Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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7月

4.

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 私立名門校の王道コンプリートのほうが凄いと思う千晶とは価値観が違うのだろう。ずっと同じ人間関係は飽きるだろうな、というところだけは納得したけれど。
 でも高校でも留学したと言っていたから正味6-7年しか通ってなくね?と突っ込むのはやめておいた。日本文化や常識に通じていて言葉も自然だから相当頑張ったんだろう。
 
「受かっちゃったって言い方がいやらしいな、要するにぼっちゃまの矜持とモラトリアムの影で庶民が一人泣いた訳ですねぇ」
「辛辣だね、褒められたふるまいではないだろうな。当時は西日本の志望も高かったから本当におこぼれだよ」

 どこまでが庶民か、ここの学生は海外の大学に進学するほどの余裕はなくても、学費に一人暮らしの費用を出せる家庭の子がほとんどだ。それでも国立はまだ費用免除など困窮家庭の子の頼みの綱なのだ。

「ごめん言い過ぎました。受験の機会は平等でなくちゃね。それで、強行突破したここはどうでした?」 
「ああ、よかったよ。思ってたより色々突き抜けた人が多くていい刺激になってる、なんでもわかった気になっていたけれど俺なんて全然だったよ。海外も見てきてそれなりにこなしてきた自信があったのに、上はほんとにすごくて、決められた範囲のなかで解を出すけれどもっと違う方向も見てる、とんでもない発想のやつらがいるんだ」
 
 これも聞いて欲しいことだったのだろうか、珍しく感情のこもった言い方で続ける。

「すごいけれどもったいないとも思う、日本じゃ活かせるところが少ない。ビジネス――学閥やコネクションだけなら立ち回りが上手いほうの集まりに付いたほうが有利だったろうね」
「男の人のネットワークの重要性は私には正直まだよくわからないけれど、あなたがこれっぽちも後悔してないのはわかったよ。よかったね、そのすごい変な人たちと世界を繋いでいくんだね」

 千晶のなんの含みもない微笑みと言葉に瞠目する慎一郎。

「変な言い方だったかな? 気を悪くしたんならごめんね、シンは天才肌っていうよりコツコツ積み上げていくほうのひとにみえるから」
 秀才止まりでも、社会を廻していくのはこういう器用な人達だ。
「いや、その通りだから。改めて言われると狼狽うろたえるもんだね。本当にね、何の苦もなく入ってくるのがいるんだよね。俺が十年掛かって身に着けたことを半年足らずでマスターするんだ。彼らは努力して入った俺らみたいに承認欲求もなくて、それだけにもったいない、彼らを飽きさせない難題を出していく場がないと」

「承認欲求、自覚あるんだ」
 微笑と苦笑いとが交差する。
「それでも彼らを潰したいと思わずにいられるシンもすごいと思うな。男の嫉妬は自覚がないからこわいよね」
「買い被り過ぎ、カッコつけて周り廻って自分の利にしたいだけだよ。ところでなぜここの図書館に?」

 慎一郎は照れ臭いのか話題を変えた。

「くだらない理由だよ、蔵書量もあるけどここは大学って感じで雰囲気が好きなの。この古い――」
 千晶は理想の大学像とキャンパスライフを力説する。
「ならここ受ければ――、ああごめん」
「……なんとでも思って、私は食べていければいいの」

 いつものいたずらな顔と死んだ魚の目の顔。
 落ちたのかと思ったほうと、考えてもいなかったほうと、多少の誤解はあるようで。

「それよりこの手はなに?」
 千晶は指と指を絡めてしっかりと繋がれた手に批難がましい目を向ける。
「逃げられないようにね」
「お願いだから手は放して」
「見られたら困る相手でもいるの?」
「……」
 ちょっとカマかけただけなのに、照れや色恋的な問題とは違ったらしい千晶の反応に、力の抜けた手をそっと手を放す。
「大丈夫?」
「……ちょっと(外で会うのは)苦手で(遭ったら)面倒な相手が」
「同級生? 何か弱みでも握られてんの? 一人でなら平気なの」
「上のひと、一人でも二人でいても何かされるわけじゃないから大丈夫なんだけど、ちょっとね」

 ああ、小学生みたいにうざく絡んでくる奴か、女相手だと態度をこじらせてる男は多いよな、慎一郎は納得した顔で手を普通に繋ぎ直す。

 誤解といえば誤解だが、間違ってはいない。千晶は軽く困ったように笑った。千晶の兄もここに在籍しているとは知らないはずだ、が、念のため誤解はそのまま緩衝材としておく。
 兄にとって弟妹は話の通じるオモチャでしかない、兄が両親に唯一強請ねだった所有物オモチャだ。4歳の誕生日からクリスマスまで、ちゃんと世話をするからと言って両親サンタを困らせ、ほどなく叶ったのが千晶と年子の弟。弟妹が力を合わせても知力体力共に敵わない相手なだけで、ぞんざい兄弟仲は良いほう。ただ、外で会うと――異性といれば必ず声を掛けてくる、たいしたことは言ってこないが父親に似て顔だけ…ではなく突然変異で頭のデキもいい兄は存在そのものが異次元の圧力だ。
 兄の所属する学部棟とは離れているし今日まで一度も見かけたことはないが、こういう時に限って遭遇してしまうのがあの兄だ。外で兄が近づいたらアラームが鳴るようにできないものかと考える位に、外で兄に偶然会った、それらが苦いだけの思い出しかない千晶は心のなかで溜息をついた。

 それに、この男にこれ以上偶然ではなく縁が会ったとは絶対に知られたくない、絶対に。
 
「ふーん、まぁいいけど何か困ってるなら言って」
「…ありがとう」

 違うそうじゃない、とは言えずこのまま卒業まで逃げきれますようにとだけ祈った。
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