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9月
6.
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ほんのり消毒の臭いのする部屋、クッションマットが敷き詰められた床に、千晶とその周りを子供たちが囲んで座っている。
千晶は本を広げながら、声色をまねて大袈裟――臨場感たっぷりに読みあげる。子供たちは話の内容は繰り返されていてなんの新しさもないのに読み手が違うだけで真剣に聞き入る。
「――そうしてみな幸せになかよく暮らしました。おしまい」
「おねーちゃん、このごほんもよんで」
「あのおにいさんにカノジョいるかしってる? あたしね――」
(おねえちゃん、いい響き)
相変わらずすし詰めの授業に加え、後期から週一の病院見学と月一のボランティアが組み込まれた。今日はそのボランティアという名の無償奉仕(単位なし)初日だった。
*
「お姉ちゃんだって、子供は素直だよね」
「…病院のボランティアだっけ、どうだったの?」
まんざらでもない様子の千晶に、どうせガキにいいように使われたんだろうという慎一郎の予想は大体合ってる。
「今日は入院してる子供相手に読み聞かせをして、そのあと少し遊んできただけ。物分かりが良すぎる子も、逆に八つ当たりな子もいたけど、みんなおねーちゃんて呼んでくれて」
「まだ根に持ってる」
直嗣もガキだが、千晶も大人気ない。三人兄弟だと言ったが、世話好き仕切りたがりな長女気質とは違う、かといって末っ子――得てして甘えん坊で要領のよい世渡り上手――にも見えない。
「お姉さんって。アキ、下に弟妹がいるんじゃないの?」
「んー、弟がいるよ。でもうちは普段名前呼びだし、そもそも弟はしっかりしていて年下って意識はないかも。彼はよく気が付くし優しいし天使なんだ。……あともう一人は兄、アレ…彼についてはノーコメントで」
(天使って、)夢見る乙女からかけ離れた千晶の口からファンタジーワードが。人を悪しざまには言わないが、盲目的にあがめもしない千晶の口から耳を疑う比喩が。
身内びいきが当たった試しはない。その一方で、兄については心底嫌そうに、聞かれる前に言っておくという態度の千晶に、慎一郎はからかうつもりだったのをやめた。誰にでも踏み込まれたくない事はある。三人兄弟の構成で多いのは同性三人か、上二人が同性だ。
(…お兄さんは社会不適合系かな)
千晶は今日もまた新たな誤解が生まれたことに気づかない。
「それしてもボランティアってのがどうも苦手だな。こう、強制的にやらされるのは違うっていうか、学校側は慈悲の心構えな意味合いが強いんだろうけど」
日本では無償奉仕的な意味合いで使われているが、本来ボランティアは自発意思に基づくものだ、千晶の認識は正しい。そして評価されるべきことだ。
「アキが出来ることをできる範囲でやるのに躊躇いがないのは見てればわかるよ。言葉の綾を解けば慰問ね、義務だと思えないの?」
「そこまで思えないよ。助け合いって言うなら素直に協力できそう」
「互助精神か、そこはまだ同じ立場だと思ってるからなの? アキもこれからは世間一般的には援助するほうに立つんだよ」
「同じ立場だよ、相手が病人でも子供でも下には思えない。かわいそうって言葉も嫌いだな」
「日本にも勧進や喜捨ってあるでしょ。上に立つ者は人の手本になるよう求められるし慈善は当然の務めだから。アキが内心でどう思うとも自由だ。しかし、これから世間からは施す側の立場に見られるってことは覚えておくべきだよ。
君はこのままいけば生殺与奪の権利を与えらるんだ。それに縋られ過剰な期待を持たれる。
それから大学側の真意は知らないけれど、特に立場に一方的な強弱のあるところでは、外の目が入る、誰かが見てるって思わせることが必要なんだ」
「性悪説が前提?」
「そうだよ、人は利己的で自分の利益の為にしか動かない。他人の為に動くのすら名誉欲や優位に立っていることの証明がしたいだけだ。それをどうwin-winに持っていけるか。
アキがこの先地位を手にしたとき、選民意識を持つかどうかはわからない。アキは上位に立ったつもりにすらならないかもしれない。ただ多くの人は上に立つだけで傲慢になるし、それを妬み嫉み足を掬うものは必ず出てくる。
善意の集団は悪意を持った一分子で崩壊する。福祉国家になって半世紀、各々の役割意識が希薄になって権利ばかりが主張される現状をどう見るか。その責務に見合った対価も得られない中でどう自己を守っていくのか」
まっすぐな感情のなかで育ってきたんだろう、悪意があることは知っていても、自分に向けられることに慣れていない。
慎一郎は千晶を批難するでも諭すでもなく淡々と告げた。
「地位より穏やかに暮らしたいだけだよ。でももう愚痴ひとつこぼせる相手も、共感できる相手もいなくなるのはわかってきたよ。……自分の役割と義務かぁ。そこに誇りを持てるのはいつになるのかな」
