Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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4月

4.

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 高校は兄と同じ所だった。自転車の距離で通学も楽で、兄が面白いと言った通りとても楽しかった。大学はもっと面白いところだ、男女問わず素晴らしい出会いがある、なんせ全国から集まってくるんだからと吹聴していたせいで千晶の期待値は上がり過ぎてしまっていた。
 
 但し大学による。ここがすっぽり抜け落ちていた。後期で受けるはずの第一志望の自宅近くの大学も広くて綺麗だった。滑り止めで受けた大学も広く大きかったのだ。

『お兄様の大学の近くのここを受けてみろ、なぁに電車の乗り換えもなく直ぐだから、な』

 受けるくらいなら、その結果がこれだ。主体性のない千晶が悪いと言えばそれまでだ。

 電車一本は嘘ではなかったし、全国ではなかったけれどそれなりに遠くからの学生もいた、ほぼ一都二県で庶民代表の千晶とは別の人種だったけど。
 
「わかってるよ、家でちょっとぼやく位いいじゃない。大体国立なのに坊ちゃん嬢ちゃんばっかり。プリンが無ければブリュレを食べればいいじゃない、って感じなんだよ。
 大学生ったら三畳一間のアパートで銭湯に通うんでしょ」
 
「……いつの時代だよ」
 一体どこ情報なのか、歌か漫画か…親の世代でもない光景にアホだなと思いながら弟はツッコむ。
「え? 俺んとこはそんな、ああ、そうかぁそうだよな。お兄様に任せとけ、適当なのを紹介してやる」
「そういうことじゃないの、それにカズの知り合いは 絶 対 に 嫌 」
 兄は兄で大学の敷地にテント張って暮らしてるのがいるとかアホ極まりない、誰だよこんな奴らを大学生にしたのは。弟は無言でため息をつく。
「アキ、俺が紹介するから、ね。外で余計なこと言っちゃだめだよ」
「だからそういうことじゃないんだってば、華のキャンパスライフだってば」
「女は外部だけってサークルもたくさんあるからそれ入れよ」
「そんなあからさまなん誰が入るかっての」

 姉は大学生活の目的がおかしい。遊ぶのもいいが、男を見繕うのも大事だ。大学生なら姉のよさに気づく男もたくさんいるはず、いや、いてほしい。弟がもうひとつため息をつくと、兄も頷きとりあえず大学生の本文へと軌道修正をかける。

「それより一般教養これか? 足りないな、これとこれと、これくらいはやっとけ」とさらに倍ドンと本を重ねる。「ちゃんと原典も読めよ、うちの図書館利用できるだろ使えるものはどんどん使え、男もな」
鬼畜オニ
 男どもは何も分かってないと、千晶はぐちるのを諦めてレポートに向かい始めた。


「馬鹿め、お兄様だれか紹介してくださいって言ってくることになるとも知らずに」
「しっ」





(そういえば都内の国立大だけで単位互換制度があるって言ってたっけ)物理的な距離もあって互換されているのは講師のほうだが、その関係で図書館も相互利用できる。講義は時間が合わないけれど図書館だけでもと、兄の通う大学ここへとりあえず下見にやってきた。

 専門課程のキャンパスだからサークルの勧誘もなく静かだ。そして敷地の広さ、手入れのされた芝生に植栽、重要文化財的建物群、群。なんだろうこの差は、千晶が通う予定の本校舎から5分しか離れていないのに。
 総合大学と単科大学との差を見せつけられ項垂れる。

(まぁ世の中そんなもんよね、しかしここも女子率低いなぁ)

 本当はもう少し自宅寄りにある女子大にお邪魔したかったのに、国立でも女子大だけは協定から除外されていた。女子なら入れてくれてもよさそうなのに、ここでもまた世の理不尽を知った千晶は、目立たないよう隅っこの席を探す。

(建物の外観も内部も、この机も素敵すぎる)

 蔵書もさすがに研究機関で総合大学だけあってすばらしい、貸出はできないけれど閉架書庫も閲覧できる。

 毎週水曜、水曜だけ4限で終わるので予定がなければ寄ることにしよう。受ける予定だった大学の図書館もすばらしいが自宅から更に西、つまり通学定期の範囲にはないので休日のたのしみにとっておく。こうなったら利用できるもんは利用するのだ、なんちゃって学生気分を味わえることに千晶は密かなよろこびを感じ始めていた。


***

 ――黙々と本を見つめていたかと思えば眉をひそめたり、口元がほころんだり、時折表情が変わる、そんなに面白い文献が置いてあっただろうか、それとも私物だろうか。灯台元暗しとはよく言ったものだ。
 
 あの日、前を横切った姿に電話のフリをして席を抜けた。そのあとのことは何も考えていなかった。
 彼女の手のグラスに光が反射して輝いていた。
 そしてフリだったはずの手の電話が震え、通り過ぎていった彼女をただ目で追った。
 彼女は振り向かない。

 それから彼女は再び、トレー片手に目の前を通り過ぎた。


 戻されたジャケットにはメモも残されてなかった。誰が入れたのかわからないカードは数枚あったけれど、それらが彼女からのものでないと彼にはわかった。

 ――そして再びカードを手に入れた、――さらにもう一枚。

“彼女国立医薬だったんだね”
   “誰?”

“ブリーズのジャケットの子、
 ちあきちゃん”
   “会ったの?”

“気になる?”

“インカレで”
   “青田刈りね”


 あの時一緒にいた友人、誠仁が送ってきたメッセージ。




※学校と大学、及びカリキュラムはすべて架空のものです。
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