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第1章:第三迷宮【アネモイ】

追放されたけど、魔神を討伐する

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 魔神イフリートとの戦いは熾烈を極める。

 数多の爆音と地響き。一瞬の油断が命の終わりへと繋がる。

「———っ」

 ダインで巨大な魔法を切り裂く。

「貴様、一体どうなっている…ただの虫螻むしけらのはずだっ」

 イフリートの戸惑いに満ちた声が空間に響き渡る。

 高速で移動しながら、ステータスを展開する。

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名前:ワート・ストライド
種族:人族
職業:召喚士

HP:5000/2400 MP:5000/1000

攻撃力:8000/1000 防御力:4000/800
速さ:3000/1000 器用さ:3000/1400
賢さ:200/200 運:10/10

スキル:召喚Lv.4 (不能)
【契約召喚】【幻想召喚】

召喚中:ダーインスレイブ
装備品:ダーインスレイブ(魔力吸収)

称号:【神を殺すモノ】

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 HPとMPはイグニスとの戦いと同じ数値だが、それ以外の戦闘にまつわる数字が軒並み上昇している。

 特に注目すべきは攻撃力だ。イグニスの攻撃力が2000だったのに対して、目の前の魔神は攻撃力8000を誇る化物。

 幻想召喚によって自身のステータスをさらに書き換える。

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攻撃力:6000/1000 防御力:2000/800
速さ:7000/1000 器用さ:3000/1400
賢さ:200/200 運:10/10

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 攻撃力を防御力を落とし速さへ振り切る。

 イフリートの攻撃力ではどんな防御をしても、紙くずだ。防ぐよりは回避することに専念した方がいい。

 攻撃力も奴の防御力を上回る数値ではあるので、僕の攻撃は通る。

「【暴食一閃グラム】!」

 ダインに溜めた魔力を一気に放出する。

「グゥゥッ———」

 ダインの魔力吸収の特性を秘めた一撃は奴の魔力障壁を食い破り、胸元に大きな傷をつけた。

「これほどの力、いったい———貴様、まさか」

 イフリートが何かを言いかけた瞬間に、ラクスが生み出した巨大な炎球が直撃する。

「ナイス、ラクス!」

「何が魔神じゃ、図体だけデカイだけではないか!私の方がよっぽど強くて、偉いわ!」

 目の前の巨大な神に何を張り合っているのかは、謎なのでスルーする。

 神と闘う時だけ、ラクスのステータスが僕を下回る。だけど、彼女にはそれを補ってあまりあるほどのスキルがある。まだ奥の手を隠しているみたいだけど。

「鬱陶しい羽虫どもだ…」

「その羽虫にお前は殺されるんだよ———【契約召喚】レーヴァテイン」

 スキルを起動し、もう一本の相棒。レーヴァテインを召喚する。魔法陣から現れた柄を握り締め、引き抜く。

 これまでこの瞬間に大量の魔力が消費されたけど、今のステータスでは何ら問題ない。

『次は魔神ですか———聖剣として戦い甲斐がありますね』

「そう言ってもらえると嬉しいよ。いこう。ダイン、レーヴァ。」

『おうよ!』『はい!』

 二本の剣を携え、魔神に立ち向かう。

 数多の魔法を切り刻み、幾度も魔法障壁を破壊する。

 血が沸騰し、意識が先鋭化されていく。一秒が圧縮され、瞬間にも無限にも感じられる。

 夢中で剣を振るう。

「ハァッッ!!」

 ダインで魔法障壁を切り裂く。

「レーヴァっ!」

 圧倒的火力をもって、魔神の肉を断つ。

「この羽虫がぁああ!!!」

 イフリートの巨大な拳が振り下ろされる。当たれば一瞬で終わる。僕の脆い体なんて、抵抗もなく潰され、魂は永遠にこのダンジョンを彷徨うだろう。

「させぬぞ!————起源魔法:魔水蒼壁」

 セイレーンと似た水の障壁が一瞬、イフリートの拳を遮る。

 ———この一瞬で、十分っ!

