エターナル・ビヨンド~今度こそ完結しますように~

だいず

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1巻:動き出す歴史

第三話 第三章:側面的記述 2

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 二、従者と主人ども

 王都の夕暮れを、機械馬車が静かに進んでいた。車内では、メリンダ婦人が窓辺に視線を向け、隣の少年従者は無言のまま手を膝の上で握っていた。二人の間に会話はなく、ただ馬車の揺れだけが時を刻んでいた。
 やがて馬車は、王都の中心部にある小ぶりな屋敷の前で停まった。かつてグラム公の導きで、シエラとチャコが休息を取った場所である。門前には屋敷の主人がすでに待機しており、馬車から降り立った二人に深々と頭を下げた。
「お待ちしておりました。どうぞ、お入りくださいませ」
 主人の挨拶に、メリンダは軽く頷き、従者に目を向ける。
「着替えを済ませてまいります。少しの間ですが、お休みください」
 従者は静かに頷き、応接間のソファに腰を下ろした。主人が菓子を勧めるが、彼は丁寧に辞退する。
 しばらくして、メリンダが姿を現した。深紅の騎士装束には金糸の刺繍が施され、灯の光を受けて揺らめいている。ドレス姿とは打って変わった威厳を纏い、彼女はまっすぐに従者の前に立った。
「お待たせしました。まだ休まれますか、王子?」
 王子と呼ばれた少年従者は、首を振って立ち上がる。そして、彼女の後に続いた。馬車が再び走り出す。屋敷の主人は、王子とその護衛が見えなくなるまで、深々と頭を下げていた。
 王宮が見えてきたころ、王子は静かに口を開いた。
「ドラモンド夫人と、何か話を?」
 メリンダは微笑を浮かべたまま、軽く首を振った。
「二度手間になりますから、グラハムの部屋で話します。しばしお待ちを」
 王子はそれ以上何も言わず、窓の外に視線を戻した。

