エターナル・ビヨンド~今度こそ完結しますように~

だいず

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1巻:動き出す歴史

第五話 第三章:王様の目 3~4

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 三、処置前説明

 昇降機を降りた現王の前には、見慣れた地下都市の光景が広がっていた。張りぼての街並み、偽物の陽光。もはや現王にとって、これらは日常の一部でしかない。何の感慨もなく、ただ目的地へ向かうだけの通り道である。
 現王は慣れた足取りで石畳の道を歩き、小さな店の前で立ち止まった。無機質な壁には、粗末な石壁と小さな看板が投影されている。そして、がらんとした屋内では、機械人形が単調な動作を繰り返していた。じょうろを傾ける仕草、見えない植物に話しかけるような口の動き、金を受け取って物品を渡す手振り…空虚な演技が延々と続いている。
 それを横切って、微かに薬草の香りが漂う方へ歩いていく。

 扉を開けると、細い階段がさらに下へと続いていた。現王は迷うことなく降りていく。階段の先には重厚な扉があり、現王が手を触れると、ひとりでに静かに開いた。
 扉の奥には、痩せた男が待ち構えていた。
「お疲れさまでございます、現王陛下」
 フード一マは深々と頭を下げた。いつもの重いコートは脱いでおり、薄手の服越しには意外なほど若々しい体躯がうかがえる。厚い眼鏡と相変わらずの猫背で小さく見えるが、皆が思うような老人ではない。
「準備はできているか?」
 現王の問いに、フード一マは恭しく頷いた。
「はい。技術者もお待ちしております。まず、装置の詳細についてご説明させていただければ…」
 演技がかった言葉遣いにうんざりしながら、現王は導きに従う。研究施設は何度か訪れたが、その全貌はまだ把握できていない。
 研究施設の内部は、外の張りぼて都市とは対照的にしっかりと使い込まれている。分厚い壁は長年の使用で角が丸くなるほどで、その壁面には光る小石で独特の文様が刻まれている。天井はいびつに傾いており、高さがまちまちで、歩く場所によって頭上の空間が大きく変わる。様々な用具が吊り下げられ、空気は薬草と金属の匂いが混じり合う。不快感と清潔感が同居した独特の空間は、何度来ても慣れない。

 奥の部屋では、白衣を着た痩せた男が処置台の前でもじもじと待機していた。その手には、ここの魔法使いに特有の細い指輪が光っている。男は現王の姿を見ると、慌てたように深くお辞儀をした。
「お、お待ちしておりました、現王陛下。わ、私が今回の処置を担当いたします技術者の、ナ、ナマムギ…いえ、ナガムギと申します、はい。」
 ナガムギという男は、緊張で声が震えていた。フード一マは無表情のまま彼を一瞥し、「説明を」と促した。
 ナガムギは「はい、はい」と応じながら、震える手で、処置台の横に置かれた小さな箱を取り出す。そして、息をのみ、慎重に開けた。
 中には赤い光を放つ球体が収められている。それは本物の眼球ほどの大きさで、表面には複雑な溝と何らかの記号が刻まれていた。
「こ、これが、"王の目"でございます。陛下の左眼と置き換えることで、通常の視界を大幅に拡張することが可能となります」
 ナガムギは分厚い紙束を取り出し、いまだに震える手でめくりながら続けた。
「装着後は…まず、この地下都市全域程度の範囲を全容把握することができるようになります。壁の向こう、目当ての人物、遠く離れた場所の詳細映像など…訓練次第では、まるで目の前にあるかのように見ることも可能です。また、目が馴染んでまいりましたら、魔法の気配や、人の感情の動きなども視覚的に捉えることができるようになるでしょう。」
 そう言ったあと、ナガムギは「ただし、陛下の御体質によって効果は変わるおそれがあり、一概には言えませんが…」と青い顔で付け加えた。
 現王は"目"を見つめながら、静かに頷いた。その表情には迷いの色はなかった。
「なるほど。十分だ。さっそく始めろ」
「た、ただし…」
 ナガムギは言いにくそうに続けた。
「これは“医療行為”ではありません。完全に“魔法的な処置”となります。自己都合による身体の改造を魔法で行いますので…リスクは避けられません」

