エターナル・ビヨンド~今度こそ完結しますように~

だいず

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1巻:動き出す歴史

第四話 第四章:不穏の影

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 第四章:不穏の影
 一、王様の噂
 昼過ぎの王都。ここはいつも、行き交う人々のざわめきで満ちている。しかし、裏通りはいくらか静けさがあった。
 北方の第二王子は、シエラと並んで植木屋に通じる通りを歩いていた。彼の手には、先ほど手に入れた蔓支えの棒が握られている。
 ふと、表の大通りに立ち並ぶ露店の屋根が目に入った。王子は店々を指さし、シエラに呼びかける。
「秋はね、東部の農村から行商が来るんだよ」
 北方王国の東部には、大農園が多く所在している。収穫期を迎えた秋には、農園から直接王都へと、物売りが詰めかけるのだ。シエラは王子の説明に「そうなのですね」と感嘆し、王子は「少し見て回ろうか」と軽やかに笑った。
 そんな二人の後ろには、黒衣のグラム公――グラハム将軍が控えていた。彼は一度通った裏通りであっても手を抜かず、書類仕事の合間を縫って王子のお使いに付き合っている。その面倒見の良さは、年若く体も小さいとはいえ一応成人を迎えている王子には、もはや過保護といえる体制だった。

 露地を曲がると、幼い子どもたちが騒がしく遊んでいた。子ども達は一行に気が付くと、王子の持つ棒に目を留めた。とことこと近づき、のぞき込む。
「それ、何?」
「棒? これ、強そう!」
 口々に言う子どもたちに王子はしゃがみ込み、まとわりつく好奇心に困ったような笑顔で応える。シエラは王子の肩をつかむ小さな手を優しく外しながら、地面に膝をついて子どもたちと目を合わせた。
「みんな、これはそこの植木屋さんで買ってきたんだよ。何に使うのか、知りたい?」
 子どもたちは、元気よくうなずき「知りたーい!」と飛び跳ねた。シエラは王子に顔を向け、目だけで促す。
「これはね、蔓植物を支えるための棒なんだ。こうやって、植物が絡みついて伸びていくんだよ」
 王子は棒に指を絡め、蔓の動きを見せる。すると子どもたちは、理解してか否かはわからないが「へえー、すごい!」と目を輝かせた。

 王子の姿を、グラハムは少し離れたところで見守っていた。王子はシエラの助けを借りながら、子どもたちと遊び始める。その姿は、かつての自分と従兄弟たちのようにも見えた。
 しばらくしたところで、グラハムは王子たちに「そろそろ」と声をかけた。王子は「ご主人様が呼んでいるから、行かなきゃ」と、わざとらしく従者ぶって言った。
 名残惜しそうな子どもたちは、王子やシエラの手を握るが、次第に別れる。すると、ひとりの子どもが王子に近づき「お前はもう友達だから、良いこと教えてやる」と、声を潜める。
 その刹那、王子とシエラが顔を見合わせる。王子の表情がこわばる。シエラが促し、グラハム将軍の元へ戻った。

 グラハム将軍は「どうしました?無礼な事でも言われましたか」と、王子に声をかける。王子は普段、限られた人間としか交流が無い。からかわれて動揺したのだろうと、グラハムは想像していた。
 王子は、ははと笑い、少しの間を開けてグラハムに告げた。
「王様って、もう本物じゃないんだよ。機械人形にすり替わってるんだって。……だってさ」
 先ほどまでの笑顔が嘘のように、硬く難しい表情だ。
「ただの噂です」
 グラハムは即座に言い切る。その素早さは、優しさゆえのものだった。
「でも、まあ、確かに兄さんとはもう何年もまともに会ってないし。今は、そんな風に言われるようになっているんだね」
 割り切れない様子の王子に、グラハムは小さくため息をついた。そして、遠くに見える子どもたちに体を向け、大仰に語りだした。
「子は国の宝と申しますが……君主をそしるような者は、宝に数える必要もありませんな。すぐに、叩き切ってご覧に入れましょう」
 一歩進み出ようとするグラハムに、王子は慌てて手を振った。
「や、やめてよ。子どもの言うことだし、気にしてないよ!」
 グラハムは肩をすくめ、「では、もう良いですね?」と歩を進めた。王子も気を取り直して歩き出す。しかし、どうしても元気がない。シエラは小走りで近づき、丸まった背中に静かに寄り添った。


 二、訓練場にて
 そのころ、グラハム将軍の預かり見習い騎士になったリオンは、若手剣士たちのための基礎訓練を受けていた。マイヤー将軍が主催する自主訓練だ。
 王宮の騎士棟南側にある訓練場は、昼下がりの陽光に照らされていた。石床は磨かれて滑らかで、壁際には槍や木剣が整然と並ぶ。空気は静かだが、木剣が振られるたびに風を切る音が響き、場に緊張感を与えていた。
 リオンは若い下級騎士たちに交じり、素振りを繰り返していた。額には汗がにじむ。初めこそ帝国の型が出ないように注意していたが、今はもうその余裕は無くなっていた。
 マイヤー将軍は騎士たちにそれぞれ助言を与え、列を巡る。そしてついに、リオンの傍らに立つ。細身の女騎士は「続けろ」と低く命じ、リオンは今回の訓練で習った一通りの型を見せた。
 マイヤー将軍はリオンの動きを観察し、「目が良い。見た動きを、すぐに真似できている。が、身体の使い方を理解していない。腕の力に頼るな。ひじを痛める」
 マイヤー将軍の指摘は鋭く、しかし理論的だった。女性の身で将軍を務める困難さを、力や感覚以外のもので補ってきたのだろう。
 彼女は木剣を手に取り、リオンの前で彼の型を再現して見せる。確かにリオンは、腕だけで剣を振っているように見える。
「こう。力は下半身から伝え、胴で支える。腕は導くだけ。そうすれば何時間でも剣を振れる。」
 マイヤー将軍の正解の型を、リオンはその動きを目で追い、真剣に頷いた。その必死な眼差しに、マイヤー将軍は「腕だけで振ると、斬られた時に肘から下が飛んでいってしまうぞ」と、照れくさそうに冗談を飛ばす。
 その後も、何度も構えを直されながら、リオンは素振りに打ち込んだ。彼は一度も不満を漏らさず、むしろ将軍の目をじっと見つめて助言を乞うた。その視線は、言葉以上に何かを訴える。マイヤー将軍は丁寧に指導しながらも、少年の視線をはねつけるのに苦心した。

 休憩時間。マイヤーは座り込むリオンを見下ろし、声をかけた。
「なあお前、相当な年上好みなのか?」
 冗談めかした言葉に、リオンは目を丸くした。マイヤー将軍は小さく笑い、「やたらと顔を見てくるじゃないか」と続けた。
 それを聞いて、リオンは笑顔を見せ、「いや…」と手を小さく振った。
「ちょっと、知り合いに似てる気がしただけです」
「ほう、ずいぶん美人と知り合いだな」
「まあ、そうですね。姉です」

 マイヤー将軍が姉を“知り合い”と言う少年の不孝を咎めると、リオンは軽く謝罪した。しかしその後、知り合い程度のつながりしかないのだと弁明した。
「姉とは、三歳の時に別れました。それきり安否もわからなくて……。さっき、将軍に似ていると言いましたけど、正直に言えば、もう顔も曖昧にしか覚えてなくて」
 リオンは、気まずそうに「本当にすいません」と再度謝る。マイヤー将軍が“悪かったな”と言おうとする前に、リオンは言葉を続けた。
「でも、当たり前だけど、姉は貴族じゃありませんし。髪も瞳も俺と同じで、将軍とは全然違う色なんです。だから、本当は、全然似てないはずです」
 そうやって一人で結論付けたリオンは、笑顔を作って何度もうなずいた。しかし、その言葉の奥には、拭いきれない寂しさがにじんでいるように思えた。マイヤーは平静を装いながらも、わずかに視線を伏せる。

 休憩をはさみ、丁寧な指導は続いた。結局、夕刻まで基礎訓練は続いた。
 片付けを任せて先に立ち去るマイヤー将軍は、心の中で一つの可能性を否定しきれずにいた。
「姉……か」
 マイヤー将軍は一瞬だけ、小さく首を傾げた。


 三、王子の頼み
 裏通りでの一件から数日、王子はどこか元気がなかった。日々の生活はいつも通りに見える。朝の読書、昼の庭園散歩と植物の世話、夕食の時間も変わらない。けれど、ふとした瞬間に物憂げな表情を浮かべ、窓の外をじっと見つめる時間が増えていた。

 シエラはその様子が気がかりで、王子を欺いている立場とはいえ自身の無力さに落ち込んでいた。ある日、王子の部屋に茶を運んだ際、思い切って声をかけた。
「王子様、最近……少しお疲れのように見えます」
 王子はハッとしたように顔を上げ、それから小さく笑った。
「そうかな。……いや、そうかもしれないね。ごめん」
 しばらく沈黙が続いた後、王子はシエラをソファの隣に座らせた。そして、ぽつりぽつりと語り始めた。
「兄上……今の王様とは、もう何年もまともに会えていないんだ。兄弟なのにね。月に一度、謁見の機会はあるけれど……最近は、定型の言葉しか返ってこない。表情も厳しくて、ほとんど変わらない。こっちを見ていないような時もある」
 シエラは黙って耳を傾ける。
「昔の兄上は、おおらかで、人望も厚くて……周りをよく気にかけてくれた。優しくて、面倒見がよくて……」
 王子は手のひらで顔を覆った。
「でも今は、まるで別人だ。あれじゃあ、人形だって言われても、仕方がないよ」
 その言葉には、ただの噂を気にする以上の痛みが込められていた。丸く縮こまった背中から、さらに苦しい声が漏れだす。
「兄上のお身体が心配なんだ」と、王子は“孤児出身”のシエラに北方王国の王室の状況を説明する。15年前の帝国独立—王子にとってみれば反乱だが―の戦いで、王子たち兄弟は両親を亡くした。兄の第一王子は成人を待たずに王位についた。そして現在まで、王権を保ってきたのだという。
「僕にとって、兄上は……たった一人の家族なんだ。」
 シエラはそっと王子の背にそっと手を添えた。王子はその温かさを感じて、静かに言葉を続けた。
「シエラ……君に頼みたいことがある」
 真剣な眼差しに、シエラは身じろぐ。その頼みを、彼女は断れるはずもなかった。

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