 馬車が王宮の小門を抜け、騎士棟の前で止まる。メリンダは王子を先導し、騎士棟の奥にあるグラハム将軍の私室へと向かった。騎士棟の通路には若い下級騎士が定点に控えており、メリンダの姿を見るなり敬礼する。
「マイヤー将軍、お戻りですか」
「ああ。宮内の状況、大事は無いか」
 騎士たちに声をかけるメリンダの顔に、妖艶な貴婦人の面影は無い。よくここまで切り替えられるものだと、いつもながら王子は感心する。
 メリンダ、正しくは、女性騎士・マイヤー将軍は、騎士棟の最奥の部屋に向かう。扉の脇に控える騎士に、威厳高く声をかけた。
「王子の御遊行、無事に帰還した。報告がある。グラハムは中か?」
「はい。すでにお待ちです」
 騎士たちは将軍と王子に一礼し、部屋の中に向かって「マイヤー将軍、弟王子様のお入りです」と声を上げた。扉が開き、二人が部屋に入る。グラハム将軍は机の傍らに立ち、一礼して王子を迎えた。
 グラハム将軍は王子をソファに座らせ、マイヤーが勝手にもう一台に座ったのを確認した。扉の外の騎士たちに声をかけ、部屋に戻らせた。
 騎士たちの足音が遠ざかるのを聞きながら、グラハムはせき払いをして二人をにらみつけた。
「いやに遅かったな。呪い除けの宴など、早々に切り上げて来ればよいだろうに」
「ドラモンド夫人の宴は、王都随一のクオリティだ。王子の御見聞を広げるには、途中退席なんかできないよ」
 グラハムは「科学立国に呪いなど関係ないだろうが」と呟き、報告を要求した。マイヤーはソファに背を預け、つまらなさそうに応じる。
「万事、滞りなく終わりましたよ。エバ婦人の宴は、今も昔も完璧です」
 マイヤーの態度に難しい顔をするグラハムに、王子は静かに言葉を添えた。
「グラム公、メリンダ婦人は何か厄介なものを持ち帰ったようですよ。私には詳細を伏せられましたが…」
 グラハムは王子の態度にも眉をひそめたが、何も言わず、まずはマイヤーに向き直る。
「全て説明しろ。何があった?」
 マイヤーは王子に「こいつに言っても仕方がないでしょうに」と口を尖らせた。
「エバ婦人が“玉虫銀の娘”を仕入れてきた。令嬢に仕立てているようだが、正体は孤児。彼女なりの慈善事業だよ」
 簡潔な報告は、彼女があくまでも軍人であることを思い出させる。
「玉虫銀だと?」
「見事な髪だよ。天然ものだ。聡明そうだったし、きちんとしたところに置けば、本当に“ご令嬢”に化けるかもしれない」
 グラハムはエバ婦人の掘り出し物には興味を持たず、「身分門地を偽るのは罪だぞ」とのみ返した。
「メイドの口を融通するだけだ。王宮付きだろうと、メイドには本来、出身や身分の規定はない」
「だが、王宮に身元不詳の輩がうろつくのは問題だ」
 マイヤーは緩やかに首を振り、
「心配はいらない。私と王子が面倒を見る。正式には、私と“グラム公の従者様”がね」
 と、微笑んだ。
「……何を言っている」
 グラハムはマイヤーの企みに敏感に反応し、厳しい視線を送る。王子は驚いたような表情でマイヤーを見つめている。これは王子は無関係。腐れ縁の悪友だけが持ち込んだ話のようだ。
 マイヤーは、寝転ぶようにくつろぎながら、王子に甘えた声で語りかける。
「王子ぃ、よろしいですよね?玉虫銀と隣の娘、好きな方を任せますから」
 騎士の姿でありながら妖艶な婦人の顔を巧みにのぞかせるマイヤーに、王子は困惑している。グラハムは椅子から立ち上がり、声を低くして言い放った。
「マイヤー、いい加減にしろ。これはお前だけが引き込んだ事だろう?」
 グラハムは今にもマイヤーにつかみかかりそうになっている。王子は慌てて、グラハムをなだめる。
「グラハム、待ってください。マイヤーは、少々…では済まぬほど、奔放なところがあります。ですが、その人柄のおかげで、王都の貴族社会を渡っていけるのです」
 王子は、自らの見聞のために二人が身の安全を守ってくれている事実に感謝した。そして、グラハムが護衛任務に際して、マイヤーに貴族社会にまつわる面倒ごとを任せきっている事実を指摘し、彼に冷静さを取り戻させた。
「ドラモンド夫人は、王都の二等貴族を束ねる有力者です。地方の三等貴族とも、金銭で繋がっている。マイヤーとしても、無下にするわけにはいかないのでしょう」
 王子は「二等三等の貴族社会は僕たちには難しすぎる」と付け加え、グラハムの痛いところを突く。彼はマイヤーよりもずっと高貴な生まれにあるが、そのせいで、市井の貴族社会を上手く渡ることができずにいた。王子が自分のような堅物にならないためには、これからもマイヤーの力が必要である。
「そこで」
 と、王子はわざとらしく将軍たちの顔を交互に見る。
「試験として、一日だけ受け入れてはいかがでしょうか。それで断る理由ができます。ドラモンド夫人の面子も、半つぶれ位で済むかと」
 王子はマイヤーに向かって、小首をかしげた。二等貴族の女騎士は、王子が下流の文化に通じてきたのを見ていたずらっぽく微笑んだ。
 グラハムは二人の様子をしばらく黙って見ていたが、やがて頷いた。マイヤーをにらみつけ、言い渡す。
「……一日だけだ。王宮付きメイドとして受け入れ、試験を受けさせろ」
 グラハムの言葉に、マイヤーは歓声を上げ、王子と手のひらを合わせた。
「試験と言っても、形式的なものだぞ。絶対に落とせ。王子も、良いですね?」
 グラハムの言葉をよそに、マイヤーと王子は楽しそうに話し始める。窓にはすでに、多くの星が上り始めていた。
  
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