エターナル・ビヨンド~今度こそ完結しますように~

だいず

文字の大きさ
34 / 43
1巻:動き出す歴史

第五話:本当の敵  第一章:もう一つの王都 1

しおりを挟む
 一、アニと小人たち

 淡い光が揺れる地下通路を、アニは無言で進んでいた。
 先導するのは、卵に手足が生えたような奇妙な生き物たちが数匹。つるりとした胴体に、棒のような四肢。先端にちょこんとついた小さな手足が忙しなく動いている。ぴょこぴょこと跳ねながら歩き、時折振り返ってはアニを確認するように首をかしげる。頭にはそれぞれ、物の耳を模した帽子を被り、その耳が揺れている。

「……都の下に、こんな場所があったとはな」
 低い天井を見上げながら、アニはつぶやいた。通路の壁には、淡く光る石で描かれた文様が浮かび上がっている。それは、彼の故郷・ヤトウ族の里のものと酷似していた。石壁の奥から漏れ出る土の臭い、湿った空気、そして静寂。すべてが懐かしく、少しだけ胸が熱くなる。
 それを冷ますように、一つ、大きく息を吸う。肺に地下の空気が通っていくのを感じる。決して清浄とは言えない地下の風は、これ以上ない心地よさを与えた。
「やっぱり、俺はこっちだな…」
 アニの脳裏には、エバ婦人の屋敷での窮屈な生活が思い出された。手を触れれば不快な溝だらけの豪奢な柱や手すり、動けばギシギシと音を立てる絹の衣装、舌がしびれる銀の食器……あの全ては、今となっては、悪夢の幻だったのではないかと思える。

 地下の雰囲気で身体が活力を取り戻した頃、アニはふと立ち止まり、壁に手を触れた。指先で淡く光る文様をなぞる。小さな石の縁には、微かな熱が宿っている。
「……光る骨と同じだな」
 ヤトウ族の通路を照らす古い文様を作る光る骨—それは三伯父から魔物の骨の結晶化したものだと聞いている―それと同じ熱を、ここの小石は帯びているようだ。なぜ、遠く離れた王都の地下に同じような仕組みがあるのか?アニは興味深く文様を観察した。

 すると、立ち止まる大男に気付いた卵型の生き物が、くるりと振り返る。
「遅レチャ ダメ ダメダメヨネ~」
 ぼよんぼよんと跳ね、アニに向かって呼びかける。怒っているのか?しかし、その声は、どこか陽気で、言葉の意味とは裏腹に安心感を与える。アニは眉をひそめながら「すまん」と、笑った。腰を曲げて小走りに追いつき、問いかける。
「お前たちは、ここで暮らしているのか?」
「ソウヨ、ソウヨ」「違ウヨ、チガウヨ」「ホクホク人ナノヨネ~」
 生き物は口々に答える。返答は的を射なかったが、ホクホク人――それが彼らの自称らしいことは分かった。ホクホク人は魔物のような外見にも見えるが、敵意は感じられない。むしろ、どこか人懐っこく、ヤトウの里の子どものような無垢さがある。
「人ということは……魔物では、無いのか?」
「ソウヨ、ソウヨネ」「チョット、チガウヨ」「ホクホク人ナノヨネ~」
 彼らの返答はやはり、よく分からない。アニは小さく笑った。

 通路の奥へ進むにつれ、道は入り組み、いくつもの小部屋がつながる居住区が現れた。部屋と部屋を通路でつなぐ構造は、ヤトウの里と酷似している。壁にもやはり、ヤトウ族の里と同じような文様が施されている。部屋の中では、ホクホク人たちが鍋を囲み、何かを煮込んでいた。香ばしい匂いが漂い、アニの空腹を刺激する。
「ここは……お前たちが作った家か?」
「ンーニャ、ンーニャ “マガリ”ヨネ~」
 アニはいくらかホクホク人の言葉を理解しつつあった。どうやら、この場所は彼らが作ったものではなく、見つけて住み着いたものらしい。現在は“間借り”状態で、本来の住処はどこか別にあるのだろう。
 ここは元々、誰か別の人々の住処だったのかもしれない。例えば、ヤトウ族のように地下に暮らす民族の―アニはホクホク人の使っている鍋やイスを見ながら、はるか昔の家主に思いをはせた。

 彼を先導していたホクホク人たちはどこかに散ってしまい、アニは寄る辺なく、天井に頭をつかえながら立ち尽くしていた。ホクホク人はアニの脚の間を邪魔くさそうに通り過ぎることはあるが、もてなすことも威嚇することもなかった。
 しばらくすると、ホクホク人の中でもひときわ体の大きい者が現れた。酒樽くらいの大きさのそのホクホク人は、他の個体と基本的には同じ顔つきだが、少しだけ目つきが鋭い。リーダー格だろうか?アニは何も言わず、敢えてぼんやりとその大きなホクホク人の輪郭を捉えた。
 それはアニに近づき、アニの身体をくまなくじろじろと観察し、鼻をひくつかせた。アニは静止して待機した。ここにいるホクホク人の一群れくらい、難なく倒せるだろう。しかし、ここで敵意を見せるのは得策ではなさそうに思えた。

「ウム、ウム。土ノ匂イジャ」
 大きなホクホク人は、満足げにほとんど無い首でうなずく。アニは無言で、少し笑顔を作って応えた。大きなホクホク人はアニの表情を見止め、何かに納得したようだった。
「ヨウシ、コレヲ、ホクホク人トスル!」
 その声はあたりの部屋に響き、周囲のホクホク人たちが一斉に歓声を上げる。アニは少し戸惑いながらも、態度には出さないように目を伏せた。ホクホク人たちの喧騒は、どこか懐かしい響きを彼の耳に与えた。
「……しばらく、ここに居るか」
 その言葉は、小さな亜人たちの大騒ぎの中に、静かに溶けていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...