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1巻:動き出す歴史
第五話 第一章:もう一つの王都 3
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三、共同監視
銀の皿に、北方王国の地下王都の光景が鮮明に浮かび上がっていた。その都市には、現在彼が監視任務に使用している魔法道具「帝国の目」と同じ技術が、もっと大きい規模で展開されている。
「北方王国の科学というのは、これほどまでに進歩しているのか…」
ゼンジは思わずつぶやき、肩を落とす。その隣で、トム教官は腕を組み、目を細める。
「……確かに、これは帝国の目と同じだな」
ゼンジは目を凝らし、地下に広がる“青空”のほころびを探した。
「こちらは、人ひとり分の視界を投影するのが限界……それなのに、王国は都ひとつ分の映像を転送しているなんて……」
ゼンジの不用意な発言にトム教官は咄嗟に「おいおい」と声をかけ、「魔法でも同じ規模の映像投影は可能なはずだ」と言い添える。そして、隣でゆったりとしていたララアに「なあ?」と、同意を求めた。
ララアはうーん、と唸り、答える。
「できなくは無いですが、現実的ではありません。あれだけの範囲の視界を意味もなく転送すれば、必ず呪いが発生しますから。」
「魔法使い達ではアレはできないのか?呪いを治療しながら…」
「維持し続けることは難しいでしょうね」
矢継ぎ早な質問のあと、少しの間沈黙が部屋を覆う。トム教官は皿の映像に目を止めたまま、ぽつりと呟いた。
「本当に……“科学”のなせるわざなのかねぇ」
三人は、シエラの目と耳を通して、地下の都市の光景を見つめた。興味深そうに視点を変えて街を見回す様子に、トム教官は口の端にだけ笑みを浮かべた。
「しかし、シエラは大手柄だな。こんな情報までもたらしてくれるとは」
彼は軽く鼻を鳴らし、傾いた天井を見上げる。
「北方のナイーブなお坊ちゃんが魔境美人に弱い、ってのは鉄板だな」
嬉しそうにあごを撫で、「うーん、オレって天才?」と独り言ちる。
ララアは、トム教官の様子は全く気にならないようだ。専用のふわふわソファから身を乗り出し、皿の映像を覗き込む。映し出された街並みを隅々まで確認し、指摘した。
「この場所は、今回で初めて見るところですねぇ」
トム教官は短く「ああ」と答え、腕を組み直す。
「この無駄な映像処理技術の目的はまだわからんが…しかし、現時点で情報科学まで段階をすっ飛ばしていくとはね。奴さん、相当焦ってるよなあ」
嫌味な笑顔を見ないように、ララアは視線を皿から外さず、眉を寄せる。
「でも、どうやってこのスピードで? 可能なんでしょうか?」
トム教官は一瞬だけ口を曲げ結び、低く呟くように言った。
「手段を選ばなければ、ってことなのかもな。それにしても、純粋な科学だとは思えん」
ゼンジはその言葉に反応し、皿から顔を上げた。
「教官は、北方の科学技術に疑念を抱いておられるのですか?」
「まあね」
トム教官は短く答え、魔法技術と科学技術の発展について手短に講義した。
魔法の発展は、決して体系立てられたものではない。それは常に、個々の魔法使いたちが生涯をかけて行う研究の成果と、その断片的な蓄積によって形作られてきた。ゆえに進化は飛躍的である一方、途切れ途切れで、個別の研究成果どうしの組み合わせが難しい特徴がある。
対して、科学は異なる。理論化され、一般化され、体系として共有されることで、知識は積み木のように着実に積み上がっていく。一人の天才の閃きに依存せず、誰もが同じ基盤の上に新たな層を築くことができる。ひとたび理論体系が構築されれば、組み合わせや応用も容易な特徴がある。
「だがな、北方王国が科学化の方針を公にしたのはここ10年。水面下での開発期間があったとして、せいぜい100年未満だ。その程度の期間で、ここまでの段階に発展させることは不可能だろう」
トム教官は人差し指を立てて、語りきった。ゼンジは様々な前提知識の不足を感じながらも、要点は理解した。
「つまり教官は、北方王国の科学の飛躍的な発展の謎を解明するために、シエラたちを潜入させたという事ですか?」
ゼンジは、的確に任務の核心に踏み込む。しかし、トム教官はそれでは満足しないようで、説明を続けた。
「いや、それは大体目星がついている。まあ、大枠だけだが。それよりも、俺が気になっているのは、“美味いけど味気ない高級菓子問題”だよ。そんな異常なスピードで技術発展できるなら、なぜもっとベストを尽くさない?どうして想像を超えるような技術で、我々を圧倒しないんだ?」
饒舌になるトム教官の横顔を、ゼンジは思わず見つめる。その目はギラギラと血走り、深紅の瞳が溶け出しているようだった。ゼンジは押し黙り、銀の皿に再び向き直った。トム教官の視座は自分のはるか先にあり、理解できるように説明を求めるのは任務の遂行に不適切だと思えた。
「シエラ様に付いていけば、その理由も分かるかもしれませんね」
ララアは、二人の仲を取り持つように柔らかな声を差しはさんだ。トム教官は、「それを期待しよう」と、応じた。
