エターナル・ビヨンド~今度こそ完結しますように~

だいず

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1巻:動き出す歴史

第四話 第三章:潜入官の日常 4

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 四、グラハム将軍の頭の痛い日々

 王子が専属のメイドを雇って、一月が経とうとしていた。
 その間、グラハム将軍はずっと憂鬱な日々を送っている。理由は単純――王子が、そのメイドをいたく気に入り、どこに行くにも連れまわすからだ。
 そもそも、王族の身辺の世話はすべて、同性の騎士や貴族士官が行うのが宮中の常識。
「メイドなど、いらんのだ」
 グラハムは幾度となく、胸中で毒づいた。

 そのメイド――シエラは、玉虫銀の髪を持ち、彼女を庇護していた貴婦人によると「山岳地方に匿われていた令嬢」らしい。確かに、立ち姿や面差しには、どこか高貴な血を思わせるものがある。だが、その振る舞いは、あまりにも田舎育ち。洗練という言葉からは程遠い。
 そんな純朴な娘に、婚約の話もまだ無い若き王子が入れ込んでいるのだ。王から護衛の任を預かる立場としては、どうにも頭の痛い状況である。
 グラハムは頭を抱えるように、親指でこめかみを押さえた。ここを押すと、頭痛が和らぐらしいのだ。

 ある日の朝。グラハムの将軍執務室の扉が軽く叩かれたかと思うと、王子がひょいと顔を覗かせた。
「ねえ、グラハム。今日、街に出たい」
「は?」
 突然のことに、グラハムは気の抜けた声を漏らす。王子は、庭園の花の蔓支えの棒が欲しいのだという。棒なら何でも良いだろうに、王子は専門店の用具でなければ気が済まないらしい。
 それもそのはず、彼は毎日が暇でならなかった。現王の弟として王位継承権はあるものの、兄が退位する気配は当分ない。下手に貴族たちと親しくなれば王権争いの火種になるため、社交にも制限がかかる。武芸の鍛錬で武威を示すことも避けねばならない。
 結局、文化や学問に親しみ、見聞を広めるぐらいしかやることがないのだ。
 グラハムは王子の事情に、心を痛めていた。これから逞しくなっていく年頃の若者が、将来に備えるでもなく、身体を鍛えることもなく、庭いじりだ。不憫でならない。
 彼にとって王子は、幼いころから交流のある従弟でもある。だからこそ、同情的になり、つい甘くしてしまう。だが、職務は職務。将軍を、“一声かければいつでも付いてきてくれる“などと思わせてはいけない。
「それなら、あのメイドをお使いに出せばよろしいでしょう」
 グラハムは即座に進言し、帯同をやんわり拒否した。王族がふらふらと市中を歩き植木屋で棒を買うなど、護衛の悪夢である。
 しかし、王子はあっさりと首を横に振った。
「いや、シエラを一人で行かせるのは心配だからね、僕が一緒に行こうと思ってさ」
「……」
 グラハム将軍は天を仰いだ。座っているはずなのに、立ち眩みのように星が舞う。
「どうしてそれで、外出許可が出ると思ったのですか?」
「無理かなと思ったので、一声かけました。お供いたします、グラム公」
 王子はぺこりと可愛らしく頭を下げ、ドアを閉めた。
 昼下がり。黒の貴族服をきっちりと着込んだ“グラム公”ことグラハム将軍は、従者姿の王子と、その隣に寄り添うシエラを連れて王都を歩いていた。
 王子は機嫌よく鼻歌を奏でながら、軽やかに先を行く。時折、立ち止まっては道端の鉢植えや店先の品を興味深そうに眺め、また歩き出す。その背中は、植木屋へ向かうというだけで心躍らせているのが明らかだった。
 通りの両脇には、彫刻をあしらった立派な建物が並び、窓からは商人や仕立屋たちが顔を出して客を呼び込んでいる。
「シエラ、見えるかい。あの鐘楼はね、この街で一番古いんだ。グレートソード大王の時代から、あると言われているんだよ。毎朝と正午に鐘を鳴らして、商人や市民に時刻を知らせるんだ」
「まあ、すごい……」
「それと、あっちの広場では、毎週市が開かれる。対して安いわけじゃないけど、ときどき珍しい品が手に入るんだよ」
 王子は嬉々としてシエラに説明を続け、その姿はまるで観光案内の小僧のようだ。シエラも相槌を打ちながら、視線を街のあちこちに走らせた。
 一歩後ろを歩くグラハムは、ため息を飲み込んだ。女子供連れで植木屋に行く一等貴族など、聞いたことが無い。
 それでも、王子の背中が楽しげで、強く引き戻す気にもなれない。この事態の大半は、自分の甘さが原因だと分かっている。
 グラハムは歩調を合わせ、シエラに低く声をかけた。
「よく聞け。私はあくまで、殿下の護衛のためにここにいる。女といえども、いざとなれば見捨てる所存だ――肝に銘じろ」
 短く告げられた忠告に、シエラは黙ってうなずいた。

 やがて、一行は大通りを外れ、裏路地へ。石畳は古び、家並みは低く、庶民の生活の匂いが漂う。この先に、目的の植木屋がある。
 その曲がり角で、シエラの視線がある一点に止まった。
「……あれ?」
 木箱の影から、まだあどけなさの残る少年が顔を上げる。
「おん?」
 素っ気ない声と共に、リオンが振り返る。その一瞬、裏通りの空気がわずかにざわめきを帯びた。
「シエラ?」
 少年はその場からメイドの方を見て、呼びかけた。グラハムは、とっさに剣に手をかける。少年は汚いところから出てきたわりには、しっかりとした身なりである。不用意にこちらにもやってこない。一通りの礼儀は躾けられているようだ。

