5 / 11
4.名無しの字書き
しおりを挟む
文フェスの会場は、度々即売会など大きなイベントが開かれることで有名な、東京メガサイトだ。俺は荷物を詰め込んだキャリーケースをガラガラ引きながら、会場に向かった。本は、いつもはそんなに量がないから手で持っていくが、今回はそれなりの量があるので、あらかじめ会場に送ってある。キャリーの中身は、敷布や段ボール製の棚などだけだったので、いつもより軽い。
早めに着いたので、周囲はまだそれほど混み合っていなかった。会場に入り、自分のスペースに到着した俺は、まず箱に詰めて送ったはずの本を確認した。大丈夫、ちゃんと届いている。
キャリーを開けて机に敷布を敷いたり、棚を組み立てたりしていると、周りのスペースの人たちもやってきた。
「おはようございます~」
「よろしくお願いしまーす」
お隣さんとそんな感じで挨拶を交わし、設営を続ける。本を並べて、お品書きやポスターを掲示して、完成だ。そう時間はかからなかった。宣伝用に写真を撮って、始まる前にトイレに行っておこうと、俺は一旦離席した。
そして、いよいよ文フェスが始まった。開場のアナウンスと共に、拍手が沸き起こる。同時に、一般入場列に待機していた人たちが、続々と入ってきた。
あ、余談だけど、同人誌即売会では、買いに来る人たちのことを「客」とは言わない。こういったイベントは、参加者全員で作り上げるという理念の元、サークルとして売る方を「サークル参加」、本を買いたくて来る方を「一般参加」と呼んでいるんだ。会場に来る人全員が「参加者」ってことね。
俺のスペースにも、早速本を求める人がやって来た。小説投稿サイトで読んでくれているフォロワーの他に、通りすがりに足を止めてくれる人もいて、反応は上々だった。
アンソロに寄稿してくれた人たちも来てくれて、俺は交流を楽しんでいた。会ったことのある人もいるし、初めましての人もいる。やっぱり、リアルの交流はいい。web上に投稿してPVが伸びないと落ち込んだりもするけれど、こうやって誰かと話して直接感想をもらえると、モチベーションが湧いてくる。割とひっきりなしに人が来て、始まる前にトイレに行っておいてよかったと思った。
そんな中、Aの知り合いらしい人も、ぽつぽつと訪れてきた。何故だか皆一様に、「Aさんはいないんですか?」と聞いてくる。俺は「Aはいない」と答えながら、訝しく思った。一般参加で来る可能性はあっても、どうしてAが俺のスペースにいるような前提で話しかけてくるのだろう。しかも、Aとの縁は、あまり後味の良くない形で既に切れている。その名前を聞くだけで、若干不愉快だというのに。
そして、本を買いに来た人に、何回目かの「Aさんはいないんですか?」を聞かれた。いないと答え、いい加減うんざりした俺は、つい余計なことを言ってしまった。
「今日、それ何回も聞かれるんですけど、Aさんに売り子を頼んだりはしてないですよ。俺は今日一人で来てるんですけど、どうしてAさんがいると思ってるんですか?」
するとその人は、「えっ、そうなんですか!?」と、とても驚いた顔をした。
どうしてそんなに驚くのだろう。アンソロジーに参加したら、当たり前のように当日スペースにいるものだとでも、普通の人は思うのだろうか。
そんなことを思っていると、その人は何やらスマホを操作して、画面を俺に見せてきた。
「だって、つぶったーに書いてたから、てっきり今日いらっしゃるんだと……」
そこに写ったものを見た俺は、思わず目を見開いて、画面を凝視してしまった。信じられなくて、自分のスマホでもそれを探して確認する。何度見ても、間違いなかった。
それは、Aのつぶったーの投稿だった。「設営完了しました!」という言葉と共に、俺のサークルスペースの写真が載っていた。過去の投稿から拾ってきたものではない、間違いなく今日のものだ。できたばかりのアンソロジーも写っている。しかも、俺が自分で撮ってさっき投稿したものとは微妙に違うから、別の写真だ。
どういうわけだ? 驚きが過ぎると、不気味なものを感じた。だって、この写真は一体いつ撮られたものだ?
設営中はあまり周りを見ていなかったかもしれないが、目の前で写真を撮っている奴がいたら、流石に気付くだろう。向かいのスペースとの距離は、ほんの二、三歩程度しかない。気付かれずに写真を撮るなど、不可能に近い。一度、開場前にトイレに行ったが、その時に撮ったのだとしたら、Aはサークルとして、もしくは誰かにサークルチケットをもらって、一般入場開始前に会場内にいたことになる。あるいは運営側のスタッフなら会場内を自由に動けるだろうが、いずれにしてもそんなことをする理由がわからない。
そうでなければ一般入場が始まってから来るしかないが、そうなったらスペースの前にはほぼずっと人が通ったり、誰かが立ったりしていた。こんなふうに写真を撮ることは不可能だ。
俺は考えを巡らせたが、その写真がいつどうやって撮られたのか、納得のいく答えは見つからなかった。Aは虚言癖のあるおかしな奴なのかもしれない。しかし、これまでの言動や今日の投稿はそれで片付けられるが、写真のことだけはどうにも不気味だった。
喉の奥に刺さった魚の小骨が取れないような気持ちを抱えたまま、文フェスは閉会時間を迎えた。
早めに着いたので、周囲はまだそれほど混み合っていなかった。会場に入り、自分のスペースに到着した俺は、まず箱に詰めて送ったはずの本を確認した。大丈夫、ちゃんと届いている。
キャリーを開けて机に敷布を敷いたり、棚を組み立てたりしていると、周りのスペースの人たちもやってきた。
「おはようございます~」
「よろしくお願いしまーす」
お隣さんとそんな感じで挨拶を交わし、設営を続ける。本を並べて、お品書きやポスターを掲示して、完成だ。そう時間はかからなかった。宣伝用に写真を撮って、始まる前にトイレに行っておこうと、俺は一旦離席した。
そして、いよいよ文フェスが始まった。開場のアナウンスと共に、拍手が沸き起こる。同時に、一般入場列に待機していた人たちが、続々と入ってきた。
あ、余談だけど、同人誌即売会では、買いに来る人たちのことを「客」とは言わない。こういったイベントは、参加者全員で作り上げるという理念の元、サークルとして売る方を「サークル参加」、本を買いたくて来る方を「一般参加」と呼んでいるんだ。会場に来る人全員が「参加者」ってことね。
俺のスペースにも、早速本を求める人がやって来た。小説投稿サイトで読んでくれているフォロワーの他に、通りすがりに足を止めてくれる人もいて、反応は上々だった。
アンソロに寄稿してくれた人たちも来てくれて、俺は交流を楽しんでいた。会ったことのある人もいるし、初めましての人もいる。やっぱり、リアルの交流はいい。web上に投稿してPVが伸びないと落ち込んだりもするけれど、こうやって誰かと話して直接感想をもらえると、モチベーションが湧いてくる。割とひっきりなしに人が来て、始まる前にトイレに行っておいてよかったと思った。
そんな中、Aの知り合いらしい人も、ぽつぽつと訪れてきた。何故だか皆一様に、「Aさんはいないんですか?」と聞いてくる。俺は「Aはいない」と答えながら、訝しく思った。一般参加で来る可能性はあっても、どうしてAが俺のスペースにいるような前提で話しかけてくるのだろう。しかも、Aとの縁は、あまり後味の良くない形で既に切れている。その名前を聞くだけで、若干不愉快だというのに。
そして、本を買いに来た人に、何回目かの「Aさんはいないんですか?」を聞かれた。いないと答え、いい加減うんざりした俺は、つい余計なことを言ってしまった。
「今日、それ何回も聞かれるんですけど、Aさんに売り子を頼んだりはしてないですよ。俺は今日一人で来てるんですけど、どうしてAさんがいると思ってるんですか?」
するとその人は、「えっ、そうなんですか!?」と、とても驚いた顔をした。
どうしてそんなに驚くのだろう。アンソロジーに参加したら、当たり前のように当日スペースにいるものだとでも、普通の人は思うのだろうか。
そんなことを思っていると、その人は何やらスマホを操作して、画面を俺に見せてきた。
「だって、つぶったーに書いてたから、てっきり今日いらっしゃるんだと……」
そこに写ったものを見た俺は、思わず目を見開いて、画面を凝視してしまった。信じられなくて、自分のスマホでもそれを探して確認する。何度見ても、間違いなかった。
それは、Aのつぶったーの投稿だった。「設営完了しました!」という言葉と共に、俺のサークルスペースの写真が載っていた。過去の投稿から拾ってきたものではない、間違いなく今日のものだ。できたばかりのアンソロジーも写っている。しかも、俺が自分で撮ってさっき投稿したものとは微妙に違うから、別の写真だ。
どういうわけだ? 驚きが過ぎると、不気味なものを感じた。だって、この写真は一体いつ撮られたものだ?
設営中はあまり周りを見ていなかったかもしれないが、目の前で写真を撮っている奴がいたら、流石に気付くだろう。向かいのスペースとの距離は、ほんの二、三歩程度しかない。気付かれずに写真を撮るなど、不可能に近い。一度、開場前にトイレに行ったが、その時に撮ったのだとしたら、Aはサークルとして、もしくは誰かにサークルチケットをもらって、一般入場開始前に会場内にいたことになる。あるいは運営側のスタッフなら会場内を自由に動けるだろうが、いずれにしてもそんなことをする理由がわからない。
そうでなければ一般入場が始まってから来るしかないが、そうなったらスペースの前にはほぼずっと人が通ったり、誰かが立ったりしていた。こんなふうに写真を撮ることは不可能だ。
俺は考えを巡らせたが、その写真がいつどうやって撮られたのか、納得のいく答えは見つからなかった。Aは虚言癖のあるおかしな奴なのかもしれない。しかし、これまでの言動や今日の投稿はそれで片付けられるが、写真のことだけはどうにも不気味だった。
喉の奥に刺さった魚の小骨が取れないような気持ちを抱えたまま、文フェスは閉会時間を迎えた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる