グリムの輪舞曲(ロンド)

ふるは ゆう

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第三話 ヘンゼルとグレーテル

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 彼女からの急な連絡に戸惑いながらも胸を踊らせている秋田健吾(あきたけんご)だった。指定された職場の駐車場に車を入れると彼女はすでに待っていた。地味目の服装ではあるが、笑うと子供のようなあどけなさが残る可愛い女性だ。数週間前に職場近くの食堂で出会い、付き合いだしてまだ日も浅い。
 大学生で心理学を学んでいるらしく、秋田の仕事にも理解があり、是非、職場を見学したいと密かに頼まれていたのだった。

「ごめんなさい、急に呼び出してしまって。大丈夫でしたか?」
 申し訳なさそうな顔で彼女は聞く。そんな顔をされてはダメだなんて秋田にはとても言えなかった。
「どうにかしますから。とにかく来てください」
 そう言って、秋田は入口の暗証番号を叩いてロックを解除した。
 正面玄関ではなく職員通用口から入ると、その先にガラス張りの部屋があった。秋田は手をかざし静脈を読ませると「ピー」と言う解除音とともに秋田のゴールドのカードが吐き出された。それを自慢げに彼女に見せながら秋田は言った。
「こう言う施設はね、セキュリティーが厳しいんだよ。ほら見て、僕ぐらいになるとね、ゴールド。全ての区域に入れるんだよ」
 そう言って自慢げにゴールドのパスカードを彼女の目の前で揺らす。
「秋田さん、すごいんですね」
「まあ、大したことじゃあないから」
 尊敬の眼差しで見つめられて赤くなりながら、秋田はエレベーターホールに彼女を案内した。
「こっちが一般病棟、となりが特殊病棟、その向こうが特別病棟専用のエレベーターだよ」
「秋田さんなら、特別病棟まで行けるんですよね?」
「そうさ、ゴールドだからね」
 彼女の尊敬の眼差しに耐えられず秋田は横を向きながら答えた。
「どうするんですか?」
「簡単だよ、スイカと同じでこのカードをセンサーに近づければOKさ!」

「分かった。ありがとう」
 彼女は秋田の見せているカードを覗き込むようにして、その太った脇腹に何かを押し当てた。
「バチ、バチ」
 電気のショートするような音とともに秋田が痙攣しながら崩れ落ちる。

 菜々美はそんな秋田には目もくれず、落ちたゴールドのパスカードを拾いながら言った。
「本当にありがとう。秋田さん」
 菜々美がパスカードを押し当てると特別病棟専用エレベーターが開く。
  
「……魔女は釜戸で焼き殺される……まずは一人……そして、あと一人……」
 菜々美は歌うように口ずさみながら楽しげにエレベーターに乗り込んでいった。

 ☆ ☆ ☆ 

 特別病棟専用のエレベーターに乗り込んだ菜々美は、二つしかないボタンの上のボタンを押す。ボタンが点灯し静かにドアが閉まった。
 ふと、菜々美は昨日の古川響子の事を思い出しひとり呟いた。
「おとといの夜に、アイツをわたしが呼び出した。別荘に来て欲しと……。悠斗さんとの結婚の相談か何かと勘違いしたみたいだったわね」
 閉じたエレベーターのステンレスのドアにニヤけた菜々美の顔が映る。
「わたしがスタンガンを使って気絶させて、気が付いた時には椅子に縛られていたから相当驚いていたよね」
 ニヤけた顔を引き締めて、睨みながらさらに続けた。
「でも、あいつ覚えてなかったんだ! 信じられないよ。蓮の名前を。当然、苗字が白河ってことも……。覚えようともしなかったんじゃない? 自分の責任逃れに忙しくて」
 そう言いながら菜々美は、ショルダーバッグからペットボトルとライターを取り出した。
「魔女は火あぶりがお似合いだったよ。もう一人も……当然火あぶりにしてあげる。蓮、見ててこれがお姉ちゃんの復讐だよ!」

 ドアが静かに開いた。
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