19 / 138
7月
4.
しおりを挟む
私立名門校の王道コンプリートのほうが凄いと思う千晶とは価値観が違うのだろう。ずっと同じ人間関係は飽きるだろうな、というところだけは納得したけれど。
でも高校でも留学したと言っていたから正味6-7年しか通ってなくね?と突っ込むのはやめておいた。日本文化や常識に通じていて言葉も自然だから相当頑張ったんだろう。
「受かっちゃったって言い方がいやらしいな、要するにぼっちゃまの矜持とモラトリアムの影で庶民が一人泣いた訳ですねぇ」
「辛辣だね、褒められたふるまいではないだろうな。当時は西日本の志望も高かったから本当におこぼれだよ」
どこまでが庶民か、ここの学生は海外の大学に進学するほどの余裕はなくても、学費に一人暮らしの費用を出せる家庭の子がほとんどだ。それでも国立はまだ費用免除など困窮家庭の子の頼みの綱なのだ。
「ごめん言い過ぎました。受験の機会は平等でなくちゃね。それで、強行突破したここはどうでした?」
「ああ、よかったよ。思ってたより色々突き抜けた人が多くていい刺激になってる、なんでもわかった気になっていたけれど俺なんて全然だったよ。海外も見てきてそれなりにこなしてきた自信があったのに、上はほんとにすごくて、決められた範囲のなかで解を出すけれどもっと違う方向も見てる、とんでもない発想のやつらがいるんだ」
これも聞いて欲しいことだったのだろうか、珍しく感情のこもった言い方で続ける。
「すごいけれどもったいないとも思う、日本じゃ活かせるところが少ない。ビジネス――学閥やコネクションだけなら立ち回りが上手いほうの集まりに付いたほうが有利だったろうね」
「男の人のネットワークの重要性は私には正直まだよくわからないけれど、あなたがこれっぽちも後悔してないのはわかったよ。よかったね、そのすごい変な人たちと世界を繋いでいくんだね」
千晶のなんの含みもない微笑みと言葉に瞠目する慎一郎。
「変な言い方だったかな? 気を悪くしたんならごめんね、シンは天才肌っていうよりコツコツ積み上げていくほうのひとにみえるから」
秀才止まりでも、社会を廻していくのはこういう器用な人達だ。
「いや、その通りだから。改めて言われると狼狽えるもんだね。本当にね、何の苦もなく入ってくるのがいるんだよね。俺が十年掛かって身に着けたことを半年足らずでマスターするんだ。彼らは努力して入った俺らみたいに承認欲求もなくて、それだけにもったいない、彼らを飽きさせない難題を出していく場がないと」
「承認欲求、自覚あるんだ」
微笑と苦笑いとが交差する。
「それでも彼らを潰したいと思わずにいられるシンもすごいと思うな。男の嫉妬は自覚がないからこわいよね」
「買い被り過ぎ、カッコつけて周り廻って自分の利にしたいだけだよ。ところでなぜここの図書館に?」
慎一郎は照れ臭いのか話題を変えた。
「くだらない理由だよ、蔵書量もあるけどここは大学って感じで雰囲気が好きなの。この古い――」
千晶は理想の大学像とキャンパスライフを力説する。
「ならここ受ければ――、ああごめん」
「……なんとでも思って、私は食べていければいいの」
いつものいたずらな顔と死んだ魚の目の顔。
落ちたのかと思ったほうと、考えてもいなかったほうと、多少の誤解はあるようで。
「それよりこの手はなに?」
千晶は指と指を絡めてしっかりと繋がれた手に批難がましい目を向ける。
「逃げられないようにね」
「お願いだから手は放して」
「見られたら困る相手でもいるの?」
「……」
ちょっとカマかけただけなのに、照れや色恋的な問題とは違ったらしい千晶の反応に、力の抜けた手をそっと手を放す。
「大丈夫?」
「……ちょっと(外で会うのは)苦手で(遭ったら)面倒な相手が」
「同級生? 何か弱みでも握られてんの? 一人でなら平気なの」
