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1巻:動き出す歴史
第五話:本当の敵 第一章:もう一つの王都 1
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一、アニと小人たち
淡い光が揺れる地下通路を、アニは無言で進んでいた。
先導するのは、卵に手足が生えたような奇妙な生き物たちが数匹。つるりとした胴体に、棒のような四肢。先端にちょこんとついた小さな手足が忙しなく動いている。ぴょこぴょこと跳ねながら歩き、時折振り返ってはアニを確認するように首をかしげる。頭にはそれぞれ、物の耳を模した帽子を被り、その耳が揺れている。
「……都の下に、こんな場所があったとはな」
低い天井を見上げながら、アニはつぶやいた。通路の壁には、淡く光る石で描かれた文様が浮かび上がっている。それは、彼の故郷・ヤトウ族の里のものと酷似していた。石壁の奥から漏れ出る土の臭い、湿った空気、そして静寂。すべてが懐かしく、少しだけ胸が熱くなる。
それを冷ますように、一つ、大きく息を吸う。肺に地下の空気が通っていくのを感じる。決して清浄とは言えない地下の風は、これ以上ない心地よさを与えた。
「やっぱり、俺はこっちだな…」
アニの脳裏には、エバ婦人の屋敷での窮屈な生活が思い出された。手を触れれば不快な溝だらけの豪奢な柱や手すり、動けばギシギシと音を立てる絹の衣装、舌がしびれる銀の食器……あの全ては、今となっては、悪夢の幻だったのではないかと思える。
地下の雰囲気で身体が活力を取り戻した頃、アニはふと立ち止まり、壁に手を触れた。指先で淡く光る文様をなぞる。小さな石の縁には、微かな熱が宿っている。
「……光る骨と同じだな」
ヤトウ族の通路を照らす古い文様を作る光る骨—それは三伯父から魔物の骨の結晶化したものだと聞いている―それと同じ熱を、ここの小石は帯びているようだ。なぜ、遠く離れた王都の地下に同じような仕組みがあるのか?アニは興味深く文様を観察した。
すると、立ち止まる大男に気付いた卵型の生き物が、くるりと振り返る。
「遅レチャ ダメ ダメダメヨネ~」
ぼよんぼよんと跳ね、アニに向かって呼びかける。怒っているのか?しかし、その声は、どこか陽気で、言葉の意味とは裏腹に安心感を与える。アニは眉をひそめながら「すまん」と、笑った。腰を曲げて小走りに追いつき、問いかける。
「お前たちは、ここで暮らしているのか?」
「ソウヨ、ソウヨ」「違ウヨ、チガウヨ」「ホクホク人ナノヨネ~」
生き物は口々に答える。返答は的を射なかったが、ホクホク人――それが彼らの自称らしいことは分かった。ホクホク人は魔物のような外見にも見えるが、敵意は感じられない。むしろ、どこか人懐っこく、ヤトウの里の子どものような無垢さがある。
「人ということは……魔物では、無いのか?」
「ソウヨ、ソウヨネ」「チョット、チガウヨ」「ホクホク人ナノヨネ~」
彼らの返答はやはり、よく分からない。アニは小さく笑った。
通路の奥へ進むにつれ、道は入り組み、いくつもの小部屋がつながる居住区が現れた。部屋と部屋を通路でつなぐ構造は、ヤトウの里と酷似している。壁にもやはり、ヤトウ族の里と同じような文様が施されている。部屋の中では、ホクホク人たちが鍋を囲み、何かを煮込んでいた。香ばしい匂いが漂い、アニの空腹を刺激する。
「ここは……お前たちが作った家か?」
「ンーニャ、ンーニャ “マガリ”ヨネ~」
アニはいくらかホクホク人の言葉を理解しつつあった。どうやら、この場所は彼らが作ったものではなく、見つけて住み着いたものらしい。現在は“間借り”状態で、本来の住処はどこか別にあるのだろう。
ここは元々、誰か別の人々の住処だったのかもしれない。例えば、ヤトウ族のように地下に暮らす民族の―アニはホクホク人の使っている鍋やイスを見ながら、はるか昔の家主に思いをはせた。
彼を先導していたホクホク人たちはどこかに散ってしまい、アニは寄る辺なく、天井に頭をつかえながら立ち尽くしていた。ホクホク人はアニの脚の間を邪魔くさそうに通り過ぎることはあるが、もてなすことも威嚇することもなかった。
しばらくすると、ホクホク人の中でもひときわ体の大きい者が現れた。酒樽くらいの大きさのそのホクホク人は、他の個体と基本的には同じ顔つきだが、少しだけ目つきが鋭い。リーダー格だろうか?アニは何も言わず、敢えてぼんやりとその大きなホクホク人の輪郭を捉えた。
それはアニに近づき、アニの身体をくまなくじろじろと観察し、鼻をひくつかせた。アニは静止して待機した。ここにいるホクホク人の一群れくらい、難なく倒せるだろう。しかし、ここで敵意を見せるのは得策ではなさそうに思えた。
「ウム、ウム。土ノ匂イジャ」
大きなホクホク人は、満足げにほとんど無い首でうなずく。アニは無言で、少し笑顔を作って応えた。大きなホクホク人はアニの表情を見止め、何かに納得したようだった。
「ヨウシ、コレヲ、ホクホク人トスル!」
その声はあたりの部屋に響き、周囲のホクホク人たちが一斉に歓声を上げる。アニは少し戸惑いながらも、態度には出さないように目を伏せた。ホクホク人たちの喧騒は、どこか懐かしい響きを彼の耳に与えた。