 わずかな隙で拳の攻撃範囲から逃れ、壁を蹴り上げ、拳へ乗る。

「貴様ぁ!神である我の上に乗るというのか!」

「何も守ってくれない、何かを奪おうとする神なんて———っ」

 僕を捉えようと反対の腕が伸びてくるが、腕を蹴り上げそれをかわす。そして———。

「【暴食炎滅グラム・レーヴァ】!」

 聖剣から繰り出される巨大な斬撃。イグニスの時よりもさらにダインの能力を纏った一撃は、最も容易くイフリートの腕を切り落とす。

「————貴様ぁああああああ!!」

 神の怒りに触れ、イフリートから発せられた膨大な魔力に体が持っていかれる。

「ワートっ!」

 中空を吹き飛ばされた僕をラクスが捕まえた。彼女の魔法によって足場を作り、そこに降り立つ。

「ありがとうラクス。さっきの魔法は?」

 まるでセイレーンみたいに、と言いかけ、ラクスが僕を遮る。

「言いたいことはわかっておる。私の魔法は特別でな…どんなものも再現できるのだ」

 彼女の持っていたスキルの能力なんだろう。

 気になるけど、神が使っていた魔法を再現できるってだけで頼もしい。この際気にしない。

「さて———あれをどうする?」

 怒りに身をまかせ、大量の魔力を放出しているイフリートを見据える。

「そうだね…ラクスの攻撃で揺動して、僕の一撃でトドメってのが一番スムーズだと思う」

「しかし、あれほど巨大なモノを切れるのか?」

 高さ十数メートルある魔神。もはや巨人とも言える。

『正直、難しいだろうな。さっき同様、腕を切り落とすのが精一杯だ』

 相棒からの返答。

『悔しいですけど駄剣の言う通りです。体の表皮に展開された強固な障壁を突破するとなると、あの規模の攻撃が限界です。それに———』

「初めに付けた胸の傷が治ってる…」

 イフリートの胸の傷は、次第に回復している。流石に腕は修復できないみたいだけど、長期戦は控えた方がいい。

「イグニスのように両断はできそうにないね…」

「む、思いついたぞ」

 僕の一言にラクスは何か気がついたようだ。

「どうしたのさラクス」

「私にまかせておけ———ゴニョゴニョ」

 ラクスは思いついた作戦を僕に耳打ちすると、すぐに後方へと下がっていった。

『で、どんな作戦だ?』

『相手は魔神だし、念話も傍受される可能性がある。ここは僕に任せてよ』

 ラクスと同じように相棒に伝えると、足場を蹴り上げ、中空へと飛び上がった。

「ラクス!」

「うむっ」

 次の足場が形成される。

 その足場を蹴り上げ、また中空へ。ラクスの魔法によって足場を高速で作りあげ、空中を駆けていく。

「人間め———人間めぇぇえええ!!」

 怒りによって我を失ったイフリートはむやみやたらと魔法を発射する。しかし、先ほどまでと違い、指向性を持たない攻撃は脅威とはならない。

 魔法の雨の中を駆ける。

「消えろぉぉおお!」

 拳が振り下ろされるが、相手は手負い。その拳は俊敏さを欠く。

「甘いよ魔神!」

 イフリートへと飛び込むと、目の前に数多の魔法障壁が生み出される。魔神と言えど、腕を切り落とされたことがよっぽど気になる用だ。

「ダインっ!」

『おうよ!』

 ———【暴食一閃グラム】。

 生み出された暴食の王は、魔神が生み出した魔法陣を一瞬で食い破っていく。

「—————っ」

 音にもならない雄叫びが鼓膜を揺さぶる

 しかし、障壁は無くなり、目の前には巨大な魔神のみ。

 ————開けたっ!