「上のひと、一人でも二人でいても何かされるわけじゃないから大丈夫なんだけど、ちょっとね」
ああ、小学生みたいにうざく絡んでくる奴か、女相手だと態度をこじらせてる男は多いよな、慎一郎は納得した顔で手を普通に繋ぎ直す。
誤解といえば誤解だが、間違ってはいない。千晶は軽く困ったように笑った。千晶の兄もここに在籍しているとは知らないはずだ、が、念のため誤解はそのまま緩衝材としておく。
兄にとって弟妹は話の通じるオモチャでしかない、兄が両親に唯一強請った所有物だ。4歳の誕生日からクリスマスまで、ちゃんと世話をするからと言って両親を困らせ、ほどなく叶ったのが千晶と年子の弟。弟妹が力を合わせても知力体力共に敵わない相手なだけで、ぞんざい兄弟仲は良いほう。ただ、外で会うと――異性といれば必ず声を掛けてくる、たいしたことは言ってこないが父親に似て顔だけ…ではなく突然変異で頭のデキもいい兄は存在そのものが異次元の圧力だ。
兄の所属する学部棟とは離れているし今日まで一度も見かけたことはないが、こういう時に限って遭遇してしまうのがあの兄だ。外で兄が近づいたらアラームが鳴るようにできないものかと考える位に、外で兄に偶然会った、それらが苦いだけの思い出しかない千晶は心のなかで溜息をついた。
それに、この男にこれ以上偶然ではなく縁が会ったとは絶対に知られたくない、絶対に。
「ふーん、まぁいいけど何か困ってるなら言って」
「…ありがとう」
違うそうじゃない、とは言えずこのまま卒業まで逃げきれますようにとだけ祈った。
でも高校でも留学したと言っていたから正味6-7年しか通ってなくね?と突っ込むのはやめておいた。日本文化や常識に通じていて言葉も自然だから相当頑張ったんだろう。
「受かっちゃったって言い方がいやらしいな、要するにぼっちゃまの矜持とモラトリアムの影で庶民が一人泣いた訳ですねぇ」
「辛辣だね、褒められたふるまいではないだろうな。当時は西日本の志望も高かったから本当におこぼれだよ」
どこまでが庶民か、ここの学生は海外の大学に進学するほどの余裕はなくても、学費に一人暮らしの費用を出せる家庭の子がほとんどだ。それでも国立はまだ費用免除など困窮家庭の子の頼みの綱なのだ。
「ごめん言い過ぎました。受験の機会は平等でなくちゃね。それで、強行突破したここはどうでした?」
「ああ、よかったよ。思ってたより色々突き抜けた人が多くていい刺激になってる、なんでもわかった気になっていたけれど俺なんて全然だったよ。海外も見てきてそれなりにこなしてきた自信があったのに、上はほんとにすごくて、決められた範囲のなかで解を出すけれどもっと違う方向も見てる、とんでもない発想のやつらがいるんだ」
これも聞いて欲しいことだったのだろうか、珍しく感情のこもった言い方で続ける。
「すごいけれどもったいないとも思う、日本じゃ活かせるところが少ない。ビジネス――学閥やコネクションだけなら立ち回りが上手いほうの集まりに付いたほうが有利だったろうね」
「男の人のネットワークの重要性は私には正直まだよくわからないけれど、あなたがこれっぽちも後悔してないのはわかったよ。よかったね、そのすごい変な人たちと世界を繋いでいくんだね」
千晶のなんの含みもない微笑みと言葉に瞠目する慎一郎。
「変な言い方だったかな? 気を悪くしたんならごめんね、シンは天才肌っていうよりコツコツ積み上げていくほうのひとにみえるから」
秀才止まりでも、社会を廻していくのはこういう器用な人達だ。
「いや、その通りだから。改めて言われると狼狽えるもんだね。本当にね、何の苦もなく入ってくるのがいるんだよね。俺が十年掛かって身に着けたことを半年足らずでマスターするんだ。彼らは努力して入った俺らみたいに承認欲求もなくて、それだけにもったいない、彼らを飽きさせない難題を出していく場がないと」