皿の中では、ローザが王子たちを地下都市に導いた理由を語っていた。ローザはやはり、時折こちらを見ていた。
銀の皿に、北方王国の地下王都の光景が鮮明に浮かび上がっていた。その都市には、現在彼が監視任務に使用している魔法道具「帝国の目」と同じ技術が、もっと大きい規模で展開されている。
「北方王国の科学というのは、これほどまでに進歩しているのか…」
ゼンジは思わずつぶやき、肩を落とす。その隣で、トム教官は腕を組み、目を細める。
「……確かに、これは帝国の目と同じだな」
ゼンジは目を凝らし、地下に広がる“青空”のほころびを探した。
「こちらは、人ひとり分の視界を投影するのが限界……それなのに、王国は都ひとつ分の映像を転送しているなんて……」
ゼンジの不用意な発言にトム教官は咄嗟に「おいおい」と声をかけ、「魔法でも同じ規模の映像投影は可能なはずだ」と言い添える。そして、隣でゆったりとしていたララアに「なあ?」と、同意を求めた。
ララアはうーん、と唸り、答える。
「できなくは無いですが、現実的ではありません。あれだけの範囲の視界を意味もなく転送すれば、必ず呪いが発生しますから。」
「魔法使い達ではアレはできないのか?呪いを治療しながら…」
「維持し続けることは難しいでしょうね」
矢継ぎ早な質問のあと、少しの間沈黙が部屋を覆う。トム教官は皿の映像に目を止めたまま、ぽつりと呟いた。
「本当に……“科学”のなせるわざなのかねぇ」
三人は、シエラの目と耳を通して、地下の都市の光景を見つめた。興味深そうに視点を変えて街を見回す様子に、トム教官は口の端にだけ笑みを浮かべた。
「しかし、シエラは大手柄だな。こんな情報までもたらしてくれるとは」
彼は軽く鼻を鳴らし、傾いた天井を見上げる。
「北方のナイーブなお坊ちゃんが魔境美人に弱い、ってのは鉄板だな」
嬉しそうにあごを撫で、「うーん、オレって天才?」と独り言ちる。
ララアは、トム教官の様子は全く気にならないようだ。専用のふわふわソファから身を乗り出し、皿の映像を覗き込む。映し出された街並みを隅々まで確認し、指摘した。
「この場所は、今回で初めて見るところですねぇ」
トム教官は短く「ああ」と答え、腕を組み直す。
「この無駄な映像処理技術の目的はまだわからんが…しかし、現時点で情報科学まで段階をすっ飛ばしていくとはね。奴さん、相当焦ってるよなあ」
嫌味な笑顔を見ないように、ララアは視線を皿から外さず、眉を寄せる。
「でも、どうやってこのスピードで? 可能なんでしょうか?」
トム教官は一瞬だけ口を曲げ結び、低く呟くように言った。
「手段を選ばなければ、ってことなのかもな。それにしても、純粋な科学だとは思えん」
ゼンジはその言葉に反応し、皿から顔を上げた。
「教官は、北方の科学技術に疑念を抱いておられるのですか?」
「まあね」
トム教官は短く答え、魔法技術と科学技術の発展について手短に講義した。
魔法の発展は、決して体系立てられたものではない。それは常に、個々の魔法使いたちが生涯をかけて行う研究の成果と、その断片的な蓄積によって形作られてきた。ゆえに進化は飛躍的である一方、途切れ途切れで、個別の研究成果どうしの組み合わせが難しい特徴がある。
対して、科学は異なる。理論化され、一般化され、体系として共有されることで、知識は積み木のように着実に積み上がっていく。一人の天才の閃きに依存せず、誰もが同じ基盤の上に新たな層を築くことができる。ひとたび理論体系が構築されれば、組み合わせや応用も容易な特徴がある。
「だがな、北方王国が科学化の方針を公にしたのはここ10年。水面下での開発期間があったとして、せいぜい100年未満だ。その程度の期間で、ここまでの段階に発展させることは不可能だろう」
トム教官は人差し指を立てて、語りきった。ゼンジは様々な前提知識の不足を感じながらも、要点は理解した。
「つまり教官は、北方王国の科学の飛躍的な発展の謎を解明するために、シエラたちを潜入させたという事ですか?」
ゼンジは、的確に任務の核心に踏み込む。しかし、トム教官はそれでは満足しないようで、説明を続けた。
「いや、それは大体目星がついている。まあ、大枠だけだが。それよりも、俺が気になっているのは、“美味いけど味気ない高級菓子問題”だよ。そんな異常なスピードで技術発展できるなら、なぜもっとベストを尽くさない?どうして想像を超えるような技術で、我々を圧倒しないんだ?」
饒舌になるトム教官の横顔を、ゼンジは思わず見つめる。その目はギラギラと血走り、深紅の瞳が溶け出しているようだった。ゼンジは押し黙り、銀の皿に再び向き直った。トム教官の視座は自分のはるか先にあり、理解できるように説明を求めるのは任務の遂行に不適切だと思えた。
「シエラ様に付いていけば、その理由も分かるかもしれませんね」
ララアは、二人の仲を取り持つように柔らかな声を差しはさんだ。トム教官は、「それを期待しよう」と、応じた。
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