「……しばらく、ここに居るか」
その言葉は、小さな亜人たちの大騒ぎの中に、静かに溶けていった。
淡い光が揺れる地下通路を、アニは無言で進んでいた。
先導するのは、卵に手足が生えたような奇妙な生き物たちが数匹。つるりとした胴体に、棒のような四肢。先端にちょこんとついた小さな手足が忙しなく動いている。ぴょこぴょこと跳ねながら歩き、時折振り返ってはアニを確認するように首をかしげる。頭にはそれぞれ、物の耳を模した帽子を被り、その耳が揺れている。
「……都の下に、こんな場所があったとはな」
低い天井を見上げながら、アニはつぶやいた。通路の壁には、淡く光る石で描かれた文様が浮かび上がっている。それは、彼の故郷・ヤトウ族の里のものと酷似していた。石壁の奥から漏れ出る土の臭い、湿った空気、そして静寂。すべてが懐かしく、少しだけ胸が熱くなる。
それを冷ますように、一つ、大きく息を吸う。肺に地下の空気が通っていくのを感じる。決して清浄とは言えない地下の風は、これ以上ない心地よさを与えた。
「やっぱり、俺はこっちだな…」
アニの脳裏には、エバ婦人の屋敷での窮屈な生活が思い出された。手を触れれば不快な溝だらけの豪奢な柱や手すり、動けばギシギシと音を立てる絹の衣装、舌がしびれる銀の食器……あの全ては、今となっては、悪夢の幻だったのではないかと思える。
地下の雰囲気で身体が活力を取り戻した頃、アニはふと立ち止まり、壁に手を触れた。指先で淡く光る文様をなぞる。小さな石の縁には、微かな熱が宿っている。
「……光る骨と同じだな」
ヤトウ族の通路を照らす古い文様を作る光る骨—それは三伯父から魔物の骨の結晶化したものだと聞いている―それと同じ熱を、ここの小石は帯びているようだ。なぜ、遠く離れた王都の地下に同じような仕組みがあるのか?アニは興味深く文様を観察した。
すると、立ち止まる大男に気付いた卵型の生き物が、くるりと振り返る。
「遅レチャ ダメ ダメダメヨネ~」
ぼよんぼよんと跳ね、アニに向かって呼びかける。怒っているのか?しかし、その声は、どこか陽気で、言葉の意味とは裏腹に安心感を与える。アニは眉をひそめながら「すまん」と、笑った。腰を曲げて小走りに追いつき、問いかける。
「お前たちは、ここで暮らしているのか?」
「ソウヨ、ソウヨ」「違ウヨ、チガウヨ」「ホクホク人ナノヨネ~」
生き物は口々に答える。返答は的を射なかったが、ホクホク人――それが彼らの自称らしいことは分かった。ホクホク人は魔物のような外見にも見えるが、敵意は感じられない。むしろ、どこか人懐っこく、ヤトウの里の子どものような無垢さがある。
「人ということは……魔物では、無いのか?」
「ソウヨ、ソウヨネ」「チョット、チガウヨ」「ホクホク人ナノヨネ~」
彼らの返答はやはり、よく分からない。アニは小さく笑った。
通路の奥へ進むにつれ、道は入り組み、いくつもの小部屋がつながる居住区が現れた。部屋と部屋を通路でつなぐ構造は、ヤトウの里と酷似している。壁にもやはり、ヤトウ族の里と同じような文様が施されている。部屋の中では、ホクホク人たちが鍋を囲み、何かを煮込んでいた。香ばしい匂いが漂い、アニの空腹を刺激する。
「ここは……お前たちが作った家か?」
「ンーニャ、ンーニャ “マガリ”ヨネ~」
アニはいくらかホクホク人の言葉を理解しつつあった。どうやら、この場所は彼らが作ったものではなく、見つけて住み着いたものらしい。現在は“間借り”状態で、本来の住処はどこか別にあるのだろう。
ここは元々、誰か別の人々の住処だったのかもしれない。例えば、ヤトウ族のように地下に暮らす民族の―アニはホクホク人の使っている鍋やイスを見ながら、はるか昔の家主に思いをはせた。
彼を先導していたホクホク人たちはどこかに散ってしまい、アニは寄る辺なく、天井に頭をつかえながら立ち尽くしていた。ホクホク人はアニの脚の間を邪魔くさそうに通り過ぎることはあるが、もてなすことも威嚇することもなかった。
しばらくすると、ホクホク人の中でもひときわ体の大きい者が現れた。酒樽くらいの大きさのそのホクホク人は、他の個体と基本的には同じ顔つきだが、少しだけ目つきが鋭い。リーダー格だろうか?アニは何も言わず、敢えてぼんやりとその大きなホクホク人の輪郭を捉えた。
それはアニに近づき、アニの身体をくまなくじろじろと観察し、鼻をひくつかせた。アニは静止して待機した。ここにいるホクホク人の一群れくらい、難なく倒せるだろう。しかし、ここで敵意を見せるのは得策ではなさそうに思えた。
「ウム、ウム。土ノ匂イジャ」
大きなホクホク人は、満足げにほとんど無い首でうなずく。アニは無言で、少し笑顔を作って応えた。大きなホクホク人はアニの表情を見止め、何かに納得したようだった。
「ヨウシ、コレヲ、ホクホク人トスル!」
その声はあたりの部屋に響き、周囲のホクホク人たちが一斉に歓声を上げる。アニは少し戸惑いながらも、態度には出さないように目を伏せた。ホクホク人たちの喧騒は、どこか懐かしい響きを彼の耳に与えた。
「……しばらく、ここに居るか」
その言葉は、小さな亜人たちの大騒ぎの中に、静かに溶けていった。
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