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1巻:動き出す歴史
第五話 第四章:突然の幕切れ 1~2
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一、護衛の責務
「ローザ!」
王子が白いバラの迷路の奥へ駆け出そうとした瞬間、グラハム将軍が素早く王子の前に立ちはだかった。長身の将軍の体が壁のように王子の進路を遮る。
「殿下、お待ちください」
「グラハム、どいて!ローザは一人で、兄上のところへ向かったんだ」
「だからこそです。ローザが当初の約束を違えた以上、殿下の安全が最優先です」
「僕の命なんてどうでもいい!」
グラハムの説得に、王子は甲高い声を上げる。
「兄上を説得するのが、僕の役目だろう?兄上に何かあったら、この国は終わりなんだ。だから、行かなきゃ。僕が死んでも、誰も困らない」
「そんなことはありません」
その時、王子が脇をすり抜けて駆け出そうとした。グラハムは迷わず王子の足を払い、腕で胸を抑え、地面に組み伏せる。
「放せよ、グラハム!」
「それはできん」
王子は駄々をこねるが、グラハムは応じない。王子は少しだけもがいたが、すぐに諦めて力を抜いた。王子が息を吐くと、グラハムは王子をそっと抱き起こした。服に着いた土埃を軽く払う。王子はバツが悪そうに、下の方をにらみつけていた。
グラハムは、ゆっくりとシエラとリオンに視線を向ける。二人は突然の実力行使に、驚いた様子で立ち尽くしている。グラハムは王子に目を合わせ、語り掛ける。
「それに、連れてきた者の安全も、殿下の責任ではありませんか」
王子は、はっと我に返ったような顔をして、シエラたちを見る。そして、小さく何度かうなずいた。
「そうだね…グラハムの言う通りだ」
王子は立ち上がり、膝についた塵を払う。シエラとリオンに向き直り、声をかけた。
「みんな、ごめん。行こうか」
二、暴走
王子がローザの指差した方向を見据えた、その瞬間だった。
遠くから突然、甲高い音が響いてきた。金属同士がこすれ合うような、耳障りな音。それは迷路の向こうから聞こえてくる。
「何だ?」
グラハムが身構えた時、投影されていた美しいバラ園の光景が一瞬にして消失した。色鮮やかな花々も、青空も、全てが嘘のように消え去る。残されたのは、無機質な天井からの白い光、そして灰色の箱が規則正しく並んだ、殺風景な迷路だった。
やがて、不規則な音が聞こえ始めた。ガタガタと何かが倒れる音、ギシギシと金属が軋む音……それは次第に数を増し、やがて無数の異音となって迷路に響く。
「まずい」
迷路の向こうから、異音の正体が姿を現した。それは庭師の格好をした何かだった。それはもはや機械人形とも思えない、歪んだ姿で現れる。首が不自然に傾き、片腕は肩から完全に外れてぶらぶらと揺れている。剪定鋏を握ったもう片方の腕は、肘が逆向きに曲がったまま、ぎくしゃくと動いていた。その眼球は、怪しく赤く光を放つ。
「やはり、兵器でもあったか」
グラハムのつぶやきと同時に、機械人形たちは襲いかかってきた。
「殿下、ローザが示した方向へ!今すぐに!」
「でも、シエラは――」
「構うな!行け!」
グラハムの一喝に、王子は歯を食いしばって頷いた。シエラの手を引き、迷路の奥へと駆け出す。
グラハムは迫り来る機械人形を一刀両断すると、振り返ってリオンを睨みつけた。
「分かっているな?俺が守るのは」
「王子様だけだろ?」
リオンは口の端を無理に引き上げながら、腰の剣に手をかけた。
目の前では、水やり用のじょうろを持った機械人形が、首をぐるぐると回転させながら近づいてくる。リオンは思わずおののいた。異様な動きなら魔物で慣れている。だが、人の形をした相手に剣を向けることが、これほど恐ろしいとは思わなかった。
