愛は全てを解決しない

火野村志紀

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10.十年前②(リディア視点)

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 セザール様がいなくなり、すぐに爵位を返上することにした。
 爵位がなくなれば、私と娘は平民となる。元々私は、小さいながらも商家の出身。この国の低位貴族は、平民との婚姻が認められていた。

 爵位の返上など、貴族にとって何よりも避けたいことだが、我が家は別だった。むしろメリットが多い。
 金の問題で頭を抱える必要がなくなり、周囲からも後ろ指を指されずに済む。

 男爵家は、平民からも嘲笑の的となっていた。
 セザール様は「貧乏人のひがみだ」と鼻で笑っていたが、無謀な事業を失敗したことが原因だった。

 私やセザール様はともかく、まだ幼いセレナが悪意に晒されることは堪えられない。
 返上に関しては、使用人たちからも意見が上がっていた。年々給料が少なくなり、彼らも転職したがっているのが、ありありと見て取れた。
 それでも私とセレナを案じて、屋敷に残り続けてくれた。

 平民となることに反対していたのは、セザール様のみ。
 由緒のある高貴な血筋云々と捲し立てていたが、デセルバートは今から七年前に陞爵しょうしゃくされた歴史の浅い家だった。

 そのセザール様も、もういない。私たちはすぐさま行動に移った。
 予定通り爵位を返上し、屋敷も取り壊した。その間、私とセレナは実家に身を寄せていた。

「あの男。馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、まさかここまでとは……」

 父は、セザール様の所業に愕然としていた。

「こう言ってはなんだけれど、その浮気相手に感謝しなくちゃね」

 私は母と同意見だった。
 自尊心が高いくせに、同じくらい責任感がない。せめて片方だけだったら、まだ対処が出来ただろう。
 その両方を併せ持ったセザール様は、デセルバート男爵家にとって最大の脅威だった。



「セレナ。お父様はお仕事で遠いところに行ってしまったの。寂しいけど、お母様と待っていましょうね」

 当主として夫として問題のある人でも、一児の父だ。
 まだ幼いセレナを悲しませないように、私は優しい嘘をつくことにした。
 けれど、

「ううん。おとうさま、かえってこなくていいよ!」
「えっ」

 セザール様は、父親ですらなくなっていた。

 そして両親の仕事を手伝い始めた頃、ある人物をうちで雇うことになっていた。

「リディア様!? それにセレナも……何故こちらに!?」

 セザール様の実兄、ライネス様だった。
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