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第1章:第三迷宮【アネモイ】

追放されたけど、幼馴染と再会する

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 【高天原《たかまがはら》】から地上に転移すると、リードの町の郊外にある森の中にいた。そこから、強大な魔力を感じ取り、急いで街へと向かう。

 そして———。

「お待たせ——————カナミ」

 巨竜が吐き出した魔力光を切り裂き、久方ぶりの幼馴染に再会する。

「え…?」

 いつも違い、少し幼い表情を返すカナミに、少し笑う。話したい事はたくさんあるけど、今はそれどころじゃない。

「ラクス、あいつの相手をお願い!」

「承知じゃ————久々のドラゴン…血が高ぶるぞ!」

 獰猛な笑みを浮かべる、吸血鬼の少女。彼女の魔力が感情に呼応して帯電し、荒々しく吹き荒れる。

 一旦、この場を彼女に任せて、離脱する。

「カナミ、大丈夫?怪我はない?」

 少し離れた場所に彼女を下ろし、少し体を確認する。どうやら、大怪我は無さそうだ。

 一方で顔には、驚いているのか、なんだか感情を読み取れない表情が浮かんでいる。

「だ、大丈夫…?」

「え、えぇ————あなた、本当にワート?」

 カナミから出てきた予想外の質問に、少し戸惑いを覚えながら、頷き肯定を返す。

「よかった…。以前と、なんだか雰囲気が違うから」

 その言葉に合点がいく。

 パーティーを抜けて一ヶ月ほど。色々なことが有りすぎて気が付かなかったけど、僕だって、少し変われたようだ。

 僕が驚いているのを見て、今度はカナミが笑う。そして、首を横にふると、

「違う———貴方はいつだって同じ。私が見えていなかった、だけなのかもね」

 なんだか一人で納得しているカナミを他所に、周囲はどんどん騒がしくなっていく。

 こちらまで上機嫌なラクスの笑い声が聞こえてくる。

「いいぞ、いいぞ!さすが竜王じゃ、本調子の私をここまで楽しませるのだからな!」

 見たこともない規模も起源魔法を連発しながら、竜王と呼ばれるドラゴンと戦いを繰り広げている。

「あの子は…?」

「ラクスって言って——————ンヒィ!?」

 思わず変な声が出てしまった。

 か、カナミが怒っている。それもとびっきり、猛烈に、この世の物とは思えないほどに怒っている。

「どうしたのかしら、ワート?」

 表情も雰囲気も先ほどと変わらない。でも、彼女が凄まじく怒っている事は理解できる。これは、本能というか、経験というか、生存本能かもしれない。

「あとで、彼女のこと、紹介してね?」

「は、はい…」

 なぜか、気圧される。この状態のカナミには勝てた試しがないので、このままスルーする方向で行こう。

 一人脳内会議を済ませて、立ち上げる。

「カナミはここで休んでて。僕はあいつを倒してくるよ」

「何言ってるのよ!ある程度戦えるからと言っても、貴方は————」

 そう。僕は召喚士だ。

 自分一人では何もできない、誰かを、何かを頼ることを前提にした【召喚】スキルしか持たない、出来損ないだ。

 だけど、そんな自分に卑下するのはやめた。今はやるべきこと、そして、信頼してくれる仲間がいる。

「大丈夫。必ず守ってみせるから」

 腰に携えた相棒を引き抜く。

「いくよ————ダイン」

『へへ、ようやく出番かよ。神の次は、竜王ってか。相手にとって不足はねぇな』

 調子のいい相棒の言葉に笑みを漏らし、スキルを起動する。

「————【幻想召喚】」

 僕を構成する全ての能力を再分配していく。

 相手は鋼鉄の鱗を持つ竜王。生み出す攻撃は全て一撃必殺だ。奴を打倒しうるステータスを組み上げる。

 ステータスの書き換えが行われたことにより、蒼いオーラが体を包み込む。

「ワート、貴方…」

「カナミにはいっぱい話したい事があるんだ。だから少しそこで待ってて。必ず迎えにくる」

 そう幼馴染に伝え、笑みを浮かべた。

 そして黒剣を構え、戦況を確認する。

 周囲は開けた広場。一般人も何人か、その場から動けないでいる。まずは、戦闘に周囲の人が巻き込まれないようにする必要がある

「レーヴァ、竜王は僕らで片付ける!周囲にいる人達の避難をお願い!」

 後衛でラクスをサポートしていたレーヴァが戦いから離脱することを確認したと同時に、地面を蹴り上げる。

 一瞬で、竜王との距離を殺し、懐に潜り込む。一閃。

 堅い手応えが返ってくる。神をも殺した黒剣でも、竜王の鱗に傷を与える事はできないようだ。

「そやつ、尋常ではない硬さじゃ。私の魔法もいくつか試したが、一向にダメージが通らん」