「動け!」
グラハムの怒号で、リオンは我に返る。グレートソードの細い刀身を抜き、鞘を落とす。埋め込まれている緑の宝玉が、微かにリオンの頬を照らす。
機械人形がじょうろを振り上げた時、リオンはあえて踏み込み、剣を腹に突き刺した。予想以上に軽い手応えで、機械人形の装甲にめり込む。機械人形は腰から崩れ落ち、じょうろが地面に転がった。
「案外もろいな」
しかし、安堵したのも束の間。機械人形は上半身だけで、リオンの胸を殴りつけてきた。
「うっ!」
リオンは後ろに吹き飛ばされ、迷路の壁に背中を打ちつける。
グラハムは機械人形の首を刎ねると、じょうろもろとも蹴飛ばし、出口を振り返った。王子たちの姿は、もう見えない。
「二人に追いつけ。俺は後から行く」
グラハムは冷たく告げると、再び襲いかかる機械人形たちに向き直った。彼の頭の中にあるのは、一刻も早く王子に守りをつけることだけだった。
リオンは立ち上がり、よろよろと走り出す。迷路の向こうからは、ぞろぞろと機械人形たちが現れてくる。その数は十体、二十体…数え切れない。
リオンは迷路の奥へと走った。背中のざわつきで、グラハムが一人で無数の機械人形と戦っているのが分かる。剣と金属がぶつかり合う音が、規則正しく響いてくる。一撃、二撃、三撃…グラハムの剣が機械人形を次々と切り裂いているのだろう。
しかし、その音は次第に激しさを増す。敵の数があまりに多いのだ。金属同士がぶつかり合う音が、リオンの胸を締め付けた。
いまだに見る悪夢が、目を開けているのに襲い掛かってくる。姉の金切り声と、剣が風邪を切り裂く音…
「くっそ…」
リオンの頬に涙が伝い落ちる。とにかく、走らなければ。王子とシエラを見つけなければ。グラハムが時間を稼いでくれている間に。
リオンは歯を食いしばり、足に力を込めた。迷路の角を曲がるたびに、背後の戦闘音が少しずつ遠ざかっていく。それでも、グラハムを心配する余裕はなく、走ることが頭を占領する。リオンは必死に走り続けた。
「ローザ!」
王子が白いバラの迷路の奥へ駆け出そうとした瞬間、グラハム将軍が素早く王子の前に立ちはだかった。長身の将軍の体が壁のように王子の進路を遮る。
「殿下、お待ちください」
「グラハム、どいて!ローザは一人で、兄上のところへ向かったんだ」
「だからこそです。ローザが当初の約束を違えた以上、殿下の安全が最優先です」
「僕の命なんてどうでもいい!」
グラハムの説得に、王子は甲高い声を上げる。
「兄上を説得するのが、僕の役目だろう?兄上に何かあったら、この国は終わりなんだ。だから、行かなきゃ。僕が死んでも、誰も困らない」
「そんなことはありません」
その時、王子が脇をすり抜けて駆け出そうとした。グラハムは迷わず王子の足を払い、腕で胸を抑え、地面に組み伏せる。
「放せよ、グラハム!」
「それはできん」
王子は駄々をこねるが、グラハムは応じない。王子は少しだけもがいたが、すぐに諦めて力を抜いた。王子が息を吐くと、グラハムは王子をそっと抱き起こした。服に着いた土埃を軽く払う。王子はバツが悪そうに、下の方をにらみつけていた。
グラハムは、ゆっくりとシエラとリオンに視線を向ける。二人は突然の実力行使に、驚いた様子で立ち尽くしている。グラハムは王子に目を合わせ、語り掛ける。
「それに、連れてきた者の安全も、殿下の責任ではありませんか」
王子は、はっと我に返ったような顔をして、シエラたちを見る。そして、小さく何度かうなずいた。
「そうだね…グラハムの言う通りだ」
王子は立ち上がり、膝についた塵を払う。シエラとリオンに向き直り、声をかけた。
「みんな、ごめん。行こうか」
二、暴走
王子がローザの指差した方向を見据えた、その瞬間だった。
遠くから突然、甲高い音が響いてきた。金属同士がこすれ合うような、耳障りな音。それは迷路の向こうから聞こえてくる。
