サークル主俺、アンソロ寄稿者に“販売担当者”呼ばわりされた挙句、サークルを乗っ取られた件

月代零

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4.名無しの字書き

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 文フェスの会場は、度々即売会など大きなイベントが開かれることで有名な、東京メガサイトだ。俺は荷物を詰め込んだキャリーケースをガラガラ引きながら、会場に向かった。本は、いつもはそんなに量がないから手で持っていくが、今回はそれなりの量があるので、あらかじめ会場に送ってある。キャリーの中身は、敷布や段ボール製の棚などだけだったので、いつもより軽い。

 早めに着いたので、周囲はまだそれほど混み合っていなかった。会場に入り、自分のスペースに到着した俺は、まず箱に詰めて送ったはずの本を確認した。大丈夫、ちゃんと届いている。
 キャリーを開けて机に敷布を敷いたり、棚を組み立てたりしていると、周りのスペースの人たちもやってきた。

「おはようございます~」
「よろしくお願いしまーす」

 お隣さんとそんな感じで挨拶を交わし、設営を続ける。本を並べて、お品書きやポスターを掲示して、完成だ。そう時間はかからなかった。宣伝用に写真を撮って、始まる前にトイレに行っておこうと、俺は一旦離席した。
 そして、いよいよ文フェスが始まった。開場のアナウンスと共に、拍手が沸き起こる。同時に、一般入場列に待機していた人たちが、続々と入ってきた。

 あ、余談だけど、同人誌即売会では、買いに来る人たちのことを「客」とは言わない。こういったイベントは、参加者全員で作り上げるという理念の元、サークルとして売る方を「サークル参加」、本を買いたくて来る方を「一般参加」と呼んでいるんだ。会場に来る人全員が「参加者」ってことね。

 俺のスペースにも、早速本を求める人がやって来た。小説投稿サイトで読んでくれているフォロワーの他に、通りすがりに足を止めてくれる人もいて、反応は上々だった。
 アンソロに寄稿してくれた人たちも来てくれて、俺は交流を楽しんでいた。会ったことのある人もいるし、初めましての人もいる。やっぱり、リアルの交流はいい。web上に投稿してPVが伸びないと落ち込んだりもするけれど、こうやって誰かと話して直接感想をもらえると、モチベーションが湧いてくる。割とひっきりなしに人が来て、始まる前にトイレに行っておいてよかったと思った。

 そんな中、Aの知り合いらしい人も、ぽつぽつと訪れてきた。何故だか皆一様に、「Aさんはいないんですか?」と聞いてくる。俺は「Aはいない」と答えながら、訝しく思った。一般参加で来る可能性はあっても、どうしてAが俺のスペースにいるような前提で話しかけてくるのだろう。しかも、Aとの縁は、あまり後味の良くない形で既に切れている。その名前を聞くだけで、若干不愉快だというのに。

 そして、本を買いに来た人に、何回目かの「Aさんはいないんですか?」を聞かれた。いないと答え、いい加減うんざりした俺は、つい余計なことを言ってしまった。

「今日、それ何回も聞かれるんですけど、Aさんに売り子を頼んだりはしてないですよ。俺は今日一人で来てるんですけど、どうしてAさんがいると思ってるんですか?」

 するとその人は、「えっ、そうなんですか!?」と、とても驚いた顔をした。
 どうしてそんなに驚くのだろう。アンソロジーに参加したら、当たり前のように当日スペースにいるものだとでも、普通の人は思うのだろうか。

 そんなことを思っていると、その人は何やらスマホを操作して、画面を俺に見せてきた。

「だって、つぶったーに書いてたから、てっきり今日いらっしゃるんだと……」

 そこに写ったものを見た俺は、思わず目を見開いて、画面を凝視してしまった。信じられなくて、自分のスマホでもそれを探して確認する。何度見ても、間違いなかった。

 それは、Aのつぶったーの投稿だった。「設営完了しました!」という言葉と共に、俺のサークルスペースの写真が載っていた。過去の投稿から拾ってきたものではない、間違いなく今日のものだ。できたばかりのアンソロジーも写っている。しかも、俺が自分で撮ってさっき投稿したものとは微妙に違うから、別の写真だ。

 どういうわけだ? 驚きが過ぎると、不気味なものを感じた。だって、この写真は一体いつ撮られたものだ?

 設営中はあまり周りを見ていなかったかもしれないが、目の前で写真を撮っている奴がいたら、流石に気付くだろう。向かいのスペースとの距離は、ほんの二、三歩程度しかない。気付かれずに写真を撮るなど、不可能に近い。一度、開場前にトイレに行ったが、その時に撮ったのだとしたら、Aはサークルとして、もしくは誰かにサークルチケットをもらって、一般入場開始前に会場内にいたことになる。あるいは運営側のスタッフなら会場内を自由に動けるだろうが、いずれにしてもそんなことをする理由がわからない。

 そうでなければ一般入場が始まってから来るしかないが、そうなったらスペースの前にはほぼずっと人が通ったり、誰かが立ったりしていた。こんなふうに写真を撮ることは不可能だ。
 俺は考えを巡らせたが、その写真がいつどうやって撮られたのか、納得のいく答えは見つからなかった。Aは虚言癖のあるおかしな奴なのかもしれない。しかし、これまでの言動や今日の投稿はそれで片付けられるが、写真のことだけはどうにも不気味だった。

 喉の奥に刺さった魚の小骨が取れないような気持ちを抱えたまま、文フェスは閉会時間を迎えた。
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