Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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9月

5.

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「今日は一段とお茶が美味しいね、こんなにおいしいお茶は久しぶりだよ」
「…ロイヤルブレンド1にアー○ッドのアッサム2は至高の組み合わせだったみたいね」
「いいね、次は1対3で試してみよう」

 千晶は慎一郎の皮肉に苦々しそうに舌を出してみせる。弟が出されたお茶にまずいと文句をつけるような態度をゆるすような躾けはされていないだろうと思うのが半分。

「それにしても直があんなにっ」

 ご機嫌な兄は、静かに悔しさと恥ずかしさで震える弟を思い出して再び笑う。そもそも外部受験に迷うよう仕向けたのがこの兄だろうと思うのが半分。

「お兄ちゃん笑いすぎ、女には言われ慣れてないんだろうけど、弟ちゃんはチョロ過ぎてへんなのに引っかかりそうでおばちゃん心配だなぁ」
「それも経験さ、spare the rod and spoil the child」
「ぱーどぅん?」
「甘やかしたらダメってことさ」
「千尋の谷に突き落とせって感じ? あ、命綱のついたバンジージャンプ位かな。ドヤ顔で登ってきたらまた突き落としたくなっちゃうかも、おばちゃんは」
「根にもってるなぁ、で、そこでお姉さんは学生証チラっと見せちゃうんだ」
「気にしてないよ、高校生からみたら大学生はおばさん。誰かさんみたいにそんないけずは……ふふふ」

 その誰かさんよりよこしまな笑みを浮かべる千晶に、慎一郎はふと首をひねる。

「…? ねぇ、そういえばアキいくつ?」
「女に年齢を聞くなって教わったでしょ。そうだこれ」

 この流れで年齢を聞くとは無粋にも程がある。乙女心を理解していないのは弟も兄も同じ。とても答える気にならない千晶は、大学で貰ったという可愛らしい絵柄の缶を渡す。

「栄養ドロップ? 子供むけじゃないのこれ」
「大人でもいいんだよ。食べたこと無いって話したら貰ったの、一日一粒だよ」
「よく貰うよね」
「なんだろうね、そんなにひもじそうにみえるのかな?」

 ちゃんと食べてはいるが、年頃の女の子にしては身についていないほうだ。こういうのは体質だ、母も太らない体質だし、あのもやしもきっと見掛けによらず食べるほう。
 千晶はのほほんと一粒くちへ、ゼリーみたいでおいしい。

「美味しそうに食べるからじゃないの」
「そうかな、まぁ食う寝る所に住むところがあればいいからなぁ、あと猫」

 もうひとつぶ――ついと口にいれようとしてとどまり、慎一郎へ渡す。

「食う寝るってなんだっけ?」
「古典落語の一部だね、生きるのに困らないようたくさん願いを込めて付けた名前が長すぎて、その長名が元で命を落としそうになるってオチ、寿限無寿限無――(以下略」

 千晶の普通とは住むところがあって、三食食べられて猫を病院に連れて行くお金があればいい。欲しいものもあるけど、なくてもなんとかなる。

「何事も適度か、これ一粒以上食べたくなるね。――さて、千晶ちゃんいくつなの?」
「16だってば」

 別に隠すことでもないけれど、今更言いにくい、どうしても上に見られている自覚はある。落ち着いて見えるという慰めの言葉は、もう耳にタコができるほど聞いた。

「とぼけないで、学生証みせて? 俺のも見せてなかったよね」
「えー、いいよ、私の写真写り悪いからヤダ」
「いいじゃない写真くらい」
「よくない」

 受験票の写真がそのまま使われたのだ。証明写真代をケチり、弟にスマホでつくってもらった適当写真。しかも弟の私服ストライプジャケット着用、そして6年間使用予定。
 
「ふーん、じゃぁ言いたくなるようにするから。ね」

 千晶を壁際に追い詰め、慎一郎は狙いを定めたように含みのある笑顔で言い切った。

 千晶はすっと重心を下げて、ちょっとお手洗いとパウダールームに逃げ込む、その先はバスルームへと続いている。
 浴室周辺の事故は多いのだろう、どんな高級住宅だろうと安普請でも鍵は外から開けられる仕様になっている。千晶も知っているのになぜここへ逃げ込んだのか。

 しばらくして慎一郎がコインでノブを回して何食わぬ顔で入ってきた。

「久しぶりに一緒に入ろうか」有無を言わせぬままバスタブ横のスイッチを押す。

「何分くらいで一杯になるんだっけ?」 
「…30分はかからなかったと思うよ」
 三人は入れそうなバスタブに千晶が目を合わせずに答える。

「時間かかるね、それまで――」さっとうしろから羽交い締めると髪ごと首筋から肩へゆっくと唇を寄せて、今度は首筋から鎖骨へ。
「ん…」
「弱いよねぇ、ここ」
 鎖骨の窪みをそっと唇で味わい、左腕で肩を抑えたまま、右腕をプルオーバーの裾から差し入れる。キャミソールの上から腰回りをさする。
 首筋を味わったあとは耳へ。じゃれるように食む。
「見せる気になった?」
 千晶は小さくかぶりをふる。それを再び面白そうに目だけで笑う顔が横から覗き込んだ。

 


 散々じゃれ回した末、とうとう千晶が降伏し、19歳、と答えた。学生証は死守した。そして今年20?と傷口に塩を塗られた。同じ年位…でも三浪は無いだろう、なら一つ下だと思っていたらしい。

「思い込みって怖いな」
 
 力の入らない千晶を流して少し冷めたバスタブに浸かっている。差し湯を時々かきまぜながら、うしろから抱え込む慎一郎が呟く。

「がっかりした?」
「いいや、とぼけるから面白くて追及しただけで歳なんてどうでもいい」
「ひどい」

 単なるいたずらの延長だと聞かされてふくれっ面になる。年より上に見られていいことなんて一つもない。母親には25…30には逆転すると慰められたが、それでは手遅れな感が。

「16だろうと26だろうとね。ちょっと犯罪っぽいか。思ってたのと違っても勝手に俺が誤解してただけで騙したわけじゃないでしょ」
「そうだけど」

「じゃぁ俺が二浪なら?」
「別に」
「そうでしょ、俺がアキの2つ下なら?」
「高校生の体力はちょっと、それに私が犯罪だね」
「そこか」
「じょしこーせーの制服借りて着ちゃう、どこのがいいかな、やっぱりセーラーかな~」

 あの日も中学の友達のお嬢様校の制服を着て遊んだ――もし着たまま会っていたら?そんなことを思い出して笑っている千晶の後で、慎一郎もまた笑っていた。

「っ…fulfillmen――」
「何のこと?」

 また何か言って一人笑う慎一郎を千晶はいぶかし気に振り向返って尋ねる。

「何でもないよ、疲れた?」
「すごく、心臓が止まるかと思った、ってそうじゃない」
「教えない、口にしたら沈められるから」

 君の反応、いや君の身体の反応を引き出せて満足してるなんて。じれじれと割り入って震えた手と、足と、歓びに。いつもの気恥ずかし気な顔のままゆらめく躯、降りしきるシャワーの下の戯れの、あの甘いしずく、君の熱に、次も必ず――。


「またしよーもないこと何か企んでる」
「あはは、生きてるなってことだよ」

 千晶は振り戻って肩まで湯に浸かる。
 おなかを抱えられた千晶の瞳も、後からぴったり張り付く慎一郎の瞳も、とても穏やかだ。お互いに目にすることはないけれど。
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