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16.マドレーヌ様のお菓子
客がある程度少なくなると、マドレーヌ様は他の従業員に応対を任せて、レアンドル様と私を店の奥に連れて行きました。
「待っていてください、今お茶とお菓子をご用意しますから!」
「あ、あの、そこまでしていただたくなくても……」
「いえいえ、レンさんが連れて来たお客様なんですから、目一杯おもてなしさせてください!」
マドレーヌ様が機敏な動きで、テーブルに数種類のお菓子と紅茶を用意していきます。
紅茶が注がれたカップからはまだ湯気が立っているのですが、こんな短時間でどうやって湯を沸かしたのでしょうか……?
「いつお客様が来てもいいように、裏方専用の従業員が常にお湯を用意しているんです」
「そうなのですね……」
「それと当店はミルククリームが自慢なんです。シュー・ア・ラ・クレームだけでなく、エクレアも美味しいと評判なので是非召し上がってください!」
満面の笑みで勧められ、私はエクレアを口に運んでみました。
濃厚なミルククリームの甘さと、生地にかかったチョコレートのほろ苦さが口の中に広がります。確かにこれは若い女性に好まれそうな味です。
シュー・ア・ラ・クレームの方は、ミルククリームとカスタードクリームの二種類がたっぷり入っているとのことです。
「とても美味しいです。他のお菓子もいただいてよろしいですか?」
「勿論、どうぞどうぞ」
小さなサイズに切り分けられたチョコレートタルト、チーズスフレもよく味わって食べてみます。どっしりと重厚感のあるタルトと、ふんわり柔らかなスフレ。市井で食べるものとしては、どちらもレベルが高いです。
そして白葡萄のシャーベット。舌の乗せると甘酸っぱいシャーベットがゆっくり溶けて、細かく刻まれた果肉が姿を現します。……何て美味しいのでしょう。
「…………」
「レアンドル様?」
「いいえ、何でもありません」
レアンドル様にじっと見られていました。それも目的は分からないまま。私の食べ方に引っ掛かるところがあったのでしょうか?
「でも貴族のご令嬢だったんですね。道理でとっても美人さんだと思いました」
「ありがとうございます。それでマドレーヌ様はレアンドル様とは……」
「レンさんとは幼馴染みです。この人、子供の頃からうちの店の常連で、試作品を食べて辛口評価ばっかりしてたんですよ」
「人聞きの悪いことを言わないでください。正当な評価だったと思いますよ」
「ラピス様、この人に虐められてないですか? 何かあったら私に言ってくださいね!」
レアンドル様はマドレーヌ様には尻に敷かれているようです。私には幼馴染みという存在がいないので、少し羨ましく感じます。
二人のやり取りを眺めていると、レアンドル様が眉を顰めながら仰いました。
「まったく……もうすぐで式を挙げるんです。その時までには落ち着きのある女性になってもらわないと困りますよ」
「レンさんこそ、式ではその嫌味ったらしい言い方はやめてよ? 空気が悪くなっちゃうんだから」
「はいはい。善処しておきます。二人の晴れ舞台のためですので」
どうやら二人はそのような関係のようです。店の売上に貢献しようとする理由が分かりました。
「ところでラピス様、欲しいのもう決まっていますか?」
「はい。そうですね……ではシュー・ア・ラ・クレームと林檎のゼリーをお願い致します」
「かしこまりました! で、一応聞くけどレンさんは?」
「……私は葡萄の喉飴と、ドライレモンで」
レアンドル様は果実系のお菓子、それも甘さ控えめなのがお好みのようですね。どうせなら店の名物を買えと、マドレーヌ様に文句を言われていました。
王城に帰って来た頃には日は傾き、空は鮮やかなワイン色に染まりつつありました。
「レアンドル様、本日はありがとうございました」
「いいえ、私の方こそ無理を言ってしまいましたね」
「そんな……謝らないでください。美味しいお菓子ばかりでしたし、マドレーヌ様も素敵な方でした」
「そうですか。……では、最後にもう一つ頼みがあります。大変申し訳ないのですが、あなたのシュー・ア・ラ・クレームを私に譲っていただけないでしょうか? マリエッタ殿下に土産を頼まれていたのですが、私としたことがすっかり忘れてしまいまして……」
どこか困った様子でレアンドル様に、私は目を丸くしました。いつも真面目な彼がこのようなミスを犯すなんて意外に思えたのです。
「それは……いいですけれど」
「勿論、私の菓子と交換という形でです」
「でしたら、飴の方を」
「こんな不躾なお願いをしているのです。どちらも受け取ってくださらないと」
これは素直に受け取らないと引き下がってくれそうにありませんね。
「……ありがとうございます」
「こちらこそ。感謝致します」
……いいえ。感謝するのは私の方なのです、レアンドル様。
その翌日から再びレアンドル様との勉強会が再開しました。
どのお菓子も美味しかったと告げると、レアンドル様はどこかほっとした様子で「そうですか」とだけ一言。将来の奥さんとなる方のお菓子が褒められて安堵したのでしょう。
彼の新しい一面を見た瞬間でした。
そしてそれから数日後事件が起こりました。
いえ、これから起こるのですが。
リネオ様が私との面会を希望されたのです。
しかも何故か、エヴァリア様もご一緒されるそうで。
「待っていてください、今お茶とお菓子をご用意しますから!」
「あ、あの、そこまでしていただたくなくても……」
「いえいえ、レンさんが連れて来たお客様なんですから、目一杯おもてなしさせてください!」
マドレーヌ様が機敏な動きで、テーブルに数種類のお菓子と紅茶を用意していきます。
紅茶が注がれたカップからはまだ湯気が立っているのですが、こんな短時間でどうやって湯を沸かしたのでしょうか……?
