Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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徒然

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 ちょうど双子が千晶から一週遅れで退院したところだった。
 実家の玄関前で深く頭を下げた慎一郎の首に、父親は腕を廻し――ヘッドロックをかけ、頭をわさわさと撫でまわしただけだった。シャベルの出番6フィートアンダーを期待していた千晶の兄は、実につまらなそうにじゃれ合う二人を眺める。

「…ジジィはチョロいな。千晶は誰の事だか知らないけれど『あいつ許さない首絞めてやるー』ってさ」
「……」
「女は加減を知らないから怖いよねぇ、もっと怖いのは、俺はまだ千晶が本気で怒ったところをみたことがないってことさ、HAHAHA」

 兄のジョークに父親も微笑んでいるが、慎一郎はここで笑ったら埋められると神妙な顔で頭を下げ直す。
「まぁ、今はそんな力も残っ、――って、寝ぼけて一撃くらいはあるかもな、油断するなよ」
 シャベルを片手に持ったままの千晶の兄は、ひとしきり笑ってから真顔になると、経過を淡々と説明し始めた。


「んあー」

 玄関で立ち話をする男三人の元へひよがやってきて慎一郎の足をしっぽで叩く。目線はお土産の紙袋だ。慎一郎が中身を見せると満足そうに足もとをぐるっと回る。
 
「ひよもチョロいな」
「ミミは現金だね、誰に似たんだか。ささ、あがって」
「ミミ?」

 ひよはオスだろうと慎一郎が目線で訴えると、兄は気にするなと手を振った。子供のものはまだ必要ないといわれたので、素直に食べ物と猫のものを買ってきた。父親に手渡すと、ひよはすかざす父に強請る。
 千晶はあえて新生児用のものを買わなかったそうだ。そこにどんな意味があるのか。慎一郎が必要なものは手配すると申し出ると、兄はそのときは頼む、――ウチは狭いからな。と、板の間を占拠した二人乗りの木馬をこづいてみせた。


「まだ使うってとっといたんだと、ウチの親父のアレだからさ」
「ふっ、お元気でなによりです」
「宮参りの頃にはアレが着られるさ。親父が包まってたやつだと。替えもあってちょうど二枚ずつでぴったりよ」

 兄も、千晶も、弟も着たというその産着。少し黄ばんだそれに、慎一郎は手触りを確かめるよう触れた。ひんやりとなめらかで、触れているとじんわりと温かくなる。
 わざわざサイズの合っていないスクールジャケットを、父親、またはその父の父のだと言って誇らしげにきていた友人を思い出す。

「ちょうど寝たところ、そっとな、起こすなよ」
 慎一郎は足音を立てないように板の間を通り、茶の間の隣を覗く。布団に千晶と双子と黒猫とごちゃまぜになって眠っていた。猫が庇っているようにも見えた。
 足元をひよがくぐりぬけていく、猫は千晶らのにおいを嗅いでから赤子の背の横で香箱を組んだ。赤子はベビーカラーのフランネルで簀巻きにさてれいた。

 慎一郎はしばらく眺めていた。

***

「トド君なら子供が18歳になったその日に家裁へ申し立てする必要のない名を挙げると信じているよ」

 兄が明日までだからと、こたつの上の紙と投票箱を慎一郎へ寄せる。さっきの『ミミ』発言でわかっただろう、父親も頭がアレなんだ、と親指で外を指す。彼は木を植えようとショベルで庭先に穴を掘っている。
 以前、千晶の弟も姉より名づけのセンスがひどいのが父親だと言っていた。

「そういえばレオさんて…」

「今を遡ること28年前、とある地方の片隅でそれはそれは可愛らしい男の子が誕生しました。時は4月8日、桜の咲きほこる夜のことでした。父親になったばかりの男は――っと違った。
 ある若い夫婦が夜桜見物に出かけた帰りのことでした。田んぼ道を手を繋いで歩いていると、突如空に光が、ついで音と熱が。思わず身を伏せた二人が再び立ち上がると、そこには煤けた何かが。確かめようとおそるおそる近づくと――」
「桜って、まさか」
「そのまさかだよ、しかも姓は高遠、源氏名かよ、母方の姓だって望月だから僅差だな」

 関東信越圏に縁のある人ならば高遠と聞けば高遠城址公園を思い浮かべるだろう、桜の名所で有名だ。高遠は『たかとお』とふりがなをふる、千晶の父方は『たかとう』つまりは傍系である。

 さらさらと兄が巧に筆を走らせた。『桜夜』それから上に高遠と望月と加えてみせる。

「……」 
「幸いにも頭に花が咲いたのは父親だけだったので最悪の事態は回避されました」
「……」

 意外な人が信じられないような名づけに走ることはままある。誰か止めなかったのか、そう喉まで出かかったこともある。
 彼もまた自分の名を感謝ともに語ってくれた。風薫る5月生まれ、名の音は親から、漢字は市長から、姓は市長の妻の旧姓から。
 それなのに。
 花が咲くのは普通母親のほうだと聞くが、拾い子設定の前で突っ込むのは野暮だろう。
『万理』ひねりすぎたきらいはあるが、第一子ならば許容範囲か。兄も正しく読まれないことがかえって便利だと笑った。

「それから5年半後、男の子に妹ができました。9月、秋だからアキコ。玉のような男の子は賢く育ったので秋子から千晶にまでもっていかせました。さらにその10か月後、弟も誕生しました。万千とくれば百、父親は閃きます。ひゃくたろう」

「ブフォ」桜茶の花びらが鼻の奥に張り付いた。慎一郎26歳、飲み物を本気で吹き出しそうになったのは生まれて初めて。

『高遠 百太郎』 兄がまた筆をとる。弟の顔を知っているだけに、達筆さと相まって絶望的なインパクトだ。

(ああ、いつか『ももちゃん』ってよんでたのはそういうことか)

「男の子と母親は説得しました、弟は7月生まれ、万理は万里にも通ず、兄は空と地を、弟は海にあまねくようにと『七海』セブンシーズ

 こじつけのような命名理由だが弟本人は気に入っていて、名前の件だけは兄に感謝している。女みたいと言われても揺るがずにいられたのは兄姉の存在があったからだ。
 今のところ父親は突飛なひらめきを主張していないし、千晶は千晶で自分のセンスが太郎花子レベルでどうしようもないと分かっているのが救いだ。但し、油断はできない。

「な、わかるだろう。この憂いが」

 深く頷いた慎一郎は背筋を伸ばして紙に向き合った。 
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