「リスクとは?」
 現王は淡々と問い返した。ナガムギは慌ただしく紙束をばらばらとめくり、該当箇所を探しだす。
「は、はい。まず第一に、これは…えー、つまり…」
 ナガムギは額の汗を拭いながら、丁寧に説明を尽くそうとする。
「魔法は、“公益に資する目的にのみ使うべし”というのが世界の理でございます。今回の処置は、必要に迫られたわけでもなく陛下という人様の身体を傷つけるために魔法を用いるため…いわゆる“禁忌”に近い扱いでございまして」
 ナガムギの声は次第に小さくなっていく。
「そのため、恩恵を受けられる陛下には…必ず呪いが発生いたします」
 フード一マは腕を組み、無言で現王の反応を窺っている。
「対処法はあるのか?」と、現王が問いかける。ナガムギは慌てて、しかし、待っていましたと言うかのように別の紙を取り出した。
「は、はい!"体傷療法"という方式がございまして。呪いの発生初期に意図的に身体を傷つけ、喪失体験をしていただくことで、呪いを身体の損傷に置き換えることができます」 現王は"王の目"を見つめたまま、しばらく沈黙した。赤い光が彼の顔を不気味に照らしている。
「なお」と、ナガムギは紙束の線を引いた部分を細かくなぞりながら話し続ける。
「処置の際には陛下の左眼球を摘出いたしますが、これはあくまで処置のための自己都合による除去でございます。しかるに、呪いの代償としての喪失体験の数には含まれません。厳密には、別途の喪失が必要となります」
 ナガムギはそこまで読み上げたところで、恐る恐る現王の顔を覗く。その瞳に不安の影はなく、静かな光が宿っている。このきれいな瞳を取り出してしまうのは本当に公益を損なう、とナガムギは思った。
「つまり、呪いを受けるか、自ら身体を傷つけるかの選択ということだな」
「そ、その通りでございます」
 ナガムギは震え声で「なお」と言い、最後に最も重要な文言を述べた。
「全ての処置は陛下の自由意志の下に行います。今からでも実験を中止することは可能です。無理をなさる必要はございません」
 現王はナガムギの言葉を受け、じっと一点を見つめた。そして、ナガムギを見つめて口を開いた。
「腕の一本くらいで足りるか?」
 ナガムギは目を見開いた。
「え、えっと...過去の事例では、指一本程度でも効果があったと...」
「なら問題ない。始めろ」
 現王の言葉に、ナガムギは青ざめた顔でこくこくと頷いた。フード一マは相変わらず無表情のまま、「早くしろ」と短く命じた。


 四、王の目

 霞が少しずつ晴れるように、王は目覚めた。
「陛下、意識はいかがですか」
  フード一マの声が、上の方から聞こえてきた。現王はゆっくりと瞼を開ける。左眼の奥で、何かが脈打っているのを感じた。
 瞼を開けると、視界は確かに以前とは違っていた。右眼で捉える普通の光景に重なるように、左眼には別の映像が映り込んでいる。部屋の壁の向こう、上階の張りぼての群れ、さらにその先まで…まるで建物全体が透明になったかのように、あらゆるものが同時に視界に入ってくる。

 ナガムギは恐る恐る前に出て、処置台の脇に跪く。そして、震える手で小さな木箱を取り出した。
「効果の確認をさせていただきます…」
 ナガムギは箱を、現王の足元、処置台の端のあたりに置いた。
「この箱の中に、何色の宝石が入っているか、お分かりになりますでしょうか」
 現王は顔を箱に向けた。すると、木箱の蓋や側面が透けて見え、内部に収められた小さな石が鮮明に映った。その石は、青い光を放っている。
「青だ」
 ナガムギは感嘆して目を見開き、急いで箱の蓋を開けて中を確認した。確かに青い小さな宝石が一つ、柔らかい布の上に置かれている。
「せ、成功です!では、次は、遠距離透視能力を測定いたします…」
 現王はゆっくりと処置台から身を起こした。「いや」と、つぶやき、手のひらをナガムギに向ける。
「存外に、よく見えるな」
 現王の顔は上空を見上げてつぶやく。
「目障りなものも見える」
 その言葉に、遠巻きに立っていたフード一マが顔を上げる。
「フード一マ」現王は静かに呼びかけた。「バラ園出口側に侵入者が、四名来る。赴き、捕まえよ」
 フード一マの顔が強張った。
「陛下、私がですか?私は、そのような実務は…」
「機械兵の試運転になるだろう」
 現王の静かな声に、フード一マは観念したように深く頭を下げた。
「承知いたしました、現王陛下」
 そう言い残し、フード―マは扉の外へ出ていった。ナガムギは現王に今後の説明を始め、王はぼんやりと虚空を見上げていた。

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