「何だ?」
グラハムが身構えた時、投影されていた美しいバラ園の光景が一瞬にして消失した。色鮮やかな花々も、青空も、全てが嘘のように消え去る。残されたのは、無機質な天井からの白い光、そして灰色の箱が規則正しく並んだ、殺風景な迷路だった。
やがて、不規則な音が聞こえ始めた。ガタガタと何かが倒れる音、ギシギシと金属が軋む音……それは次第に数を増し、やがて無数の異音となって迷路に響く。
「まずい」
迷路の向こうから、異音の正体が姿を現した。それは庭師の格好をした何かだった。それはもはや機械人形とも思えない、歪んだ姿で現れる。首が不自然に傾き、片腕は肩から完全に外れてぶらぶらと揺れている。剪定鋏を握ったもう片方の腕は、肘が逆向きに曲がったまま、ぎくしゃくと動いていた。その眼球は、怪しく赤く光を放つ。
「やはり、兵器でもあったか」
グラハムのつぶやきと同時に、機械人形たちは襲いかかってきた。
「殿下、ローザが示した方向へ!今すぐに!」
「でも、シエラは――」
「構うな!行け!」
グラハムの一喝に、王子は歯を食いしばって頷いた。シエラの手を引き、迷路の奥へと駆け出す。
グラハムは迫り来る機械人形を一刀両断すると、振り返ってリオンを睨みつけた。
「分かっているな?俺が守るのは」
「王子様だけだろ?」
リオンは口の端を無理に引き上げながら、腰の剣に手をかけた。
目の前では、水やり用のじょうろを持った機械人形が、首をぐるぐると回転させながら近づいてくる。リオンは思わずおののいた。異様な動きなら魔物で慣れている。だが、人の形をした相手に剣を向けることが、これほど恐ろしいとは思わなかった。
「動け!」
グラハムの怒号で、リオンは我に返る。グレートソードの細い刀身を抜き、鞘を落とす。埋め込まれている緑の宝玉が、微かにリオンの頬を照らす。
機械人形がじょうろを振り上げた時、リオンはあえて踏み込み、剣を腹に突き刺した。予想以上に軽い手応えで、機械人形の装甲にめり込む。機械人形は腰から崩れ落ち、じょうろが地面に転がった。
「案外もろいな」
しかし、安堵したのも束の間。機械人形は上半身だけで、リオンの胸を殴りつけてきた。
「うっ!」
リオンは後ろに吹き飛ばされ、迷路の壁に背中を打ちつける。
グラハムは機械人形の首を刎ねると、じょうろもろとも蹴飛ばし、出口を振り返った。王子たちの姿は、もう見えない。
「二人に追いつけ。俺は後から行く」
グラハムは冷たく告げると、再び襲いかかる機械人形たちに向き直った。彼の頭の中にあるのは、一刻も早く王子に守りをつけることだけだった。
リオンは立ち上がり、よろよろと走り出す。迷路の向こうからは、ぞろぞろと機械人形たちが現れてくる。その数は十体、二十体…数え切れない。
リオンは迷路の奥へと走った。背中のざわつきで、グラハムが一人で無数の機械人形と戦っているのが分かる。剣と金属がぶつかり合う音が、規則正しく響いてくる。一撃、二撃、三撃…グラハムの剣が機械人形を次々と切り裂いているのだろう。
しかし、その音は次第に激しさを増す。敵の数があまりに多いのだ。金属同士がぶつかり合う音が、リオンの胸を締め付けた。
いまだに見る悪夢が、目を開けているのに襲い掛かってくる。姉の金切り声と、剣が風邪を切り裂く音…
「くっそ…」
リオンの頬に涙が伝い落ちる。とにかく、走らなければ。王子とシエラを見つけなければ。グラハムが時間を稼いでくれている間に。
リオンは歯を食いしばり、足に力を込めた。迷路の角を曲がるたびに、背後の戦闘音が少しずつ遠ざかっていく。それでも、グラハムを心配する余裕はなく、走ることが頭を占領する。リオンは必死に走り続けた。
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