【一章完結済】五つ国物語

☆人

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第一話 始まりの一織り

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『布姫』は気が付くと、見慣れない部屋に寝かされていた。家具はベッドと作業机。壁にかけられた用途不明の道具。しかし、なんとなく懐かしい香りを感じた。
「(…そうか)」
ここは工の国──他の国では見られない特化した工業具が並び、飾りさえない機能性のみを追求した家具と間取り…その風景は昔、一度だけ見た父の部屋と似ていた。

「起きたか」
周りを見回していると、ノックもせずにドアが開かれた。
立ち上がり、確認すると予想通りに工の国王子ヒサギが立っていた。
「ヒサギ様…」
「途中で気絶するなんて、マジないわ。どっかの脳筋馬鹿みたいに俺に力があると思うなよ、無機物女」
『布姫』はうつ向き、絞り出すように謝ったが、あまりにも声が小さすぎて聞こえていないのだろう。ヒサギは親指で部屋の外を指した。
「ま、いい。ちょっと会わせたい奴がいるから着いてこい」





武の国同様に工の国の城も廊下が長い。部屋や窓の間隔からして、恐らく間取りはどの城も一緒なのだろう。『布姫』は目だけを動かし周りを窺うと、武の城との違いを探した。

廊下の脇には色々な道具らしき物が置かれている。一つ一つそれぞれ変な唸り声を出しているが、動力源や目的は分からない。そういえば物を動かす『もーたー』と言うものがあるらしいからそれなのかもしれない。
床は大理石…なのかも知れないが、たまに鉄の板が打ち込まれている。天井の明かりもロウソクではない。不思議な光球が沢山シャンデリアに置かれ、下を何かの線で繋がれている…
そしてその先端に突起…『灯りぼたん』と書いてあるが…アレを押すとどうなるのだろう…?

『布姫』がアレコレと周りを見回しているうちに風景は変わり、今までの工国らしい鉄と鉄が重なる壁と床は無くなり、古く重厚感のある石造りの通路へ辿り着いた。
武国にも同じ場所がある。武王レオから聞いた話では、城が出来た頃から存在する一番古い場所…らしい。五つの国の城がそれぞれ独自の内装をしていたとしても、この場所だけは手を加える事は無いとも言っていた。
それは何故なのかは聞けなかったが──ヒサギは慣れたように通路の途中にある鉄格子を開けて、進んですぐにある蝋燭へ火を灯した。蝋燭の明かりで進む先を示すと、そこには下り階段があった。

ヒサギと『布姫』は薄暗い地下へと降りた。

そこは思った以上に広く、遠い向こうまで牢屋が続いている。
今が深夜だというのもあるが、その雰囲気はとても不気味で自分の呼吸の音さえ怖くなってしまう。
ヒサギはそんな事に構いもせず、無言で先に進む。『布姫』もそれに続くしかなかった。

所々の牢には何かの『物体』が置いてあり、鉄臭い。その『物体』は時に蠢いたり、何かの──恐らく地上にあった物と同様の"もーたー"だとは思われるが──唸り声を出す。その音が苦しげで『布姫』は耳を塞ぎたくなってしまった。

「着いたぞ」
突然の声に肩を跳ねさせるが、すぐに気を取り直してヒサギの指差す牢を覗いた。
「──お父様!」
中には一人の男が蹲っていた。痩せこけ、髪と髭は乱れて服は黒く変色している…そして、体のいたる場所に痛々しい痕が見えた。
男は『布姫』の呼び掛けに一瞬体を震わせると、こちらを振り返り再び震えた。
「ぬ…『布姫』…!」
「お父様…!こんな…酷い…」
『布姫』は父の姿に涙を浮かべると、格子の隙間から手を伸ばした。
「お父様…すぐに…すぐに助けてあげますから…!」
「ああ…『布姫』…すまない…すまない…」
領主は『布姫』の手を取り涙を流した。

「ふん…偽善め」
親子の再会に冷ややかな目をしたヒサギが割り込んできた。
「領主はこの一か月、罪を認めずこの有り様だ…自分の保身の為にな」
「ち…違う…!」
領主はヒサギの言葉に、弱々しくも必死な瞳で反論した。
「私が罪を認めたら家族まで処刑されてしまう…勿論…この子も──お願いだ…罪は認める。しかし、家族まで巻き込まないでくれ…お願いだ…!」

──今までに向けられた事もない、父の優しい眼差しが『布姫』をとらえた。

長年保身に走っていた男が、今は本当の事を言っているのか…それとも同情を誘っているのか、それは分からない。しかし、『布姫』の瞳は潤み、涙が零れてしまった。
嘘でも良い。今は自分の事を真っすぐ見つめて、手を握ってくれている。それだけで十分だった。

そんな言葉の裏を図っているのかいないのか、ヒサギはニコリと笑った。
「言うことはそれで以上か?」
一言言うと、ヒサギは『布姫』の腕を引き領主から離した。
「ま、その言葉が本音でも嘘でも…コイツがアンタの"代わり"に処刑される…喜べ──明日には牢から出られるぞ」
「──!」
領主は声にならない叫び声を上げた。絶望か、喜びか。その表情からは彼の真意は読めない。
ヒサギはその叫びを笑いながら聞きつつ、『布姫』を連れてその場を立ち去った。





再び最初の部屋に戻されると、『布姫』は床に座り込んだ。

──怖い。

未来のある父や家族を救える。皆の"身代わり"になれる。沢山の人の幸せとなれる。それは自分にとって喜ばしい事の筈だ。しかし、何故か体の震えが止まらない。

一ヶ月前ならば、ザードと出会っていなければ、こんな感情を抱かずに命を捧げられたのに。

「……ザード様」
助けようとしている家族の喜ぶ顔や幸せそうな顔よりも、ザードの顔が頭を過る。

──自分が死んだら悲しんでくれるだろうか…かつて愛したヒルデが亡くなった時のように。
─懐かしんでくれるだろうか。一月の日々を。笑ったり、怒ったり、抱き締めてくれた事を。

「ザード…様…」

もう関係のない人なのだと思い聞かせ納得しようとするが、ザードとは二度と会えない。そして、自分という意識が消えたら、彼の事も自分の中から消えてしまう。
それが、怖い──
「会いたい…会いたいよ、ザード様…」

『布姫』の涙は、月明りに照らされ、床に落ちた。
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