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11月
6.
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日曜朝の電車内は空いていた。二人並んで座ると、慎一郎は思い出したようにビラを数枚千晶に渡す。
「来週末はうちの学園祭――は来る? 金土で講義があるか」
「土曜のボランティアのあと寄るよ、一度は銀杏並木が見てみたいんだ」
そこなのか、慎一郎はため息をつく。彼が一二年次に通ったキャンパスは銀杏並木で有名だ。そこで秋の学園祭が行われる。
「一度もきてないの? 受験生は下見を兼ねて色々見に行ったんじゃないの?」
「んー? 高校(受験)の時はいくつか見に行ったよ。大学は学祭もオープンキャンパスも友達の志望校についていった位かな」
高校時代はバイトに忙しかった、大学生って独特のノリでちょっと、など理由を上げながら、今通っている大学にも行っていないとは、再び呆れるしかない。
「色々と無謀じゃないの? 石橋は叩いてから渡るんだよ」
「やだなぁ、誰かが渡り終えるのを見てから渡る位の智恵はあるよ」
その答えに慎一郎は頭痛がしてきた。考え無しより質が悪い。国公立に限定しても医大に受かる位だ、他にも選択肢はいろいろあっただろう。都立は(建物的に)無しか。
「女子大は考えなかったの?」
「落ちました」
「え・・・・」
「落ーちーたーの、女子大だけ」
「あ・・・」
地雷は何処に埋まっているかわからない。学びたいことより食べていけること、で学部は決めていた。就職に強い(+男受けのいい)私立女子大の名はきちんと考えた末の滑り止めだったのだろう。
石橋を叩いたら壊れ――じゃなくて蛇がゾロゾロ這い出てきた。潰しのきかない進路より、女子大のほうが女の子なら楽なルート――と考えて自分も誠仁と同じ、女性に対してダブルスタンダードな面を持つことを自覚した。
何かを諦め、吹っ切った顔の千晶に眉を下げる。
「まぁ過ぎたことよ、シンは最後だもんね。何かやるの? 男だけでほにゃらら48とかは?」
千晶はどうも慎一郎に変な恰好をさせたいらしい。チェックのスカートだの学ランに襷をかけて大根踊りだのドジョウ掬いだのと言いたい放題だ。
「…来るとき衣装は持ってこないでね。ああ、ひょっとしてハロウィンに行きたかったの?」
「ううん、高校で行ってもう十分だよ、混んでるしもういい」
「行ったんだ。渋谷? 何の仮装したの?」
「去年はオニ軍曹みたいなやつ。その前はツインテール猫耳、そのころは前髪があったから」
帽子の鍔をと顎先をフンっと上げる仕草をしてみせ、ついで手を握って頭の両脇でくいっと招く。衣装は友達が用意してくれたのだと言ったがノリが良すぎる。
「ぶっ やばい、写真は?」
「ないよ、誰かさんがホワイトタイやジュストコールで着飾って六本木でふんぞり返ってる写真はあるのかな?」
「さぁね」
千晶の想像は大体合っている。大学生とお祭りごとは切っても切り離せない。ちょっと悪ノリした過去は語らぬが吉。
「鬼軍曹って新兵や捕虜も引き連れてた感じなの?」
「えー、まぁ。前年女だけで行ったら面倒だったからね。でも後ろ手に縛ったりまではしてないよ」
怖いもの見たさで慎一郎は千晶のスマホが今年のモデルでないと問い詰める。
「動画は?」
「だから無いってば」
千晶は仕方なさそうにスマホは弟のお古で春先に電車の乗り換えや地図代わりに持つようになったから無いのだと言って見せてきた。最近は小?中学生からスマホなのか。
SNSで発信しない千晶が慎一郎に見せた写真はフォルダ仕訳もされていない雑多な羅列で、直近は猫、下にスクロールしていくと街角のちょっとした風景とガラクタと友人らしき人々と映る千晶にちょっとした掲示メモで、最下段は桜と入学式の立て札の横に立つツイードのセットアップ姿の千晶とやっぱり猫だった。
*
慎一郎の交際範囲が広がって面白くないのが、もう一人。センター模試を終えたばかりの弟が兄のマンションに立ち寄ったのはいいとして、
「おばさんまた居たの」
開口一番がこれ。千晶は自分のこめかみが痙攣していないか手を当てて確かめた。
「直嗣、やめなさい」
兄が自分を窘めるのも弟は気に入らない。
「ご挨拶じゃない。おばちゃんなんて言う子にはおやつ抜きだね、お茶くらいは淹れてあげるけど」
「ふっ、俺が淹れるよ。アキは直嗣のを見てやってもらえるかな」
「兄さん…?」
「俺はもううろ覚えだから、聡明なお姉さんに聞いて」
「どういうこと、おばさん浪人してんの」
「いいからさっさと出しな、クソガキ」
ダイニングテーブルの上に靴(※マンションは土足です)を載せる勢いで千晶が言い放つ。(暗)温室育ちのもやしっ子はそれだけでしなしな。
「ひっ…兄さん…」
弟が縋るような目で兄を見るも、その兄は澄ました顔でキッチンへ行ってしまった。千晶に顎で促され、おずおずと席につく。
更に千晶がテーブルを爪で叩いて急かすとおびえたように用紙を広げる。
「ちょっ…まっ…」
「返事は『はい』だけ、いいね?」
「は…はい」
「今日はケーキがあるからね、食べたいだろ」
「はい」
兄は二人に背を向け肩を震わせる。ノリノリな千晶に、押されっぱなしの弟。無自覚ボンボンな弟にはいい刺激だ。
千晶は面倒くさそうにムチとムチとアメを使い分け見てやる。憂さ晴らしじゃないよ、愛のムチ。
「来週末はうちの学園祭――は来る? 金土で講義があるか」
「土曜のボランティアのあと寄るよ、一度は銀杏並木が見てみたいんだ」
そこなのか、慎一郎はため息をつく。彼が一二年次に通ったキャンパスは銀杏並木で有名だ。そこで秋の学園祭が行われる。
「一度もきてないの? 受験生は下見を兼ねて色々見に行ったんじゃないの?」
「んー? 高校(受験)の時はいくつか見に行ったよ。大学は学祭もオープンキャンパスも友達の志望校についていった位かな」
高校時代はバイトに忙しかった、大学生って独特のノリでちょっと、など理由を上げながら、今通っている大学にも行っていないとは、再び呆れるしかない。
「色々と無謀じゃないの? 石橋は叩いてから渡るんだよ」
「やだなぁ、誰かが渡り終えるのを見てから渡る位の智恵はあるよ」
その答えに慎一郎は頭痛がしてきた。考え無しより質が悪い。国公立に限定しても医大に受かる位だ、他にも選択肢はいろいろあっただろう。都立は(建物的に)無しか。
「女子大は考えなかったの?」
「落ちました」
「え・・・・」
「落ーちーたーの、女子大だけ」
「あ・・・」
地雷は何処に埋まっているかわからない。学びたいことより食べていけること、で学部は決めていた。就職に強い(+男受けのいい)私立女子大の名はきちんと考えた末の滑り止めだったのだろう。
石橋を叩いたら壊れ――じゃなくて蛇がゾロゾロ這い出てきた。潰しのきかない進路より、女子大のほうが女の子なら楽なルート――と考えて自分も誠仁と同じ、女性に対してダブルスタンダードな面を持つことを自覚した。
何かを諦め、吹っ切った顔の千晶に眉を下げる。
「まぁ過ぎたことよ、シンは最後だもんね。何かやるの? 男だけでほにゃらら48とかは?」
千晶はどうも慎一郎に変な恰好をさせたいらしい。チェックのスカートだの学ランに襷をかけて大根踊りだのドジョウ掬いだのと言いたい放題だ。
「…来るとき衣装は持ってこないでね。ああ、ひょっとしてハロウィンに行きたかったの?」
「ううん、高校で行ってもう十分だよ、混んでるしもういい」
「行ったんだ。渋谷? 何の仮装したの?」
「去年はオニ軍曹みたいなやつ。その前はツインテール猫耳、そのころは前髪があったから」
帽子の鍔をと顎先をフンっと上げる仕草をしてみせ、ついで手を握って頭の両脇でくいっと招く。衣装は友達が用意してくれたのだと言ったがノリが良すぎる。
「ぶっ やばい、写真は?」
「ないよ、誰かさんがホワイトタイやジュストコールで着飾って六本木でふんぞり返ってる写真はあるのかな?」
「さぁね」
千晶の想像は大体合っている。大学生とお祭りごとは切っても切り離せない。ちょっと悪ノリした過去は語らぬが吉。
「鬼軍曹って新兵や捕虜も引き連れてた感じなの?」
「えー、まぁ。前年女だけで行ったら面倒だったからね。でも後ろ手に縛ったりまではしてないよ」
怖いもの見たさで慎一郎は千晶のスマホが今年のモデルでないと問い詰める。
「動画は?」
「だから無いってば」
千晶は仕方なさそうにスマホは弟のお古で春先に電車の乗り換えや地図代わりに持つようになったから無いのだと言って見せてきた。最近は小?中学生からスマホなのか。
SNSで発信しない千晶が慎一郎に見せた写真はフォルダ仕訳もされていない雑多な羅列で、直近は猫、下にスクロールしていくと街角のちょっとした風景とガラクタと友人らしき人々と映る千晶にちょっとした掲示メモで、最下段は桜と入学式の立て札の横に立つツイードのセットアップ姿の千晶とやっぱり猫だった。
*
慎一郎の交際範囲が広がって面白くないのが、もう一人。センター模試を終えたばかりの弟が兄のマンションに立ち寄ったのはいいとして、
「おばさんまた居たの」
開口一番がこれ。千晶は自分のこめかみが痙攣していないか手を当てて確かめた。
「直嗣、やめなさい」
兄が自分を窘めるのも弟は気に入らない。
「ご挨拶じゃない。おばちゃんなんて言う子にはおやつ抜きだね、お茶くらいは淹れてあげるけど」
「ふっ、俺が淹れるよ。アキは直嗣のを見てやってもらえるかな」
「兄さん…?」
「俺はもううろ覚えだから、聡明なお姉さんに聞いて」
「どういうこと、おばさん浪人してんの」
「いいからさっさと出しな、クソガキ」
ダイニングテーブルの上に靴(※マンションは土足です)を載せる勢いで千晶が言い放つ。(暗)温室育ちのもやしっ子はそれだけでしなしな。
「ひっ…兄さん…」
弟が縋るような目で兄を見るも、その兄は澄ました顔でキッチンへ行ってしまった。千晶に顎で促され、おずおずと席につく。
更に千晶がテーブルを爪で叩いて急かすとおびえたように用紙を広げる。
「ちょっ…まっ…」
「返事は『はい』だけ、いいね?」
「は…はい」
「今日はケーキがあるからね、食べたいだろ」
「はい」
兄は二人に背を向け肩を震わせる。ノリノリな千晶に、押されっぱなしの弟。無自覚ボンボンな弟にはいい刺激だ。
千晶は面倒くさそうにムチとムチとアメを使い分け見てやる。憂さ晴らしじゃないよ、愛のムチ。
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