33 / 43
1巻:動き出す歴史
第四話 第五章:王様の人形 7
しおりを挟む
七、ゼンジの観察眼
よく磨かれた銀製の浅い大皿――通称「銀の皿」の表面に、月明かりの庭園が揺らめいて映っていた。その映像の中で、ローザと名乗るメイドは次々と衝撃的な事実を淡々と説明している。
ゼンジはその事実を一つ一つ、手元の用紙に書き留める。しかし、その節々で、ローザがこちらをまっすぐ見つめてくるのが気になった。
通常の会話であれば、話し方の癖で片づけられる何気ない仕草である。しかし、この状況において、こちらを―つまり、メイドのシエラを―逐一見つめるのは、不自然である。ゼンジの目には、それが意図的な行為にしか見えなかった。
やがてローザは、北方王の計画について話し始めた。その計画の名を聞いた時、ゼンジの違和感は革新へと変わる。
「……これは、まずい!」
低くつぶやいたはずの声は、長期間の監視生活の中で裏返った。それでも、椅子を押しのけるように立ち上がり、部屋を飛び出そうとする。
どたばたと慌てた様子の彼に、ソファでうたた寝していた大魔導師の少女も薄目を開ける。
「ララアさん、少しの間だけ代わってください。僕はすぐに、トム教官を呼んできます!」
慌ただしく歪んだドアに手をかけるゼンジに、ララアは落ち着いた声で呼びかけた。
「緊急でしたら、すぐに呼べますよ」
ララアはソファに身を預けたまま、傾いた天井に向かって指先を軽く動かす。すると上壁に淡い光の輪が広がり、空間が水面のように揺らいだ。
次の瞬間、その揺らぎの中から金髪の大男が現れる。どさっと大きな音をたてて、床に落ちた。
「……っ、ララア!」
床にしたたかに腰を打ったトム教官は、とっさに元凶を探す。ソファに横たわる魔法少女を見つけ、詰め寄り、珍しく強い怒りを表した。
「ワープは嫌いなんだ。今生では二度としてくれるな!」
ララアは口をとがらせ、「緊急なのですよう」とだけ返す。
ゼンジは一連の状況を様々、今は無視することにした。一歩前に出て、背筋を伸ばす。
「教官。現在、作戦は危険な局面にあります。場合によっては、ララアさんの出動が必要になる可能性があります」
トム教官の視線が、にわかに鋭くなる。
「根拠は?」
ゼンジは呼吸を整え、事実だけを淡々と並べた。
「これはローザというメイドです」
銀の皿に映る侍女を指さす。
「この女、王子や騎士に説明している状況下において、会話の要所でシエラに不自然な頻度で視線を送っています。しかし、これまでのシエラとのかかわりにはこの行動をとらせる理由がありません。これは意図的な行為と推測されます。」
「どんな意図がある?」
矢継ぎ早な質問は、トム教官が正しい主張に対して取りがちな態度である。ゼンジは落ち着いて、説明を続けた。
「加えて、北方の国王が進めている計画というのが、“目”と言う名前だそうです。確か、シエラに持たせている通信用のブローチも、“目”という呼び名でしたよね?」
トム教官は、ふうんと鼻を鳴らし、長い指であごを撫でた。
「結論を言ってみろ」
「ローザは、こちら帝国の監視体制を察知している可能性が高いと判断します」
トム教官は腕を組み、黙って聞いていた。ゼンジはさらに続ける。
「もしそうであれば、シエラが潜入者であることは、すでにローザに露見していると考えるのが自然です。即時保護すべきです。放置すれば、捕縛または利用される危険があります」
ゼンジが話し終え、短い沈黙が過ぎ、トム教官は鼻で笑った。
「それじゃあ、弱いなぁ」
その声は冷たく、どこか試すような響きを帯びていた。
「ララアは、大魔導師様なんでね。それくらいの状況じゃ出動はできないな」
トム教官は、ゼンジに魔法使いの負う制約について簡単に説明した。魔法は“公益に資する目的”にのみ使用が許されており、力の強い魔法使いほどその制約は厳密になる。敵国に自ら潜入したシエラやリオンを救出するためにララアを出動させるのなら、それは明確な命の危険が迫っている場合でなくてはならない。
「とはいえ、状況は大きく動いた」
悔しそうに唇を噛むゼンジに、トム教官は少しだけ柔らかく言い添えた。銀の皿に視線を落とす。
映像の中では、ローザが物置小屋の床板を外し、地下への入り口を露わにしている。
「ここからは、俺も監視に入るよ」
トム教官は「もしかしたら、ずっと探していた事が分かるかもしれないしな」と、ゼンジの隣に座り込んだ。ゼンジは少々驚いたが、改めて背筋を伸ばした。