 中空でダインを手放し召喚を解除する。そして、左手に持ったレーヴァの柄を両手で握り締める。

「ハァァアアアア!!!」

 幻想召喚の能力で攻撃力をさらに高め、魔神の左胸にレーヴァを深々と突き刺した。

「グゥ…この程度の攻撃でっ!」

「いや、これで終わりじゃ」

 ————『起源魔法:無所転移』

 その瞬間、ラクスの澄んだ声が響き渡った。遥か後方で控えていたラクス。しかし、突然、僕の真横に現れた。

「貴様っ———」

「『起源魔法:冠位炎獄』」

 彼女の掌に浮かんだ紅の炎球が、レーヴァの柄に触れた。その瞬間、レーヴァにその炎球が吸い込まれ、炎の脈動は剣を伝わり、魔神の中へと流れ込んでいく。

 魔神の体が大きく脈動すると、レーヴァを引き抜きその場を離脱する。

 次の瞬間———魔神から炎が吹き溢れた。

 身体中で無限の炎が荒れ狂い、動脈を、骨を、神経を、内臓を、全て蹂躙する。炎が体の至る所から吹き出す。

「ガァ———アァァッ———き———さ、ま———ら———アァァッ」

 意味をなさない断末魔。

 そして———炎獄は魔神の魂をも食い尽くした。

 踠いていた魔神は膝を着き、崩れ落ちた。断末魔が無くなり、生き絶える魔神の骸だけが残る。

「終わったぁ…」

 ———ドサッ

 魔神の命が尽き、体が魔力へと変換されていくのを確認したら、一気に力が抜けた。

「流石に、今回は私も疲れたぞ…」

 ラクスも隣に寝転がる。

『まさかあんな方法で殺るとはな———そりゃ、作戦を言わないはずだ』

「ワート!あれは流石にダメじゃないですかっ!?」

 人化したレーヴァが僕へと抗議してくる。

「だ、だって…作戦教えてたら絶対にレーヴァ、嫌がるじゃないか」

「当然です!何を好んで、あの魔神に突き刺されないといけないんですか!」

 どうも剣たち曰く、切るときは一瞬で良いらしいけど、突き刺すと感触が伝わってくるから気持ち悪いらしい。

 特にレーヴァは何かかと、突き刺されるのを嫌がる。

「この駄剣にすれば良いじゃないですか!」

「その場合じゃと、私の魔法にダインが耐えきれんのじゃ。そこで炎の聖剣であるお前の出番じゃ。牛乳女うしちちおんな

「も、もう我慢できませんっ。この吸血鬼、今すぐに退魔エクソシストしてあげます」

『相変わらずうるさいなまくらだなぁ。せっかく魔神を殺したんだぞ?ちょっとはこの二人を休ませろ』

 今だけは全力でダインに同意だ。

「とにかく疲れた…ん?」

 ゴロンと地面に寝転がると、頭上から光る物が落ちてくることに気がついた。

「なんだろう…」

 体に鞭打って立ち上がり、光るモノの元へと歩く。うまくキャッチすると、それが何かわかった。

「————魔石だ」

「どうやら、セイレーンの魔石のようじゃの」

 ラクスの顔が手元を覗き込んだ。

 セイレーンの操った水と同じ色の透き通った青に輝く魔石。

「そっか…彼女の———」

 イグニスの魔石をポケットから取り出し、二つを両手で近づける。一瞬だけ、二つの石は呼応するように輝いた。

「これって…」

「二人とも元は神だ。魔石になっても魔力同士が呼応し合っているのだろう」

「そっか」

 二千年ぶりの再開がこんな形になってしまったことは、悲しけど、永遠に離れ離れになるよりは良い。

「ん?セイレーンの魔石があるってことは———」

 そう思い、イフリートがいた場所まで歩く。奴の体全てが魔力へと変換されたけど、その場所に漆黒に輝く魔石が落ちていた。

「これがイフリートの魔石…」

 セイレーンとイグニスとは別に懐にしまっておいた。
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