「そんなに気負わずに。ただどう見られてどうふるまうべきかは意識しておくべきだ、上っ面だけいいから」
「うん、やってみるよ、ありがとう」
千晶は本を広げながら、声色をまねて大袈裟――臨場感たっぷりに読みあげる。子供たちは話の内容は繰り返されていてなんの新しさもないのに読み手が違うだけで真剣に聞き入る。
「――そうしてみな幸せになかよく暮らしました。おしまい」
「おねーちゃん、このごほんもよんで」
「あのおにいさんにカノジョいるかしってる? あたしね――」
(おねえちゃん、いい響き)
相変わらずすし詰めの授業に加え、後期から週一の病院見学と月一のボランティアが組み込まれた。今日はそのボランティアという名の無償奉仕(単位なし)初日だった。
*
「お姉ちゃんだって、子供は素直だよね」
「…病院のボランティアだっけ、どうだったの?」
まんざらでもない様子の千晶に、どうせガキにいいように使われたんだろうという慎一郎の予想は大体合ってる。
「今日は入院してる子供相手に読み聞かせをして、そのあと少し遊んできただけ。物分かりが良すぎる子も、逆に八つ当たりな子もいたけど、みんなおねーちゃんて呼んでくれて」
「まだ根に持ってる」
直嗣もガキだが、千晶も大人気ない。三人兄弟だと言ったが、世話好き仕切りたがりな長女気質とは違う、かといって末っ子――得てして甘えん坊で要領のよい世渡り上手――にも見えない。
「お姉さんって。アキ、下に弟妹がいるんじゃないの?」
「んー、弟がいるよ。でもうちは普段名前呼びだし、そもそも弟はしっかりしていて年下って意識はないかも。彼はよく気が付くし優しいし天使なんだ。……あともう一人は兄、アレ…彼についてはノーコメントで」
(天使って、)夢見る乙女からかけ離れた千晶の口からファンタジーワードが。人を悪しざまには言わないが、盲目的にあがめもしない千晶の口から耳を疑う比喩が。
身内びいきが当たった試しはない。その一方で、兄については心底嫌そうに、聞かれる前に言っておくという態度の千晶に、慎一郎はからかうつもりだったのをやめた。誰にでも踏み込まれたくない事はある。三人兄弟の構成で多いのは同性三人か、上二人が同性だ。
(…お兄さんは社会不適合系かな)
千晶は今日もまた新たな誤解が生まれたことに気づかない。
「それしてもボランティアってのがどうも苦手だな。こう、強制的にやらされるのは違うっていうか、学校側は慈悲の心構えな意味合いが強いんだろうけど」
日本では無償奉仕的な意味合いで使われているが、本来ボランティアは自発意思に基づくものだ、千晶の認識は正しい。そして評価されるべきことだ。
「アキが出来ることをできる範囲でやるのに躊躇いがないのは見てればわかるよ。言葉の綾を解けば慰問ね、義務だと思えないの?」
「そこまで思えないよ。助け合いって言うなら素直に協力できそう」
「互助精神か、そこはまだ同じ立場だと思ってるからなの? アキもこれからは世間一般的には援助するほうに立つんだよ」
「同じ立場だよ、相手が病人でも子供でも下には思えない。かわいそうって言葉も嫌いだな」
「日本にも勧進や喜捨ってあるでしょ。上に立つ者は人の手本になるよう求められるし慈善は当然の務めだから。アキが内心でどう思うとも自由だ。しかし、これから世間からは施す側の立場に見られるってことは覚えておくべきだよ。
君はこのままいけば生殺与奪の権利を与えらるんだ。それに縋られ過剰な期待を持たれる。
それから大学側の真意は知らないけれど、特に立場に一方的な強弱のあるところでは、外の目が入る、誰かが見てるって思わせることが必要なんだ」
「性悪説が前提?」
「そうだよ、人は利己的で自分の利益の為にしか動かない。他人の為に動くのすら名誉欲や優位に立っていることの証明がしたいだけだ。それをどうwin-winに持っていけるか。
アキがこの先地位を手にしたとき、選民意識を持つかどうかはわからない。アキは上位に立ったつもりにすらならないかもしれない。ただ多くの人は上に立つだけで傲慢になるし、それを妬み嫉み足を掬うものは必ず出てくる。
善意の集団は悪意を持った一分子で崩壊する。福祉国家になって半世紀、各々の役割意識が希薄になって権利ばかりが主張される現状をどう見るか。その責務に見合った対価も得られない中でどう自己を守っていくのか」
まっすぐな感情のなかで育ってきたんだろう、悪意があることは知っていても、自分に向けられることに慣れていない。
慎一郎は千晶を批難するでも諭すでもなく淡々と告げた。
「地位より穏やかに暮らしたいだけだよ。でももう愚痴ひとつこぼせる相手も、共感できる相手もいなくなるのはわかってきたよ。……自分の役割と義務かぁ。そこに誇りを持てるのはいつになるのかな」
「そんなに気負わずに。ただどう見られてどうふるまうべきかは意識しておくべきだ、上っ面だけいいから」
「うん、やってみるよ、ありがとう」
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