よく磨かれた銀製の浅い大皿――通称「銀の皿」の表面に、月明かりの庭園が揺らめいて映っていた。その映像の中で、ローザと名乗るメイドは次々と衝撃的な事実を淡々と説明している。
ゼンジはその事実を一つ一つ、手元の用紙に書き留める。しかし、その節々で、ローザがこちらをまっすぐ見つめてくるのが気になった。
通常の会話であれば、話し方の癖で片づけられる何気ない仕草である。しかし、この状況において、こちらを―つまり、メイドのシエラを―逐一見つめるのは、不自然である。ゼンジの目には、それが意図的な行為にしか見えなかった。
やがてローザは、北方王の計画について話し始めた。その計画の名を聞いた時、ゼンジの違和感は革新へと変わる。
「……これは、まずい!」
低くつぶやいたはずの声は、長期間の監視生活の中で裏返った。それでも、椅子を押しのけるように立ち上がり、部屋を飛び出そうとする。
どたばたと慌てた様子の彼に、ソファでうたた寝していた大魔導師の少女も薄目を開ける。
「ララアさん、少しの間だけ代わってください。僕はすぐに、トム教官を呼んできます!」
慌ただしく歪んだドアに手をかけるゼンジに、ララアは落ち着いた声で呼びかけた。
「緊急でしたら、すぐに呼べますよ」
ララアはソファに身を預けたまま、傾いた天井に向かって指先を軽く動かす。すると上壁に淡い光の輪が広がり、空間が水面のように揺らいだ。
次の瞬間、その揺らぎの中から金髪の大男が現れる。どさっと大きな音をたてて、床に落ちた。
「……っ、ララア!」
床にしたたかに腰を打ったトム教官は、とっさに元凶を探す。ソファに横たわる魔法少女を見つけ、詰め寄り、珍しく強い怒りを表した。
「ワープは嫌いなんだ。今生では二度としてくれるな!」
ララアは口をとがらせ、「緊急なのですよう」とだけ返す。
ゼンジは一連の状況を様々、今は無視することにした。一歩前に出て、背筋を伸ばす。
「教官。現在、作戦は危険な局面にあります。場合によっては、ララアさんの出動が必要になる可能性があります」
トム教官の視線が、にわかに鋭くなる。
「根拠は?」
ゼンジは呼吸を整え、事実だけを淡々と並べた。
「これはローザというメイドです」
銀の皿に映る侍女を指さす。
「この女、王子や騎士に説明している状況下において、会話の要所でシエラに不自然な頻度で視線を送っています。しかし、これまでのシエラとのかかわりにはこの行動をとらせる理由がありません。これは意図的な行為と推測されます。」
「どんな意図がある?」
矢継ぎ早な質問は、トム教官が正しい主張に対して取りがちな態度である。ゼンジは落ち着いて、説明を続けた。
「加えて、北方の国王が進めている計画というのが、“目”と言う名前だそうです。確か、シエラに持たせている通信用のブローチも、“目”という呼び名でしたよね?」
トム教官は、ふうんと鼻を鳴らし、長い指であごを撫でた。
「結論を言ってみろ」
「ローザは、こちら帝国の監視体制を察知している可能性が高いと判断します」
トム教官は腕を組み、黙って聞いていた。ゼンジはさらに続ける。
「もしそうであれば、シエラが潜入者であることは、すでにローザに露見していると考えるのが自然です。即時保護すべきです。放置すれば、捕縛または利用される危険があります」
ゼンジが話し終え、短い沈黙が過ぎ、トム教官は鼻で笑った。
「それじゃあ、弱いなぁ」
その声は冷たく、どこか試すような響きを帯びていた。
「ララアは、大魔導師様なんでね。それくらいの状況じゃ出動はできないな」
トム教官は、ゼンジに魔法使いの負う制約について簡単に説明した。魔法は“公益に資する目的”にのみ使用が許されており、力の強い魔法使いほどその制約は厳密になる。敵国に自ら潜入したシエラやリオンを救出するためにララアを出動させるのなら、それは明確な命の危険が迫っている場合でなくてはならない。
「とはいえ、状況は大きく動いた」
悔しそうに唇を噛むゼンジに、トム教官は少しだけ柔らかく言い添えた。銀の皿に視線を落とす。
映像の中では、ローザが物置小屋の床板を外し、地下への入り口を露わにしている。
「ここからは、俺も監視に入るよ」
トム教官は「もしかしたら、ずっと探していた事が分かるかもしれないしな」と、ゼンジの隣に座り込んだ。ゼンジは少々驚いたが、改めて背筋を伸ばした。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる