上 下
26 / 31
第1章:第三迷宮【アネモイ】

【sideカナミ】街を守る

しおりを挟む
 眼前には————地獄があった。

 魔物によって街は破壊され、数多くの市民が、牙や爪の餌食となる。阿鼻叫喚が街中を包むこみ、世界の終わりが目の前にあるとさえ錯覚する。

「他の冒険者達はどこにいるの!」

「全員、街の外で防衛している!」

【アイシクル・ランス】。カナミの生み出した数本の氷槍が魔物たちを貫く。

 しかし、そんなものお構いなく、魔物達の進軍は止まらない。

 カナミは勇者パーティーの盾役であるラルクと共に、街の中にいる魔物の討伐を行っていた。

 魔物の大群が確認されて、一時間。街の防衛ラインはあっという間に超えられ、街の中に多数の魔物の侵入を許してしまった。

 アネモイダンジョンの52階層を攻略するために集まった優秀な冒険者達も、圧倒的な魔物に数に、一人、また一人と力尽きていく。

「勇者はどうしたのよ!市民を守るのが勇者なんじゃないの!」

 記憶に新しい大嫌いな勇者を思い浮かべる一方で、魔法を並列で発動し、凄まじい勢いで魔物を屠っていく。

「どうやら、竜王が来たようだ。優秀な戦力達は全てそちらに割かれてしまった」

「ちっ」と舌打ちをして、思考を巡らす。

 はるか北の山脈に眠っているはずの竜族の王、竜王が目覚めた。そして、原因はわからないが、このリードの町に向かっているのだ。

 この竜王と止めないことには、リードの街は壊滅する。しかし、それから逃げて街で暴れている魔物達を放っておいても、壊滅する。

 ———詰みかけてるわね。

 冷静に、俯瞰的にそう結論付ける。

 このままでは、街の壊滅は避けられない。しかし、どうやっても打開策が浮かばないのも事実だ。

 ———まだ、冒険者達が大勢集まっていたのが不幸中の幸い、か。

「一旦、ここの魔物は片付いた。市民の避難を行いながら、魔物を討伐していくぞ」

 ラルクの言葉に頷き、後に続く。

 ワートを探しにこの町に来たのに、気がつけばダンジョンを攻略しに来た勇者パーティーの面々と行動している自分に嫌気が差す。

 結局、町についてからワートがダンジョンで行方不明になったという情報しか掴んでいない。

 焦りと苛立ちを解消するように、魔法を発動する。

「結局、ワートは見つからず、か?」

「うるさいわね…ダンジョンで行方不明になってるんだから仕方ないでしょ」

 背中を預けたカナミから飛び出た驚きの情報に、ラルクは目を見開く。

「———そうか。それは…」

「大丈夫。ワートは必ず生きているわ。私が保証する」

「……そうか……お前がいうのなら間違いないだろう」

 彼には謝りたいことが山ほどある。そう呟き、ラルクは目の前の魔物を盾で殴打し、周囲の人々に防御魔法を発動する。

「相変わらず優しいのね。」

「ふん…。お前ほどではない。————あちらの広場が騒がしい。いくぞ」

 走って向かった先には、市民達の憩いの場であったであろう噴水の広場があった。しかし、その場には数多の魔物が蠢き、血の匂いで充満している。

「これは————」

「どうも、こいつら多少は知性があるようね…。人を殺して楽しんでる…」

 広場の中央には、見たことのないゴブリンが剣を掲げている。

『コロセ————コロセ————コロセ!!』

 ゴブリンが発する魔力に乗って、思考が流れ込んでくる。

「っ———アイツ、キングゴブリンね。それもかなり上位の個体のはず」

「あぁ、人語を話すゴブリン…噂には聞いたことがあるが、これほどまでに醜悪だとは…」

 キングゴブリンの指示に従って、取り巻きのゴブリン達が高らかに笑い声を上げる。そして————。

 水気を含んだ、ドスン。という音が響いた。

 ゴブリン達は、死なない程度に苦しめた人間を、手に持った棍棒であっという間にミンチにしていく。

「————殺すわ。アイツら」

「同感だ。これ以上、あのような行いをさせるわけにはいかない」

 どうする?とラスクが尋ねる。

「揺動をお願い。私が一気に魔法でカタを付けるわ」

 承知した、とだけ答えるとラルクは盾を構えて広場の中央へと駆け出した。

「【ディフェンス・アップ】」

 自信が発動した魔法によって、堅牢の防御力を誇ったラルクによって、ゴブリン達が蹴散らされていく。

「——————満ちる、充ちる」

 カナミは攻撃魔法の準備へと入る。

「——————破壊の支配者よ。我が呼びかけに応えよ」

