愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀

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「えへへっ、今日はとっても楽しかったですよぉ! 魔法って今まで使えなくていいかもって思っていたんですけど、興味が湧いちゃいました!」

 ブリュエットの講習の翌日、エーヴは笑顔でリュカに昨日の出来事を話した。
 魔法に興味関心のない彼女は当初参加するつもりなどなかったが、講習の参加者には無料でカヌレが配られると聞いて考えが変わったらしい。
 焼き菓子に目がない彼女らしい理由である。しかしそれを聞かされてリュカは絶句した。

(この女は何も考えていないのか……?)

 自分が蹴落としたも同然の女が講師をやっているのだ。
 よく参加できたものだと、呆れを通り越して感心してしまう。
 その上、講習の参加者の大半は女生徒だったと聞いている。
 ブリュエットの件を抜きにしても、同性に敬遠されがちなエーヴには居心地の悪い場だったのではないだろうか。

「た、楽しかったのなら何よりだ」
「はい! カヌレがとっても美味しかったし、私も魔法を使ってお花を咲かせてみましたぁ! 今日持って来たお花がそれなんですよっ」

 エーヴは花瓶に活けられたピンク色の花を指差した。
 講習は最悪の空気の中で開かれただろうが、本人が何も気にしていないのが救いである。
 しかしリュカには気になることが一つ。

「ブリュエットは君に何か言わなかったか?」
「何かって何がですぅ?」
「そ、それはその……正妃だとか側妃だとか……」
「あ、私以外には聞こえないように小さな声で言われました。『妃教育頑張ってね』って」
「…………」

 リュカは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
 ブリュエットはいまだリュカと距離を取り続けており、妃教育も放棄したままだ。
 意地を張っているだけ、というのは長すぎる。

(まさか本気なのか? 本気で側妃に収まるつもりなのか……!?)

 あの女には自尊心というのがないのだろうか。
 それとも、側妃の椅子に逃げ出したくなるほど、妃教育とは過酷なのだろうか。

「ふふっ、私妃教育頑張りますからぁ」
「……期待しているよ」

 本人は張り切っているが、エーヴの成績は下から数えた方が早い。
 こんな頭の悪い女が、ブリュエットほどの女が音を上げるようなカリキュラムに耐えられるはずがなかった。
 だが正直にそれを言ってしまえば、エーヴを悲しませて最悪リュカの下から離れていく恐れがある。
 ブリュエットのみならず、エーヴまで。
 それだけは避けたいと焦っていると、

「リュカ殿下、王妃陛下がお呼びでございます」

 王妃専属のメイドからそう告げられ、リュカは目の前が暗くなったのを感じた。
 実の母親であるが、王妃とは親子らしいやり取りをしたことなど皆無だ。
 そんな彼女からの呼び出し。その用件は限られている。

 そして今一番可能性が高いのは、ブリュエットの件だった。



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