 シエラは少年の方へ近寄り、「やっぱり、リオンだ!」と嬉しそうな声を上げた。二人は何やら近況を話し合い、手を取りあって笑顔を交わした。
「シエラ、その子は?」
 王子はいよいよ我慢ならなくなり、グラハムの後ろから声をかける。シエラはハッと気が付いて、王子の方に向き直る。
「リオンと申します。私の生まれ育った村で、一緒に育ちました。弟のようなものです」
 シエラはリオンの背に手を当てて、会釈させる。リオンは「どうも」と軽く言い、改めて丁寧にお辞儀をしてみせた。
「こちらは、私が今お仕えしている…」と、シエラは説明を加えた。リオンは説明も半ばで「ああ」と、理解した。
 二人の相通じ合う様子に、王子は少し対抗してみたくなった。リオンの前に進み出て、片手を広げる。
「リオンくん、はじめまして。北方王国、第二王子です」
 グラハムは見知らぬ少年に正体を明かしてしまう王子を諫めようとするが、王子は「ドラモンド夫人のところの子だよ。もう知ってるさ」と返す。
 王子は「それで…」と言葉をつなぎ、リオンを真っ直ぐに見つめた。
「ここで何をしていたんだい?」
 リオンは一瞬ためらい、それから小さく息をついた。
「実は、アニ…エス様が、家出したんです」
 シエラの瞳がわずかに揺れる。王子とグラハムも思わず顔を見合わせた。
「もう、ひと月ほどになります。シエラたちが王宮に行って、すぐに。なかなか見つからなくて……」
 リオンの声には、疲れがにじんでいる。
「ひと月も捜索しているとは。屋敷は、大変だろうね」
 王子が心配そうな眼差しを向けると、リオンはかぶりを振って笑顔を見せる。
「屋敷はもう日常に戻ってますよ!けど、エバ婦人が結構まいってて……俺は従者だし、他にやることもないので続けて探してるんです」
 主を失い、役割が無く、寄る辺ない少年に、王子は自らの身の上を重ねた。
「……君も、苦労しているんだね」
 その心の内では、シエラの事情も思い出される。きっと、この少年も、孤児として拾われた口だろう。まだ子どもなのに、主人たちに気を使って、振り回されて……
 王子は「かわいそうに」と、わずかにリオンの肩を撫でる。リオンは、へへ、と苦笑して応じた。
 王子は少しの間、悲しそうな顔をしていた。が、ふと何かを思いついたように、グラハムを振り返る。
「騎士団の力を借りるのはどうだい? 王都警備隊も騎士団の下部組織だし、一人で探すよりずっといい」
 その思い付きに、グラハム将軍が即座に声を差しはさむ。
「民間人が騎士団を私的に利用するなど、あり得ません」
 グラハム将軍は王子のじっとりとした視線を感じたが、将軍として無視した。しかし、王子は諦めない。
「では、奉公させればいいのでは?」
「奉公?」
「グラハム、彼を君のところで預かるんだ。そうそう、騎士見習いで!」
「冗談じゃない!」
 グラハム将軍は全力で拒否するが、王子は「最近、騎士団員も志望者不足でしょう」と食い下がる。その姿は、さながら兄弟げんかのようだった。
 二人のやり取りに、リオンは「ええ……」と困惑の声を漏らす。
 不毛なやり取りをひとしきり重ねた後、王子は両手を軽く叩き、話を切り上げるように声を上げた。
「とりあえず、リオン君も一緒に王都を見て回ろう。植木屋はまた今度だ!」
 こうして、一行は少年リオンを加え、裏通りから再び賑やかな通りへと歩みを進めた。陽射しの下、黒衣のグラム公のため息だけが、ひときわ深く長く響いた。

 夜も更けた頃。王宮の片隅、グラハム将軍の執務室には、遅くまで燈されたランプの光が揺れていた。
「で、結局――お前もみなしごを引き受けたと。お前は、王子にだけは本当に甘いねぇ」
 マイヤー将軍は、いつものようにソファに寝そべって笑う。グラハムは眉間を押さえ、「……言うな」と低く答えた。
「しかし、その少年、少しは見所があったんだろう?」
 茶化すような口ぶりだったが、目にはわずかな興味が宿っている。グラハムは短く息を吐き、視線を手元の地図に落とした。
「……まあな」
 その「まあな」に含まれたわずかな肯定を、マイヤーは聞き逃さなかった。「もったいぶらずに教えろよ」と、即座に追求する。
 グラハムはしばし黙ったまま、指先で地図の端を押さえていたが、やがてぽつりと口を開いた。
「……あの少年、剣墓に参拝してみせた」
 マイヤーの眉がわずかに動く。
「ほう?」
「最近の子どもとしては珍しい、殊勝なことだ。今の時代、それだけでも見習いの資格はあるさ」
 グラハムの声音には、わずかに感心の色が混じっていた。マイヤーは天井を見つめ、にやりと笑う。
「ふーん……面白いじゃないか」
 そして、顎をそらし、行儀悪くグラハムの方を見やった。
「今度、こちらに寄こしな。戦節前の基礎鍛錬に参加させてやろう」
 グラハムは鼻を鳴らし、視線を資料に戻す。
「……まあ、言っておくよ」
 彼は、それ以上、余計な感情を表に出す気はないというように、ランプの下でペンを取った。
 秋の夜気に冷やされた風が誰もいない廊下を渡り、かすかに扉を揺らした。

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