3 / 138
4月
2.
しおりを挟む
三人とも20代前半位で顔も身なりもいい。一人はシートの肘掛けに腰かけた一見すると優し気ないわゆる典型的なイケメン、一人は女性を膝にのせてるちょっと濃いめの男らしいほうのイケメン、なんで膝にとかきいちゃだめなやつ。
そしてもう一人が目的の、両方から女性にしな垂れかかられてる、一番ノーブルで冷たい感じの彼。
女性たちは20歳そこそこから20代後半位までだろうか。典型的な軽く遊びたい感じのおねえさん達と、ややエレガント系のここには違和感がありありなおねえさん達がいて、互いに牽制しあっているのがみてとれた。
そこへ新たな火種を持ち込んだ格好だが、あれば食べちゃうのはプリンだけじゃない、そんな兄を持つ千晶にはどうということのない光景だった。
通路に出て来てくれる気配はないけれど、特に意地悪く反応を楽しんでいる風でもない。むしろ何の感情も見せない相手に千晶も平然とテーブル越しにジャケットを渡す。
「はい、おかげで助かりました」
「帰るの?」
時間的にはこれからがら本番、彼らも朝までいるのだろう。抑揚なく訊かれ、千晶は軽く微笑みながら頷く。
「明日も早いの」
敵の敵は更に敵――と女性達の睨むような視線を受けても怯まない千晶に、男二人は興味深そうに成り行きを眺めている。女性は皆何か言いたげなのだが、口を挟めないでいる。当の千晶は自分に自信があるのではなく、どうでもいいから割り込んでいられるのだが。
青年は引き留める風もなくそのままジャケットを受け取り、立ち上がって自ら羽織った。
「気をつけて」
「ありがとう」
用は済んだとさくっときびすを返し去っていく背に、肘掛けに腰かけた優男が「またねー」と手を振る。
(人当りのよさそうなこのひとが一番喰えないタイプっぽい)
千晶は無視することなく軽く手を振り返して二階席を後にした。
*
「ねぇ慎」
「くっつくなよ鬱陶しい」
「さっきのコ何?」
肘掛けの青年がわざわざシートの隣にまで座ってきて耳打ちをする。ジャケットの青年は眉ひとつ動かさずに、さぁね、とだけ言った。
*
外に出ると軽く雨が降っていた。音楽の喧騒がピタリと無くなり、ひんやりとした空気がほてった身体を静める。
「あー、雨だー桜が散っちゃう」
「タクシーぃ」
「じゃーん、傘ならありっまーす」
「美帆は用意がいいね」
「ねー、私のコートは撥水だから」
「千晶までずるい」
女三人、一本の傘の下きゃぴきゃぴ言いながら駅まで歩く。
「明日もバイトだぁ」
「私は入学式だードキドキする、いい出会いあるかな」
「あるよきっと」
「ねー見て、東京タワー色が違うー」
振り返るとこの都市のシンボルがグラデーションに点灯していく。
立ち止まり、皆で暫く眺めていた。
新しい生活への期待と希望にじんわりと染まっていく。
「こうやって見るの久しぶり」
「なーにおのぼりさんみたいなこと言ってんの」
「じっくりは見ないよね」
(あの側だったっけ、上層階の、とても広い部屋だった。ショールームみたいに素敵なのにどこが冷めた部屋。彼もまた冷めた感じの、それでいて――うまく説明できないひと)
あの日、なぜ、どうしてついていったのか千晶自身も分かっていなかった。ただ、思いがけず出会えた懐かしい香りに、今日は来てよかったと思った。
***
大学が決まってから千晶は短期で引っ越しの補助バイトを始めた。その春休み最後の土日が終わった。タオルやジュースを差し入れてくれるうちは多い、今日はポチ袋をもらった。作業に差をつけたりしないけど、もらえると嬉しいし疲れが軽くなる。我ながら現金だと人の性を思う。500円の金券が入っていた。
力仕事ではなく荷造りの補助でひたすら詰め込んでいく。引っ越しの数だけ暮らしがある、ちょうど千晶の両親が関西へ出向したこともあって、いろんな住まいかたがあるのだなと思う。
いつか一人暮らしをしてみたいけれど具体的にはまだ思い描けずにいる。
「ただいま、シュークリーム買ってきたよ」
「やった! おつかれ、お風呂わいてるよ」
「なぁーん」
家に帰れば弟と猫二匹が出迎えてくれる。
猫もカスタードクリームが好きだ。
あれから三年、千晶の保護した黒猫と、そしてもう一匹。日吉くんという弟の七海が駅で保護してきた成猫だ。くすんだ灰色の毛玉は半年もすると絹のように輝く毛色になってきた。獣医の見立ては5歳位だったが綺麗になった今はもう少し若そうだ。
二匹がうまく馴染むか心配だったけれど、幸い先住は新入りに我関せず、だけれど嫌ってもいない。日吉くんも落ち着いていて仔猫のようにちょっかいをだすこともなく、甘えた気にしながら程よい距離を保っている。
今は家が落ち着く、帰りたい家があるのはきっと恵まれたことなんだろう。猫二匹をかわるがわる抱っこしてケリを入れられながら思う。
そしてもう一人が目的の、両方から女性にしな垂れかかられてる、一番ノーブルで冷たい感じの彼。
女性たちは20歳そこそこから20代後半位までだろうか。典型的な軽く遊びたい感じのおねえさん達と、ややエレガント系のここには違和感がありありなおねえさん達がいて、互いに牽制しあっているのがみてとれた。
そこへ新たな火種を持ち込んだ格好だが、あれば食べちゃうのはプリンだけじゃない、そんな兄を持つ千晶にはどうということのない光景だった。
通路に出て来てくれる気配はないけれど、特に意地悪く反応を楽しんでいる風でもない。むしろ何の感情も見せない相手に千晶も平然とテーブル越しにジャケットを渡す。
「はい、おかげで助かりました」
「帰るの?」
時間的にはこれからがら本番、彼らも朝までいるのだろう。抑揚なく訊かれ、千晶は軽く微笑みながら頷く。
「明日も早いの」
敵の敵は更に敵――と女性達の睨むような視線を受けても怯まない千晶に、男二人は興味深そうに成り行きを眺めている。女性は皆何か言いたげなのだが、口を挟めないでいる。当の千晶は自分に自信があるのではなく、どうでもいいから割り込んでいられるのだが。
青年は引き留める風もなくそのままジャケットを受け取り、立ち上がって自ら羽織った。
「気をつけて」
「ありがとう」
用は済んだとさくっときびすを返し去っていく背に、肘掛けに腰かけた優男が「またねー」と手を振る。
(人当りのよさそうなこのひとが一番喰えないタイプっぽい)
千晶は無視することなく軽く手を振り返して二階席を後にした。
*
「ねぇ慎」
「くっつくなよ鬱陶しい」
「さっきのコ何?」
肘掛けの青年がわざわざシートの隣にまで座ってきて耳打ちをする。ジャケットの青年は眉ひとつ動かさずに、さぁね、とだけ言った。
*
外に出ると軽く雨が降っていた。音楽の喧騒がピタリと無くなり、ひんやりとした空気がほてった身体を静める。
「あー、雨だー桜が散っちゃう」
「タクシーぃ」
「じゃーん、傘ならありっまーす」
「美帆は用意がいいね」
「ねー、私のコートは撥水だから」
「千晶までずるい」
女三人、一本の傘の下きゃぴきゃぴ言いながら駅まで歩く。
「明日もバイトだぁ」
「私は入学式だードキドキする、いい出会いあるかな」
「あるよきっと」
「ねー見て、東京タワー色が違うー」
振り返るとこの都市のシンボルがグラデーションに点灯していく。
立ち止まり、皆で暫く眺めていた。
新しい生活への期待と希望にじんわりと染まっていく。
「こうやって見るの久しぶり」
「なーにおのぼりさんみたいなこと言ってんの」
「じっくりは見ないよね」
(あの側だったっけ、上層階の、とても広い部屋だった。ショールームみたいに素敵なのにどこが冷めた部屋。彼もまた冷めた感じの、それでいて――うまく説明できないひと)
あの日、なぜ、どうしてついていったのか千晶自身も分かっていなかった。ただ、思いがけず出会えた懐かしい香りに、今日は来てよかったと思った。
***
大学が決まってから千晶は短期で引っ越しの補助バイトを始めた。その春休み最後の土日が終わった。タオルやジュースを差し入れてくれるうちは多い、今日はポチ袋をもらった。作業に差をつけたりしないけど、もらえると嬉しいし疲れが軽くなる。我ながら現金だと人の性を思う。500円の金券が入っていた。
力仕事ではなく荷造りの補助でひたすら詰め込んでいく。引っ越しの数だけ暮らしがある、ちょうど千晶の両親が関西へ出向したこともあって、いろんな住まいかたがあるのだなと思う。
いつか一人暮らしをしてみたいけれど具体的にはまだ思い描けずにいる。
「ただいま、シュークリーム買ってきたよ」
「やった! おつかれ、お風呂わいてるよ」
「なぁーん」
家に帰れば弟と猫二匹が出迎えてくれる。
猫もカスタードクリームが好きだ。
あれから三年、千晶の保護した黒猫と、そしてもう一匹。日吉くんという弟の七海が駅で保護してきた成猫だ。くすんだ灰色の毛玉は半年もすると絹のように輝く毛色になってきた。獣医の見立ては5歳位だったが綺麗になった今はもう少し若そうだ。
二匹がうまく馴染むか心配だったけれど、幸い先住は新入りに我関せず、だけれど嫌ってもいない。日吉くんも落ち着いていて仔猫のようにちょっかいをだすこともなく、甘えた気にしながら程よい距離を保っている。
今は家が落ち着く、帰りたい家があるのはきっと恵まれたことなんだろう。猫二匹をかわるがわる抱っこしてケリを入れられながら思う。
0
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
【19時、駅前。片桐】
その日、机の上に貼られていた付箋に戸惑った。
片桐っていうのは隣の課の俺様課長、片桐課長のことでいいんだと思う。
でも私と片桐課長には、同じ営業部にいるってこと以外、なにも接点がない。
なのに、この呼び出しは一体、なんですか……?
笹岡花重
24歳、食品卸会社営業部勤務。
真面目で頑張り屋さん。
嫌と言えない性格。
あとは平凡な女子。
×
片桐樹馬
29歳、食品卸会社勤務。
3課課長兼部長代理
高身長・高学歴・高収入と昔の三高を満たす男。
もちろん、仕事できる。
ただし、俺様。
俺様片桐課長に振り回され、私はどうなっちゃうの……!?
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる