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第三話 ヘンゼルとグレーテル
エピローグ
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中央監視室からの連絡を受けて石川はナースステーションを後にした。向かったのは特別室。死神と呼ばれた連続殺人犯、松崎美里の収監された部屋だ。
その部屋の前で騒いでいる女に気軽に声をかける。
「待ってたぞ。白河菜々美、ずいぶんと早かったな」
「ちっ、また刑事かよ。どいつもこいつも邪魔しやがって」
菜々美はいつもとは全く違う態度で汚い言葉を吐いて石川を睨みつけた。
美里の病室内にはすでにガソリンらしき液体の入ったペットボトルが投げ込まれていた。
「お前も死ぬ気か!」
「どうでも良いよ。そんな事……。そいつを焼き殺せれば、わたしはそれで満足さ!」
そんな投げやりな菜々美の態度に石川はどう説得しようか一瞬迷う。とその時、部屋の中の美里が思いもよらない行動に出た。
「ばしゃっ」
菜々美が投げ入れたガソリンを自ら頭からかぶったのだ。
「ちょっ、お前、なんて事してるんだ!」
驚き、声をかけた石川を無視して。美里は今まで見たこともないような優しい表情で菜々美に話しかけた。
「あなたが白河さん? 蓮くんのお姉さんね。やっと会えた……待っていたのよ。わたしを殺して欲しくて……」
その微笑みに菜々美も石川も困惑した。
ガソリンをしたたらせながら美里は穏やかな表情で菜々美のすぐ近くまで歩み寄る。そして、その表情のまま語り出した。
「当時、蓮くんはよくトラブルを起こす問題児だったの。ご両親は厳格な人達で、優秀なお姉さんと比較して厳しい態度で彼に接したのね。孤立した蓮くんはわたしを頼ってくれた……。でもまだ新米教師だったわたしには彼をかばってあげれる力がなかった」
菜々美も驚きながら美里の話を聞き入った。
「あの夜、両親に怒られた蓮くんは学校に逃げてきたの、わたしが宿直だって知ってたから。はじめは殺すつもりなんてなかった。でも、彼にこう言われたの『先生、一緒に死のう』って……」
美里は涙声でとぎれとぎれになりながらも話を続けた。
「わたしも死ぬつもりだったけど、死にきれなかった……。あの時、わたしの中でもう一人の人格『グリム』が生まれたの……」
「じゃあ、あの事故は殺人ではなくて、心中未遂? いや、自殺幇助(じさつほうじょ)か!」驚いた石川が叫んだ。
「そんなのもうどっちでも良いから! あなたが殺したことには違いないでしょう」
そう叫んで菜々美はライターに火をつけた。
その時、警報音とともにスプリンクラーが作動し大量の水が降り注ぐ。菜々美も美里もずぶ濡れだ!
「ちょっ、お前、これやり過ぎじゃあないか?」
そばにいた石川までもずぶ濡れになった。監視カメラを見上げながら石川は怒鳴った。
「こら、陣内。もう少し加減ってものを知れ!」
監視カメラのスピーカーから陣内の声が響いた。
「すいません。これでも最小限の区域なんですよ」
陣内の言い訳に、もう一度カメラを睨んだ石川だった。
力尽き菜々美が泣きじゃくる。
「わたしはただ復讐がしたかっただけ。なのにどうして邪魔をするの……」
そんな菜々美に石川は言った。
「復讐からは何も生まれやしない。お前にもお前を大事だと思ってくれる人、心配してくれる人がいるんじゃあないのか?」
そう言って石川は、後ろを振り向かせた。そこには陣内ともう一人が立っていた。
「菜々美。俺は待っているから……。お前が罪を償って出てきたら、また二人でお店やろう」
陣内に同行してきた悠斗が優しく語りかけた。
「バカ、バカ。お人好し! あなたって人は……」
その先はもう言葉にはならなかった。
さり際に石川が振り向くと美里と目があった。美里の口角が不自然に上がる。
「みんな『グリム』になるのよ! 普通の人がちょっとしたことで狂気に染まるの……。あなたには止められないわ!」
豹変した松崎美里は鉄格子の中から不気味に笑っていた。
「どこにでもいるような普通の人が、ちょっとしたきっかけで殺人鬼になってしまう……『グリム』になるんですね……」
追いついてきた陣内が自問するように石川に言った。
「『グリム』だろうが何だろうが、足があるんだろう? 空を飛んだり壁をすり抜けたりしなければ大丈夫だ! 俺達が逮捕してやる。この手でな!」
石川は手の感覚を確かめるように握りこぶしを見た。もう震えてはいない。そのまま振り返らずに歩いていった。
後日、石川と陣内のもとに松崎美里の主治医、酒井から連絡があった。
美里の病名が反社会性パーソナリティ障害から、解離性同一性障害(多重人格)に変わってそれに対しての治療も変わったそうだ。
「あの時現れて、殺してくれと涙したのが基本人格で、快楽殺人をしていたのが好戦的な交代人格だったそうです。今までは大人しい基本人格が通常時に出ていて、何かがあると危険な人格に交代していたそうで。入院中は基本人格がめったに現れなかったので分からなかったようですね」
そんな陣内の難しい解説をつまらなそうに聞いていた石川は、自販機前でコーヒーを飲みながら生返事をした。
「まあ、一番怖いのは死神(グリム)なんかじゃあなくて、人間だったと言うことだな……」
「さあ行くか、次の事件はもうちょっと温かみのあるものが良いんだけどな」
「捜査一課(うち)に来るのにそんなものありましたっけ?」
「ふっ、そりゃあそうか」
無駄口を叩きながら二人は捜査一課の部屋に戻っていった。
その部屋の前で騒いでいる女に気軽に声をかける。
「待ってたぞ。白河菜々美、ずいぶんと早かったな」
「ちっ、また刑事かよ。どいつもこいつも邪魔しやがって」
菜々美はいつもとは全く違う態度で汚い言葉を吐いて石川を睨みつけた。
美里の病室内にはすでにガソリンらしき液体の入ったペットボトルが投げ込まれていた。
「お前も死ぬ気か!」
「どうでも良いよ。そんな事……。そいつを焼き殺せれば、わたしはそれで満足さ!」
そんな投げやりな菜々美の態度に石川はどう説得しようか一瞬迷う。とその時、部屋の中の美里が思いもよらない行動に出た。
「ばしゃっ」
菜々美が投げ入れたガソリンを自ら頭からかぶったのだ。
「ちょっ、お前、なんて事してるんだ!」
驚き、声をかけた石川を無視して。美里は今まで見たこともないような優しい表情で菜々美に話しかけた。
「あなたが白河さん? 蓮くんのお姉さんね。やっと会えた……待っていたのよ。わたしを殺して欲しくて……」
その微笑みに菜々美も石川も困惑した。
ガソリンをしたたらせながら美里は穏やかな表情で菜々美のすぐ近くまで歩み寄る。そして、その表情のまま語り出した。
「当時、蓮くんはよくトラブルを起こす問題児だったの。ご両親は厳格な人達で、優秀なお姉さんと比較して厳しい態度で彼に接したのね。孤立した蓮くんはわたしを頼ってくれた……。でもまだ新米教師だったわたしには彼をかばってあげれる力がなかった」
菜々美も驚きながら美里の話を聞き入った。
「あの夜、両親に怒られた蓮くんは学校に逃げてきたの、わたしが宿直だって知ってたから。はじめは殺すつもりなんてなかった。でも、彼にこう言われたの『先生、一緒に死のう』って……」
美里は涙声でとぎれとぎれになりながらも話を続けた。
「わたしも死ぬつもりだったけど、死にきれなかった……。あの時、わたしの中でもう一人の人格『グリム』が生まれたの……」
「じゃあ、あの事故は殺人ではなくて、心中未遂? いや、自殺幇助(じさつほうじょ)か!」驚いた石川が叫んだ。
「そんなのもうどっちでも良いから! あなたが殺したことには違いないでしょう」
そう叫んで菜々美はライターに火をつけた。
その時、警報音とともにスプリンクラーが作動し大量の水が降り注ぐ。菜々美も美里もずぶ濡れだ!
「ちょっ、お前、これやり過ぎじゃあないか?」
そばにいた石川までもずぶ濡れになった。監視カメラを見上げながら石川は怒鳴った。
「こら、陣内。もう少し加減ってものを知れ!」
監視カメラのスピーカーから陣内の声が響いた。
「すいません。これでも最小限の区域なんですよ」
陣内の言い訳に、もう一度カメラを睨んだ石川だった。
力尽き菜々美が泣きじゃくる。
「わたしはただ復讐がしたかっただけ。なのにどうして邪魔をするの……」
そんな菜々美に石川は言った。
「復讐からは何も生まれやしない。お前にもお前を大事だと思ってくれる人、心配してくれる人がいるんじゃあないのか?」
そう言って石川は、後ろを振り向かせた。そこには陣内ともう一人が立っていた。
「菜々美。俺は待っているから……。お前が罪を償って出てきたら、また二人でお店やろう」
陣内に同行してきた悠斗が優しく語りかけた。
「バカ、バカ。お人好し! あなたって人は……」
その先はもう言葉にはならなかった。
さり際に石川が振り向くと美里と目があった。美里の口角が不自然に上がる。
「みんな『グリム』になるのよ! 普通の人がちょっとしたことで狂気に染まるの……。あなたには止められないわ!」
豹変した松崎美里は鉄格子の中から不気味に笑っていた。
「どこにでもいるような普通の人が、ちょっとしたきっかけで殺人鬼になってしまう……『グリム』になるんですね……」
追いついてきた陣内が自問するように石川に言った。
「『グリム』だろうが何だろうが、足があるんだろう? 空を飛んだり壁をすり抜けたりしなければ大丈夫だ! 俺達が逮捕してやる。この手でな!」
石川は手の感覚を確かめるように握りこぶしを見た。もう震えてはいない。そのまま振り返らずに歩いていった。
後日、石川と陣内のもとに松崎美里の主治医、酒井から連絡があった。
美里の病名が反社会性パーソナリティ障害から、解離性同一性障害(多重人格)に変わってそれに対しての治療も変わったそうだ。
「あの時現れて、殺してくれと涙したのが基本人格で、快楽殺人をしていたのが好戦的な交代人格だったそうです。今までは大人しい基本人格が通常時に出ていて、何かがあると危険な人格に交代していたそうで。入院中は基本人格がめったに現れなかったので分からなかったようですね」
そんな陣内の難しい解説をつまらなそうに聞いていた石川は、自販機前でコーヒーを飲みながら生返事をした。
「まあ、一番怖いのは死神(グリム)なんかじゃあなくて、人間だったと言うことだな……」
「さあ行くか、次の事件はもうちょっと温かみのあるものが良いんだけどな」
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