愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀

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 言いたいことも言ったので、リュカは満足して職員室を出た。
 途中、教師たちがいる前でうっかり側妃のことを漏らしてしまったが、かえっていい結果を生み出すかもしれない。
 正妃のはずだった公爵家の女が側妃。ブリュエットが何かやらかしたに違いないと思い込むだろう。
 そうなると立場が苦しくなるのは彼女だ。
 リュカも両親にこの件がバレるリスクがあるので、一種の賭けのようなものだが。

 職員室には生徒も数人居合わせていたようで、昼休みになるとブリュエットの件は学園中に広まっていた。

「殿下、ブリュエット嬢を側妃にするというのはまことですか?」

 案の定リュカの下には詳しい話を聞こうと、ジョエルを始め数人の友人が集まった。
 戸惑いの表情を浮かべる彼らを見て、この者たちだけには真実を打ち明けようとリュカは決めた。

「冗談に決まっているだろう、そんなことは」
「冗談? どういうことです?」
「ブリュエットは俺への態度があまりにも悪すぎる。なので他の女を正妃にして、お前を側妃にすると宣言したら、それを真に受けて勝手な行動を取り始めるようになっただけだ」
「なんですって!?」

 ジョエルは大きく目を見開いた。
 他の者も同じような反応を見せている。
 面倒な婚約者を持つ苦労を分かってくれたか……と思っていると、ジョエルからまさかの言葉が返ってきた。

「今すぐ嘘だと撤回した方がよろしいかと思います。ブリュエット嬢を本当に愛していらっしゃるのであれば」
「そんな馬鹿なことできるか。婚約者に頭を下げる王子など聞いたことがない」
「このまま自らの非を認めないことの方がずっと愚かです。ブリュエット嬢が本当に側妃になってしまいますよ?」
「そうなった時に困るのはブリュエットだ」

 ジョエルは誰に対しても優しい男だ。
 だからブリュエットを気遣っているのだろう。
 彼が将来、あの女に似た伴侶を持たないことを祈るばかりである。
 リュカが密かに友人の行く末を案じていると、ジョエルは小さく溜め息をついてから問いを投げかけた。

「ちなみに……正妃はどなたにすると仰ったのです?」
「ロレント男爵の娘だ。お前もエーヴという名を知っているとは思うが」

 リュカが答えると、ジョエルは側妃の件が虚言と知った時よりも驚愕の表情を見せた。

「よりにもよって彼女を?」
「ご、誤解だ。あれを正妃するつもりはさらさらない。エーヴが本来の側妃だ」
「たとえ側妃であっても、エーヴ嬢を王宮に入れるというのは……」

 ジョエルの意見に賛同するように他の者も首を縦に振った。
 その光景にリュカは次第に苛立ちを覚え始める。

「お前たち……この俺が誰なのか理解していないようだな。王太子に苦言を呈するとは不敬だぞ」
「……私はただ殿下のことを思い、無礼であると承知しつつ申したまでです」
「うるさい。俺の慈悲で成り立っていた関係も、本日で終わりだな。お前たちのことは二度と友と呼ばん。だがまあ、俺の目の前で跪いたら考えを改めてやろう」

 最後にジョエルたちを睨みつけて、リュカはその場を離れた。
 誰一人として追いかけて来ないのは、王太子を怒らせた恐怖で身動きが取れないからか。
 このまま友情が破綻してしまうのも勿体ない。
 広い心で、彼らが自分に頭を垂れる時を待つことにした。



 その一週間後、強情なブリュエットは本当に講習を開いたのだが、さらにリュカを驚かせたのは思わぬ人物が受講していたことだった。

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