそぶりを見せたが、トム教官は無言で菓子に掌を向けた。
 チャコは諦めたように包みを開け、一つを口に入れた。ねっとりとした触感はすぐに溶け出し、濃厚な甘みが口に広がる。風味は落ちているが、高級な歌詞には違いない。この値段に見合った任務を予測するべきだったという事か。
「このお菓子、不思議な味」
 シエラの能天気な感想に、トム教官は「どう不思議なんだ?」と、興味をひかれたようだ。先ほどの分析に思いをはせるチャコをよそに、二人は話を続ける。
「美味しいし、高そうだけど…ちょっとこちらの高級なお菓子とは違いますね」
「どう違う?」
「そうだなぁ…思いが、こもってない感じ?」
 シエラの発言に、トム教官は満足そうに頷いた。「そのとおり!」と指を立てると、チャコに「気づいたか?」という視線を送る。
「この菓子は、確かに味気ない。しかし、それは保存期限ギリギリで風味が落ちたからじゃない。これが科学的に作られたものだからだ」
 トム教官は三人に対して、北方王国と魔境帝国の技術基盤の違いについて講義した。魔境帝国が魔法を基盤とした技術で成り立つ国であるのに対して、北方王国は科学立国を標榜していることは皆知っている。しかし、その違いを実感する機会は少ない。
 トム教官は、小さな菓子を口に放り込む。
「魔境であれば菓子職人が丹精込めて作る高級品を、少し味は落ちるが科学技術で再現しているというわけだな。しかし、安くもなければ流通が多いわけでもない。良いところなしだ」
 教官はくちゃくちゃと口を鳴らしながら、科学技術の性質について説明を続けた。魔法の技術が職人技・個人技であるとすれば、科学技術は普遍化・一般化の技である。菓子に例えれば、職人が一つ一つ手掛けた品質には劣るが、誰でも大量にまとめて作れるのが科学の利点のはず。しかし、王国で実際に作られ売られている菓子は、科学の利点を全く生かさない劣化品である。
「オレはね、この現状を、かなり不可解だと思っているんだ。なぜ王国は、その科学力を持って、魔境を突き放すような劇的な進歩を遂げない?その理由を、お前たちに探ってほしい」
 トム教官の提案を、三人は自室に持ち帰り、それぞれに思いをはせた。返答は、明日で良いと言われている。
 チャコは、薄暗いアトリエから空を見ていた。白い月が静かにたたずんでいる。任務の概要はすでに頭に入っている。王国への潜入方法、現地での潜伏手順、情報収集の対象……そして、さほど危険な任務ではないこと。そこまで考えるといつも、思考は任務の根本に引き戻される。
「私たちは、何を見て、何を持ち帰るべきなのか」
 彼女は、机の上に置かれた小さな菓子の包みを見つめた。トム教官から持ち帰るようにと渡されたものだ。何か意味があるに違いない。
「お買い物して、帰ってくるわけにはいかないわよね…?」
 小さな包みは、何も答えることはない。チャコは深く息を吐き、ペンを取った。もうすぐ、明日が来る。

 時はさかのぼって夕方。トム教官は執務室で一人、椅子を揺らしていた。
 机の上には、三人分の偽装身分証。軍備部の技術は高い。任務の準備は全て整っている。だが、もう少し、保険が欲しい気がした。
「……もう一人、入れてみるか」
 彼は自らの思い付きに満足げに頷き、天井を見上げて顎を撫でた。

 
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