「いつお客様が来てもいいように、裏方専用の従業員が常にお湯を用意しているんです」
「そうなのですね……」
「それと当店はミルククリームが自慢なんです。シュー・ア・ラ・クレームだけでなく、エクレアも美味しいと評判なので是非召し上がってください!」
満面の笑みで勧められ、私はエクレアを口に運んでみました。
濃厚なミルククリームの甘さと、生地にかかったチョコレートのほろ苦さが口の中に広がります。確かにこれは若い女性に好まれそうな味です。
シュー・ア・ラ・クレームの方は、ミルククリームとカスタードクリームの二種類がたっぷり入っているとのことです。
「とても美味しいです。他のお菓子もいただいてよろしいですか?」
「勿論、どうぞどうぞ」
小さなサイズに切り分けられたチョコレートタルト、チーズスフレもよく味わって食べてみます。どっしりと重厚感のあるタルトと、ふんわり柔らかなスフレ。市井で食べるものとしては、どちらもレベルが高いです。
そして白葡萄のシャーベット。舌の乗せると甘酸っぱいシャーベットがゆっくり溶けて、細かく刻まれた果肉が姿を現します。……何て美味しいのでしょう。
「…………」
「レアンドル様?」
「いいえ、何でもありません」
レアンドル様にじっと見られていました。それも目的は分からないまま。私の食べ方に引っ掛かるところがあったのでしょうか?
「でも貴族のご令嬢だったんですね。道理でとっても美人さんだと思いました」
「ありがとうございます。それでマドレーヌ様はレアンドル様とは……」
「レンさんとは幼馴染みです。この人、子供の頃からうちの店の常連で、試作品を食べて辛口評価ばっかりしてたんですよ」
「人聞きの悪いことを言わないでください。正当な評価だったと思いますよ」
「ラピス様、この人に虐められてないですか? 何かあったら私に言ってくださいね!」
レアンドル様はマドレーヌ様には尻に敷かれているようです。私には幼馴染みという存在がいないので、少し羨ましく感じます。
二人のやり取りを眺めていると、レアンドル様が眉を顰めながら仰いました。
「まったく……もうすぐで式を挙げるんです。その時までには落ち着きのある女性になってもらわないと困りますよ」
「レンさんこそ、式ではその嫌味ったらしい言い方はやめてよ? 空気が悪くなっちゃうんだから」
「はいはい。善処しておきます。二人の晴れ舞台のためですので」
どうやら二人はそのような関係のようです。店の売上に貢献しようとする理由が分かりました。
「ところでラピス様、欲しいのもう決まっていますか?」
「はい。そうですね……ではシュー・ア・ラ・クレームと林檎のゼリーをお願い致します」
「かしこまりました! で、一応聞くけどレンさんは?」
「……私は葡萄の喉飴と、ドライレモンで」
レアンドル様は果実系のお菓子、それも甘さ控えめなのがお好みのようですね。どうせなら店の名物を買えと、マドレーヌ様に文句を言われていました。
王城に帰って来た頃には日は傾き、空は鮮やかなワイン色に染まりつつありました。
「レアンドル様、本日はありがとうございました」
「いいえ、私の方こそ無理を言ってしまいましたね」
「そんな……謝らないでください。美味しいお菓子ばかりでしたし、マドレーヌ様も素敵な方でした」
「そうですか。……では、最後にもう一つ頼みがあります。大変申し訳ないのですが、あなたのシュー・ア・ラ・クレームを私に譲っていただけないでしょうか? マリエッタ殿下に土産を頼まれていたのですが、私としたことがすっかり忘れてしまいまして……」
どこか困った様子でレアンドル様に、私は目を丸くしました。いつも真面目な彼がこのようなミスを犯すなんて意外に思えたのです。
「それは……いいですけれど」
「勿論、私の菓子と交換という形でです」
「でしたら、飴の方を」
「こんな不躾なお願いをしているのです。どちらも受け取ってくださらないと」
これは素直に受け取らないと引き下がってくれそうにありませんね。
「……ありがとうございます」
「こちらこそ。感謝致します」
……いいえ。感謝するのは私の方なのです、レアンドル様。
その翌日から再びレアンドル様との勉強会が再開しました。
どのお菓子も美味しかったと告げると、レアンドル様はどこかほっとした様子で「そうですか」とだけ一言。将来の奥さんとなる方のお菓子が褒められて安堵したのでしょう。
彼の新しい一面を見た瞬間でした。
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