Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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願わくは

最終話.犬もクリームにありつく(everything's come up Roses)

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 年が明けて新年祝賀会。年に一度は顔を出しておけと慎一郎の父。放っておいてくれればよいものを、粗忽な態度を隠さない千晶をよく表に出す気になったものだ。
 
「すげぇ、一ミリも似合ってないね」
「…私もそう思う、今年もよろしく」
「俺も来年は羽織にしようかな。直は袴でさ。そうしたら次からは洋装でって言ってくるだろ」

 新年の口上より先に千晶の附下姿をこき下ろす直嗣、と、否定しない男。千晶も着て楽しいみたいのと晴れの場に出るのとは別である。

「…来年は動きやすい服でも構わないか」
「あら、聡子のを直しにだしてるのよ」
「見慣れたら気になりませんよ」
「君飾らざれば臣敬わず、のう?」

 三箇日が仕事だったので合間にきれいめのワンピース姿で挨拶に寄っただけ、千晶の着物姿を初めてみた慎一郎の父もこれだ。見立てた慎一郎の祖母と母もこれ以上どうにもならないニュアンスである。留めの祖父もなんのフォローにもなっていない、もはや罰ゲーム。

「…もう静養中でいいのに」
「働いてんのにそれはないだろ」
「生ある存在だと知られればそれでよいのですよ」

 ベイエリアを望むホテルの広間には関連企業に主だった取引先の面々が集まる。
「本年もこうして皆様方と新年を迎えられたたこと感謝いたします」
 挨拶に乾杯、そして来賓と傘下企業のスピーチが済むと、再び当代がマイクを取った。
「さて皆さま、私事ではありますが長男の慎一郎がようよう妻をもちまして、私共同様どうぞよろしくお頼み申します。これで息子も一層勤めに精進してくれるものと信じております」
「公私共々充実したものとなるよう邁進してゆきますのでどうぞよろしくお願い致します」
 イレギュラーな報告も千晶は修行中の身で当面表に出る予定はないとも根回し済み。父親に続き、慎一郎が手短に型どおりの台詞を述べると、千晶はゆったりと会釈をした。
 
 千晶の前評判は決して良いものではない。毒婦にしてやられた慎一郎に藤堂家がやっと引導を渡した話である。
 ただ、直接対峙すれば不思議と鵜目鷹の目も和らいだ。隣に立つ隙のない男を前に、あげつらう気が削がれたといったところか。

「慎一郎くんは如才ないと思っていたんだが、これで一安心ですな」
「ええ、愚息にはもったいない位の嫁でしてね、これからも手綱をしっかりとってくれるでしょう」

 それでも慎一郎や父祖父の姿が見えなければ、言ってくるものはいる。どこぞのご令嬢でないことや、若くもないことに加え、名前だけ紹介された千晶は(雇われて)働いているらしい、おまけに慎一郎と同じ大学、いや弟と同じ研究室だのとの誤解も混じり、女だてらに可愛げがないという訳だ。

「お忙しくされているようで、いつでもうちの娘を使ってやってください、必ずお役にたちますよ」
「お気遣いありがとうございます。藤堂にしっかり伝えておきます。若手は何人いてもいいですものね」
「兄が――「保科さん、こちらにいらしたんですか、聞きましたよ――」