「承認欲求、自覚あるんだ」
微笑と苦笑いとが交差する。
「それでも彼らを潰したいと思わずにいられるシンもすごいと思うな。男の嫉妬は自覚がないからこわいよね」
「買い被り過ぎ、カッコつけて周り廻って自分の利にしたいだけだよ。ところでなぜここの図書館に?」
慎一郎は照れ臭いのか話題を変えた。
「くだらない理由だよ、蔵書量もあるけどここは大学って感じで雰囲気が好きなの。この古い――」
千晶は理想の大学像とキャンパスライフを力説する。
「ならここ受ければ――、ああごめん」
「……なんとでも思って、私は食べていければいいの」
いつものいたずらな顔と死んだ魚の目の顔。
落ちたのかと思ったほうと、考えてもいなかったほうと、多少の誤解はあるようで。
「それよりこの手はなに?」
千晶は指と指を絡めてしっかりと繋がれた手に批難がましい目を向ける。
「逃げられないようにね」
「お願いだから手は放して」
「見られたら困る相手でもいるの?」
「……」
ちょっとカマかけただけなのに、照れや色恋的な問題とは違ったらしい千晶の反応に、力の抜けた手をそっと手を放す。
「大丈夫?」
「……ちょっと(外で会うのは)苦手で(遭ったら)面倒な相手が」
「同級生? 何か弱みでも握られてんの? 一人でなら平気なの」
「上のひと、一人でも二人でいても何かされるわけじゃないから大丈夫なんだけど、ちょっとね」
ああ、小学生みたいにうざく絡んでくる奴か、女相手だと態度をこじらせてる男は多いよな、慎一郎は納得した顔で手を普通に繋ぎ直す。
誤解といえば誤解だが、間違ってはいない。千晶は軽く困ったように笑った。千晶の兄もここに在籍しているとは知らないはずだ、が、念のため誤解はそのまま緩衝材としておく。
兄にとって弟妹は話の通じるオモチャでしかない、兄が両親に唯一強請った所有物だ。4歳の誕生日からクリスマスまで、ちゃんと世話をするからと言って両親を困らせ、ほどなく叶ったのが千晶と年子の弟。弟妹が力を合わせても知力体力共に敵わない相手なだけで、ぞんざい兄弟仲は良いほう。ただ、外で会うと――異性といれば必ず声を掛けてくる、たいしたことは言ってこないが父親に似て顔だけ…ではなく突然変異で頭のデキもいい兄は存在そのものが異次元の圧力だ。
兄の所属する学部棟とは離れているし今日まで一度も見かけたことはないが、こういう時に限って遭遇してしまうのがあの兄だ。外で兄が近づいたらアラームが鳴るようにできないものかと考える位に、外で兄に偶然会った、それらが苦いだけの思い出しかない千晶は心のなかで溜息をついた。
それに、この男にこれ以上偶然ではなく縁が会ったとは絶対に知られたくない、絶対に。
「ふーん、まぁいいけど何か困ってるなら言って」
「…ありがとう」
違うそうじゃない、とは言えずこのまま卒業まで逃げきれますようにとだけ祈った。
0
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
【19時、駅前。片桐】
その日、机の上に貼られていた付箋に戸惑った。
片桐っていうのは隣の課の俺様課長、片桐課長のことでいいんだと思う。
でも私と片桐課長には、同じ営業部にいるってこと以外、なにも接点がない。
なのに、この呼び出しは一体、なんですか……?
笹岡花重
24歳、食品卸会社営業部勤務。
真面目で頑張り屋さん。
嫌と言えない性格。
あとは平凡な女子。
×
片桐樹馬
29歳、食品卸会社勤務。
3課課長兼部長代理
高身長・高学歴・高収入と昔の三高を満たす男。
もちろん、仕事できる。
ただし、俺様。
俺様片桐課長に振り回され、私はどうなっちゃうの……!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる