Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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9月

4.

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 キッチンに立つ千晶の手元をじっと見つめる弟。カウンターには彼の要望通りの水色の紅茶缶のみ。
「アッサムだけは無かったの、ロイヤルブレンドで我慢してね、ミルクは?」
「いらない…同じ大学のひと?」
「やだ、そんなに賢くみえるかしら」
 千晶は片手を腰に当て小首をかしげてから、しなをつくろってみせる。それから慎一郎に紅茶を淹れる手順を確認する。
「変人って意味だよ」
「えー大好きなお兄さんのことそんな風に言っちゃうんだ、せめて個性的って言おうよ」
「…もういいよ、じゃぁいくつなの」
「おばさん呼びで歳きくの? まぁいいや、定番の答えね、いくつに見えるー?」 
「直嗣、いい加減にしなさい、お姉さんに失礼だよ。アキも争いは同レベルでしょ」
「お兄さん、私と同レベルじゃ明敏な弟ちゃんに失礼でしょ」

 おばさん連呼の後で素直に答えるほど千晶も大人ではない。ガラス製のティーポットで茶葉が踊る。慎一郎は否定も肯定もせず冷蔵庫からシュークリームを取り出す。

「21-2? 質問に質問で答えるのは無しだろ」
「それは社交辞令込で言ってくれてるの?」
「図々しいよおばさん」
 千晶のこめかみがまたピクリとする。
「…だってよ、
 俺に振るな、慎一郎は無言で菓子を皿に盛る。
「私は永遠の十六歳sweet 16
 千晶がかわい子ぶったポーズを決めると、慎一郎はとうとう「おれ犯罪かよ」と一人で突っ込んだ。
「何回目だよ…ばかにしてんの?」
「賢い弟ちゃんは相手の学校や年齢がわからないとお話も出来ないのかな」
 千晶は鼻歌まじりにカップの湯を捨て、茶を均等に注ぐ。
「…もういい」
「なーお」
「慇懃無礼にへつらわれるよりいいよ、お兄ちゃんが大好きなだけよね。外ではちゃんと猫かぶって上手くやってるのよね」
 再び窘めようとする兄を制して千晶が微笑むと、弟は照れ臭いのかまたプイと横を向く。

「さぁどうぞ召し上がれ」

 一口飲んだ慎一郎が片眉を上げて弟を見る。
 一口二口と普通に飲んだ弟を確認すると、千晶は満足そうにいとまを乞うた。慎一郎は引き留めるが、千晶はこれ以上弟の邪魔をする気はない。
 
「それじゃ、おばちゃんはこのへんで」
「…おばさんもいていいよ」
「どーしたの、熱でも出てきた? お茶の淹れ方がまずかったかな?」
「俺はなんともないよ」
 少しニヤついた二人の会話に弟は気づかず切り出す。 

「外部受験するか迷ってるんだ」
 千晶は慎一郎が弟は4つ下だと言っていたのを思い出した。特段事情がなければ高校三年生。
「高校生か、制服どんなの?」
「ブレザーのほう」
「理工でほぼ決まってる」

 遠回しに高校を確認されたと思った兄弟は、兄とは別の、同じ私大系列の一貫校だと言う意味で答えたが、千晶の問いはそのままの意味だ。
(紺ブレにグレーのあれか、つまんないな)目の前のひょろながを脳内着せ替え、ブレザーも学ランもいまいちしっくりこない、私服は小綺麗にまとまっているのが救い。
 慎一郎も千晶が時々街で見かけた制服や服をメモに描いているのは知っていた、だが、それを家に帰って弟に逐一報告してウザがられているのは知らない。見るだけで満足なタイプなので実害はないが、本人に残念な頭の自覚がないのが懸念材料。
  
「おめでとう、え、弟ちゃんまで母校に砂を掛けるつもりなの? おうちの人が泣いちゃうよ」
「砂って、…言い方」
「兄さんよく笑ってられますね、おばさん失礼過ぎ」 
「ああ、ごめんね。本当に行きたい学部じゃないのね」
「違う、理工だからその」
「海外? 最高峰M×Tとかいっちゃうー?」
「…そうじゃなくて」
「あー、一人暮らし?」 
「一人暮らししたいならここ住めよ」

 弟はうじうじとカウンターに細長い紙を出す。出来不出来の差があり過ぎる結果に、兄は無言でマカロンを流しこみ、弟にも勧める。

「……直、ピンクの食べなよ」
「シュークリームもおいしいよ」

 小ぶりのシュークリームを一口で美味しそうに頬張る千晶も他人事。そうじゃなくて、に続く言葉を問う気は無くなった。7月に友人に付き合って初めて受けた模試は良い出来だったそうだ。能力と試験の結果は必ずしも結びつくものではない。三五科目ならともかく、七科目はちょっと厳しいんじゃないだろうか。もう大学の内容を先取りしているそうで、ならそのままでいいだろうというのが千晶の感想。千晶は去年受験生だったが、受験そのものの傾向や情報には疎いのもある。

「直嗣、塾に行きなよ」
「でも、」
「遠慮するようなことじゃないよ、受験のノウハウはプロにさ」
「だって、」
「まずはセンターに申し込みだけしておきなさい、いくらだっけ」
「、、、」
「…ふーん、塾に行っても受かる自信がないんだ? 受けなければ落ちないもんね。やめとけば? おぼっちゃんにはエスカレータがお 似 合 い」
「な…っ 言って」
「直、八つ当たりはみっともないよ」

 煮え切らない弟に千晶が口を挟む。慎一郎は止めもせずにマカロンをもう一つ。そして財布から諭吉さんを二枚だして渡す。

「いいのよ、弟ちゃんも私みたいのに言われたくないよねー」

 千晶は肘と頬に手をあてて、いかにもなポーズで続ける。「お姉さんはねー、しがない都立だから全教科仕方なーく勉強したけど、推薦でいけるならそれでいいじゃない。無理に使わない教科まで勉強しなくてもいいんだよ、要領よくいこうよ、ねっ」

 兄が千晶を止めない理由を察した弟は何も言い返せない。
 千晶は満面の笑顔を浮かべ、俯いた弟の顔を覗き込む。

「それで旧帝落ちの優秀な外部生にかしづいてもらえばー?」 
「……!」
 
 見る間に弟の顔が赤くなっていく。

「あれー、弟ちゃん顔が赤いよ、熱でも出てきた? やっぱり風邪ひいたのかなー? そんなことないかー、なんとかは風邪ひかないっていうもんね」

 終いに頭の横で両手を振ってみせる。千晶は道化なパフォーマンスも似合わないので小馬鹿にした感が増幅。

 慎一郎も直嗣も下を向いて肩を震わせているが、その意味は違う。

「お姉さんはうつされないうちに帰ろーっと。じゃ、ごゆっくりー」
「用事思い出したから帰るっ」

 千晶が席を立つより先に弟が立ち上がる。

「兄さんすみませんまた後で」
「ばいばーい。わかんないとこはお兄さんお姉さんにきいてね」
「あんたの世話にはならない」

 兄からは褒めて伸ばされてきたのだろう。千晶にコンプレックスを逆なでされたからと言って血が上り過ぎだ。お茶菓子を包んで渡すと、ちゃっかり受け取った。

「火が付いたな」笑いながら慎一郎が見送る。 

「言い過ぎたかな。煽っておいてなんだけど、直嗣さんは興味のあること伸ばしていくほうが向いてそう」
「俺も同意見だよ、だからって無駄にはならないでしょ。それにしてもあんなに単純だとは…笑うわ。俺の時は誠仁が焚きつけてくれたんだよ、やっぱ似てるよ」

 慎一郎に生ぬるく微笑まれ、千晶は口を歪める。

「似てないってば、あの人のこと思い出したらお茶が不味くなっちゃう。まぁ入試ばっかり難しいのも考えものだよね」
 
 経済的な問題は除いても、千晶はどうして大学だけ国公立のほうがいいことになるのかわからない。設備も名門校ならば充実してるんじゃないのか、だいたい何を勉強したいかするかが問題でしょう、と自分を棚にあげてあれこれ。
 慎一郎も、卒業出来たことが評価になるのと同時にその成果の受け皿も含め変えていく必要がある、と言った上で。

「子供で許される時期を勉強で台無しにするのはもったいないよね」
「未成年の特権かぁ、お兄ちゃんは余すことなく享受したんだ」

「僕は真面目に勉強して放棄しちゃったからさ」
「はいはい、そういうことにしときましょ」
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