 隣に立つ直嗣もやんわりと釘をさそうとすると、大叔母がそっと割り込んで話題を変え、そのまま連れ去っていった。千晶たちは軽く頭を下げる。


 さて、千晶も腹をくくったのか。三食昼寝付きよきにはからえで過ごすことに抵抗のない千晶が仕事を続けているのは意外だろうか。
『私は私でもう少し』
『うん』
 千晶がそういうと慎一郎はただ頷いた。何がもう少しなのか、引き籠らなくていいのか、そんなことは問わなかった。慎一郎も妻役が望まれる役目を理解している。
 藤堂家の事業は彼の父で六代目にあたる、目まぐるしく変わる世界で存続できているのは手堅さと大流から一歩離れ飲み込まれずにきたからだ。次代の彼が見切っているのもは多い、ご婦人方の社交もその一つだ。もとより独身を貫く予定で、そのための布石は打ってきた。だが、いざ妻帯となると周囲の期待は高まる、強い閨閥(妻側の人脈)を嫌った親族も、表には出ずとも家の采配位は担ってしかるべきと。なにしろ公にはしていないが、慎一郎の母は一昨年旧姓に戻った。その前年前々年に父母が相次いで他界、今は生家を末の妹とその娘とで守っている。伯母も既に他界、祖母は高齢、引継ぎは急務である。

 千晶もどうあるべきかわかっていた。私が努力すれば、私だってやれば――そんな自己犠牲と使命感に燃える千晶ではなかった。上つかたのごりょんさんともなると大変ですねーと他人事――無作法な私では及ばず、どうぞ皆様方のお力を、としれっと巻き込んだ。人にうまく押し付――任せ、最小の労力で効率よく結果を引き出す才は慎一郎より上だと思われる。流されているようでたおやかに向きを変えていく。

 むしろ腹を括らされたのは周囲のほうかもしれない。

 結果直嗣も、その彼女――商社勤務を年末で辞めて花嫁修行へ(直嗣が拝み倒して先に籍は入れた)年商数千万の群馬の造り酒屋の娘、デートは割り勘だった――も、そしてその親世代も、子世代も、縁戚も、各々が出来ることを、慣習を伝え、新たな価値観を築いていくことに決めたのだった。



「おばさん、無理すんなよ」
「ありがと、意外と平気なもんだね、卑屈になるにはとうが立ち過ぎちゃったかなー」
「元からだろ、ったく兄さんも物好きだから」

 副幹事も長女は引きこもり次女はホストにハマってるから必死なんだよと直嗣は意外と事情通。なんでも言いやすそうなキャラだけに色々耳にしているらしく千晶が大変だよね、と頷くとあれこれとネタが出てくる。直嗣も本来は余所の事情に興味もなく口は堅いのだが、千晶相手だとつい緩んでしまう。
「ってか目の保養がさー」
「あぁ。ここの旨いから今日は舌を満たしなよ」
 そして隙あらばテーブルの上のデザートを口にする甘党の直嗣、千晶は慣れない和装で喉を潤すのが精一杯。

「直、悪い」
「いいよ、別に。おばさんには借りがあるしね」

 慎一郎が戻ると直嗣は休憩しよと去っていく、変わらず社交の場は苦手だ。そんな彼も半年後は彼女とのお披露目が控えている。

「直嗣さんも頼もしくなってきたね」
「ああ、うかうかしてられないね」

 どこか嬉しそうな慎一郎と直嗣の後ろ姿を、千晶は今日も生ぬるい目で見比べる。そして横目でにやりと口角を上げた口に、慎一郎はクリームパイの端を放り込む。


「おめでとう。どこに隠してたんだね、もっと早くに紹介してくれたらよかったのに。何だかんだで10年以上のお付き合いだとか」

 そこへまた一人、娘をねじ込むつもりだった某頭取がちょっぴりつついてきた。当の娘はその気がなかったとは直嗣の情報。

「ええもう10…2…5?年、お恥ずかしながら私の不甲斐なさに三度も逃げられまして」

 三度目は引き分けだったかな、と軽く同意を求めるよう微笑みを向けられ、千晶は手にしていたグラスを落としそうに――なったのを悟られまいと、ゆったりと首を傾げながら微笑み返した。

 そのわずか一瞬の反応を見逃さなかったとばかりに、千晶の隣の男は「これも引き分けかな」と畳みかけ満足そうに笑みを深めた。

  ――人生は上々だ。

 彼は自分の手の甲にクリームが付いているのに気づくと、ぺろりと舐めた。

 
[完]






 見つけてくれて、読んでくれてありがとう。
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