エターナル・ビヨンド~今度こそ完結しますように~

だいず

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1巻:動き出す歴史

第三話 第一章:選べなかった選択 2

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二、作戦開始

 ある朝、早く。帝都の空は薄曇りだった。集合場所は、修行の森の小さな門。そこから、王国へ向かう旅が始まるそうだ。
 シエラは、少し緊張した面持ちで現れた。長い髪は王国風にまとめ、服装も王国風にそろえている。アニも同様の恰好で現れた。チャコは、既に門の前に到着していた。彼女は、いつもの編み込みを解き、質素な装いをしている。
 シエラは二人の顔を見ると嬉しそうな笑顔を見せた。チャコに手を振りながら近づき、アニには「来たんだ」と声をかける。シエラだけでなく、ここに集まった全員が、皆がそろっていることを喜んでいた。
「おはよう」
 ふと、声がかかる。チャコが振り向くと、意外な顔がそこにあった。
「聞いてないかも、だけど」
 リオンだった。黒い外套に身を包み、少しだけ気まずい表情を浮かべている。
 シエラが驚いたように目を見開き、アニは少しだけ眉を上げた。チャコは、すぐに状況を理解した。
「教官の気まぐれね」
 リオンは頷いた。「ニコイチずつの方が、良いってさ」
 チャコは小さくため息をつき、微笑んだ。この四人で、敵国に行くのだ。
「さあ」と、チャコは声をかける。このチームのリーダーは、彼女以外にいない。チャコはトム教官から説明された旅程や作戦の概要を再度、確認する。ここまではっきりと口頭で説明できるのは、これが最後だ。
 説明の最後に、チャコは三人の顔をしっかりと見て、呼びかけた。
「生きて帰りましょう。それが、最も重要なことです」
 その言葉に、シエラはしっかりと、頷いた。アニは、いつものように少し微笑んだ。リオンは、しっかりと目を見開いて応えた。

 修業の森の奥に隠されている穴をくぐると、ヤトウ族の里につながる通路へと出る。何度訪れても、うすぼんやりと光る骨や石の装飾には目を奪われる。
 里の門の前には、三伯父が立っていた。彼らは変わらず里の長であったが、今やこの里に暮らすのは彼らだけ。奥の部屋に座して待つこともないと、門前まで出向いてくれたのだった。かつて賑わっていた広場も、今は静寂に包まれている。
 門の石段に腰を下ろし、天井の装飾を見つめていた三伯父たちは、チャコ達の足音に気づくとゆっくりと顔を上げた。
「伯父ども」
 アニが一歩前に出て、声をかける。
「元気だったか?何か困ったことはないか」
 三伯父たちはアニの顔を見つめ、嬉しそうに目を細めた。アニは、彼らに少し覇気が無くなったような気がして寂しくなった。
「おお、アニか。……皆、元気じゃよ。軍部の商人さんが、たまに来てくれるでな。前より便利になったくらいじゃわい」
 彼らは談笑しながら、門の柱に手を添えた。アニは柔らかな表情で彼らに応えた。
 チャコが様子をうかがうように一歩進み出て、静かに言った。
「あの、ここから王都に行けると聞きました。古い通路があると」
 三伯父は頷いた。
「いかにも。昔、わしらが“商い”に使っていた道じゃ。もう二十年は通っていないが、王都近くの農村に通じている。向こうの景色が、変わっておらんかったらな」
 彼らの視線が、アニに向けられる。
「アニよ、お前も都まで行くのか?」
 アニは少しだけ口元を引き締めて答えた。
「この作戦には、欠かせない人材だそうな」
 三伯父の一人は、何かに気づいたように、小さくつぶやいた。「おお……なんの因果か……」
 その言葉の意味を、誰も問わなかった。また別の三伯父は、アニの耳元にそっと口を寄せ、短い言葉を囁いた。それは、例の通路の番号を示す暗号だった。アニが小さく頷く。三伯父は、かわるがわる、別れを惜しむようにアニと握手をした。
 通路の入口は、里の入り口とは正反対の方向にある小さなドアだった。アニが先頭に立ち、四人は一列になって進み始める。
 里につながる道とは打って変わって、湿った空気と、ほこりの臭いが鼻をつく。照明代わりの装飾は、くすんで光が鈍くなっていた。
 通路は複雑に入り組んでいた。分岐が多く、壁の模様も似通っていて目印となる様なものは無い。しかし、アニは三伯父から聞いた暗号を頼りに、迷いなく進んでいく。
 チャコはアニの後ろに付き、できるだけ通路の構造を記録しながら歩いた。次に通る時にも、アニを頼れるとは限らない。
「もうすぐ、部屋がある」
 何時間も歩き続けた頃、アニは、振り返らずに声をかけた。その言葉に、シエラはホッとしたように息を吐いた。
 三伯父によると、出口までは半日ほどかかる。一日でも、たどり着けない距離ではない。しかし、地下を歩くのは地上よりもずっと過酷だ。休憩場所があることは、何よりも安心する事実だった。