 天に手を掲げる。そこに彼女の体内の膨大な魔力が収束していく。

「——————炎の戯れ、命の鼓動、終わりの天輪。深くて遠い。あかくて赫《あか》い。全てを溶かし、万象を無に帰せ!」

 完全詠唱による、炎系超級魔法。

「——————プロミネンス・コア!」

 巨大な赫灼の炎球。地獄の豪華を現界させたような、強大な魔法が、今、発動された。

 魔法の発動を感知したラルクは一瞬で、その場を退避し、周囲の命ある者達を守護する。

「グァァ?」

 ———着弾。

 その瞬間、広場があかく染まった。

 膨大な熱によって、何もかもが溶けて消える。水も、タイルも、魔物も、空気も、光も、何もかもを一瞬で蒸発させる。

 そして、全てを焼き尽くした炎は、何事もなかったかのように消え失せてしまった。

「やりすぎだ。馬鹿者」

「馬鹿とは何よ!仕方ないでしょ。あのゴブリン達ムカついたんだから」

「しかし、これだと修復が大変だぞ。町民達も困ってしまう」

 ラルクの言葉に広場を見ると、そこには何もなかった。あるのは焼きついた地面だけ。

「————確かにやりすぎたわ…ごめんなさい」

「お前は以前から、キレると無茶苦茶な魔法を————下がれ!」

 とっさの判断でカナミを抱き抱え、その場から離脱する。

「————っ!?」

 さすがに気配察知に疎い、カナミも気がついた。頭上にある巨大な魔力反応。これは———。

「どうして、ここに竜王がっ!」

 巨大なドラゴンが広場に着地し、街を揺るがす咆吼が響きわたる。漆黒の鱗に、金色の相貌を煌めかせ、目の前にいる二人を捉えた。

「グランや、他の冒険者が外で戦っていたはず————」

 そこまで、言いかけたラルクは何かに気がついた。竜王が何かを持っている。ラルクの視線に気がついた竜王は、手に持った何かを、二人の前へ放り投げた。

「グランっ!?」

 装備の至る所が破壊され、血塗れになった勇者グラン。胸には大きな傷跡を残し、手に持った剣は砕け、武器としての機能を失っている。

「———ぐぅ…。く、そ…」

 グランの呻き声が広場に響いた。

 カナミが知っている中でグランは、かなり上位に位置する力を有している。勇者のスキルによる多彩な攻撃と、凄まじい戦闘センス。

 加えて、天界の神々の祝福もあり、これまでの旅で、彼がここまでボロボロになる姿は見たことがなかった。

「どいてください!」

 誰かが後ろから二人を押しのけて、グランに回復魔法をかける。

「アーシャ…」

 必死な顔でグランを治療する聖女であるアーシャ。彼女はグランにべったりであり、こんな瀕死のグランを初めて見たことで、少し焦燥している。

「外で一体、何が…」

 ラルクの呟きに、わずかに回復したグランが口を動かした。

「ぜん、めつ————」

 全滅。外に控えていた歴戦の冒険者達や勇者のグランを持ってしても、この竜王には敵わなかった、ということだ。

 目の前の竜族の王は、魔力を迸らせる。

 どうやら、のんびりしている暇はないようだ。

「あいつ。攻撃の準備に入ったわよ…。あの魔法————もしかして…」

 見たことのない魔法陣を展開する竜王を見て、カナミの中に一つの記憶が蘇る。

「————古竜魔法。確かに、あんなもの使われちゃ、勇者だって敵わないわね…」

  古竜魔法とは、古の竜族のみが使用できる魔法だ。

 一般的な人間が使う魔法よりも圧倒的な効率を誇り、わずかな魔力の消費で、強大な魔法を生み出せると言われている。

 ———これは死んだわね。そう直感した。

 竜王は、魔法を完成させた。

 先ほど自分が放った魔法の数倍は巨大な古の魔法。魔法を使うカナミだからこそ、わかる相手の強大さ。

 最後の抵抗と、自分のありったけの思いを心に宿す。

 ———ワートに会いたかった。

 ———ワートと一緒に過ごしたかった。

 そして、彼と一緒に幸せになりたかった。

 押し寄せる魔力の奔流に、その思いすらも流されそうになる。しかし、この程度に負けない。負けたくない。

 ———生まれ変わって、絶対に会いにいくから。

 魔力の熱によって意識が薄れていく。

「さようなら————ワート」

 突然———懐かしい気配がした。

「お待たせ——————カナミ」

 見覚えのある燻んだ金髪、優しい笑み。

 そこには、待ち焦がれていた————恋い焦がれていた彼の姿があった。
しおりを挟む

処理中です...