 彼女の言葉を耳に入れながら、攻防を続ける。

 振り下ろされる爪を間一髪でかわし、カウンターで攻撃を入れるが、ダメージが通る気配は見えない。

「くそっ」

『引け、相棒!』

 ダインの言葉に直感的に反応して、後退した瞬間、先ほどまでいた場所が爆ぜた。

「魔力爆発じゃな。魔力を純然に爆発させただけの攻撃じゃが、古竜魔法で操られた魔力は通常の十倍ほど威力が増す。当たれば即死と思え」 

 ラクスの助言しに頷く。

 古竜魔法。原理はわからないけど、とにかく危険な魔法と言う事は把握した。

『あの硬さは厄介だな…。流石の俺様も刃こぼれしそうだぜ』

 言われてみれば、一度も刃こぼれした事がないダイン。ダインは吸収した魔力を自分に纏って、切れ味の強化や頑丈さを維持している。

「うん?ダインが刃こぼれするって事は、纏っている魔力量が負けるって事だよね?」

 竜王の攻撃を躱しながら、相棒に確認していく。

『あぁ。俺様の強さは魔力量×魔力質だ。今回はどちらかと言うと魔力質だな』

 なるほど。保有している魔力魔力量的には負けていないけど、その練り上げ方が悪いのか。

「いいこと思いついた———ラクス、援護をお願い!」

「了解した!遠慮なく突っ込んでこい!」

 頼もしい返事に背中を押され、竜王に向かって駆け出す。

 竜王の咆吼によって気圧されそうになるが、勇気を奮い立たせて走り続ける。

「ダイン、纏う魔力の練度をいつもより上げて!」

『それだと、保有している魔力が早く底ついちまう———いや、了解したぜ相棒!』

 僕の一言で全てを理解したダイン。

 これまでのダインは自分に貯蓄した魔力でやりくりして、自信を強化していた。

 だけど、ダンジョンで魔力保有量が増えた僕の魔力も使えるのなら?

「ハァッ!!」

 竜王の爪と黒剣が衝突する。衝撃波が走り、地面を揺らす。そして———竜王の爪が砕けた。

「よし!これなら———っ!?」

 追撃に出ようとした瞬間に、視界がぼやける。

『相棒っ!』

 強烈な衝撃が体を突き抜け、体が後方へと吹き飛ばされる。腹の底から血が上り、口から溢れ出る。

「————グ…ぅ」

『大丈夫か相棒!』

 い、今のは…一体…。

「自分の魔力をダインに回すなんぞ、馬鹿にも程があるぞ!」

 ラクスがこちらに駆け寄ってくる。

「もしかして…」

 膝を付き、朦朧とする意識の中ステータスを確認する。

————————————————————
名前:ワート・ストライド

種族:人族
職業:召喚士

HP:300/2800 MP:10/1200

攻撃力:2700/1700 防御力:700/1700
速さ:1600/1200 器用さ:1000/1400
賢さ:200/200 運:10/10

スキル:召喚Lv.4 (不能)
【契約召喚】【幻想召喚】

召喚中:ダーインスレイブ・レーヴァテイン
装備品:ダーインスレイブ(魔力吸収)
称号:【神を殺すモノ】
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「魔力枯渇じゃ、馬鹿者」

 自分の力を過信するな、とラクスから叱咤が飛ぶ。

「お主が神々と戦えていたのは称号のおかげじゃ。お主の素のステータスは、まだまだじゃからな」

 ラクスは魔法によって竜王を足止めしながら、僕に回復魔法を施す。

「…行けると思ったんだけどなぁ」

「ダインは、こう見えても神の魔法を吸収するほどの、貯蓄量と燃費の悪さじゃ。お主は後衛で———ど、どうしたのじゃ?」

 ダインを支えにして、なんとか立ち上がる。

 表現できない悔しさがこみ上げてきた。

 自分の力を過信していたわけじゃない。ただ———成長した自分に賭けたかった。その賭けに負けたと言うのがいいだろうか。

「……自分を通すんだ。僕は僕の意思と力で、前に進むって決めたんだ」

 神を殺すと決めた時の誓いを思い出し、言葉を絞り出す。

 カナミを守るって決めた。この街の人を救うって、自分で決めたんだ。だから、だから———っ。

 胸ポケットがあかく灯っていることに気がついた。

「これは……」

 僕が初めて倒した神。二千年、地下に眠っていた誇り高き竜神が残した紅色の魔石が、僕の思いに呼応するように、紅く脈動する。

 その時、『何か』が降りた。根拠も、理由もない。だけど、体が不意に、無意識に動く。

「———【幻想召喚】」

 イグニスの魔石に魔力を注ぐ。そして、魔石の輝きは限界へと達し———そして僕は。

「————【神召:竜神モード・イグニス】」

 神を、この身に【召喚】した。
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