 中継地点は、通路に埋め込まれたドアから繋がる隠し部屋だ。入り口はごく小さいが、中に入ると意外と部屋数があった。天井はゆるやかなドーム状になっており、閉塞感は少ない。ここなら、四人でも余裕をもって過ごせるだろう。
 アニは部屋の中央に立ち、天井ドームの頂点近くに備え付けられた丸い物体を棒で軽くつついた。すると、ふわりと物体が淡く光り始め、やがて部屋全体に広がる。アニが三伯父に聞いた話によると、古い時代に魔物素材で作られた照明器具だという。地下の通路を装飾するものとは異なり、安心感を得るのに十分な明るさだった。
 通路から入ってすぐの部屋には古びた棚があり、保存食や飲料が並んでいた。包装はすすけていたが、封はしっかりしている。チャコとシエラが確認すると、まだ食べられる状態のようだ。奥の方に二つある小部屋には、簡素なベッドが並んでいる。布は硬いが、清潔だった。
「今日はここで休みましょう」
 チャコが言うと、皆が思い思いに頷いた。地下の移動は、地上よりもずっと体力を奪う。構造の複雑さと代り映えのしない薄暗い風景は、じわじわと心身に疲労を蓄積させる。これでは半日も歩き続けるのは困難だ。
「うーん、科学的な味」
 リオンが穀物を固めた菓子のような保存食を咀嚼しながら、つぶやく。彼は保存食を少しずつつまんで、吟味していく。保存食はほとんど王国産のものだが、干し肉だけは帝国産の手作り味らしい。チャコは、リオンが王国産の食品と帝国産の食品を食べ分けられることに驚いた。
 今夜の食事は、乾燥肉、乾燥果実、穀物バー、密閉されていた水を湯湧石で沸騰させたもの。手持ちの食料を消費しなくて済んだのは幸いだった。強い疲労感から、それぞれが黙って口を動かしていたが、チャコがふとリオンに目を向けた。
「リオンって、王国出身なんだよね?」
 突然の問いに、リオンは少し驚いたように顔を上げた。「そうだけど」と答えると、チャコは北方王国についての予備知識について問いかけた。チャコが「あなたが良ければ、だけど」と付け加えたのを見て、リオンは二度、頷いた。
「オレは、東部の小さな町で育った。あの辺りは農村地帯になっていて、その集落の一つ。でも、5歳にはこっちに逃げて来てるからさ。ほとんど、知識なんか無いよね」
 リオンはそう断った後で、彼が知る限りの北方の地理を共有した。北方王国は大まかに西部、中央部、東部で構成されている。王都は中央部の東寄りに所在し、王国中から人とモノが集まる大都市である。
 ただし、この知識は王国の一般常識として知られている事であり、リオン自身は王都に行ったことは無い。「これくらいは、チャコちゃんも知ってんでしょ?」と、リオンが冗談交じりの卑屈さを見せる。チャコは、“市民がどれくらいの情報を持っているかを知ることに意味がある”と冷静に答えた。
 場が再び沈黙仕掛けた時、チャコがうつむきがちに切り出した。
「実は、私も王国には縁があるの」
 チャコは、周りの反応を待たずに続けた。
「祖父が、王国の人だった。帝国に来たのは、戦争のずっと前。まだ、行き来があったころだって。だから、家では王国式の作法が残ってる。食事の仕方とか、挨拶の言い回しとか」
 チャコが早口で言い切ると、シエラが目を丸くしているのが見えた。嫌な汗を背中に感じる。
「すごい…!私、ほとんど何も知らないよ」
 シエラの表情には純粋な驚きが宿っている。
 チャコはリオンを横目で見ながら、「今まで、黙っていてごめんなさい」と付け加えた。しかし、皆の反応は薄かった。特にシエラとアニは全くピンと来ていない様子である。しばしの沈黙ののち、リオンが「うーん」とうなりながら、チャコに声をかけた。
「チャコちゃんには、色々なことが見えてるんだと思うけどさ。あまり気にしなくていいよ。ここにいるのは、よそ者と田舎者だけなんだから」
 リオンの皮肉交じりの励ましに、シエラとアニは怪訝な表情を示した。「どういう意味?」と詰め寄る様子を見て、チャコは微笑んだ。チームにリオンを入れたトム教官の意図が、いくつか分かったような気がした。

「今回のメンバー構成、教官の気まぐれじゃないと思う」
 チャコは、保存食の包みを畳みながら語りかける。
「私たちは、王国の知識がいくらかある者と、全くない者が同数。これは、組み合わせて動けという意味。安全上の配慮ね」
「じゃあ、任務のときはペアで?」
 シエラが問うと、チャコは頷いた。
「ええ。同性ペアで行動しましょう。王都では、単独行動は避けたほうがいい」
「俺とアニ、チャコとシエラ。そんな感じか」
 リオンが確認し、チャコが頷く。アニは黙って聞いていた。
 照明の光が静かに揺れ、壁に影が踊る。食事を終えた四人は、それぞれのベッドに腰を下ろした。
 今が何時かはっきりとは分からない。ぼんやりとした感覚の中で、夜がふけていった。

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