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第四章 憂いと光と
#3
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「これはこれは、良い夜ですね、エディリーン嬢」
ベルンハルト卿は、例の如く飄々とした笑みを浮かべる。
「まさか、あんたが帝国と繋がっているとは思わなかったな。しかし、つけられていることに気付かないとは、油断しすぎじゃないか?」
厳しい視線を注がれても、ベルンハルト卿は表情を崩さない。
「ああ、元々あの程度であなたを拘束できるなとどは思っていません。わたしは、あなたと接触できれば、それでよかったのです」
ベルンハルト卿の言動は、何を考えているのか読み取れず、不気味だった。
「確かにわたしが籍を置いているのは帝国ですが、忠誠を誓っているわけではありませんので」
あっさりと認めたベルンハルト卿に、エディリーンは眉をひそめる。彼は、この事態を楽しんでいるような気さえした。
「帝国は、私の祖国を滅ぼした。わたしは魔術の才を買われて生き延びることができましたが、力のないものは淘汰されていく。そういう現実に、嫌気が差したんですよ」
帝国のために生きるつもりなど毛頭ない。かと言って、祖国と同じように蹂躙されていく国々を見ても、同情も何も感じないくらい、心は冷えていた。死なないために生きる、それだけの日々。だが。
「あなたのことが欲しくなってしまいましてねえ。どうです? わたしと組めば、誰に頭を垂れることもなく、世の中を思うようにできる。全てを破壊することも、恐怖で支配することも、きっと! 楽しいと思いませんか?」
まるで、熱烈な愛の告白のようだった。
「悪いが、興味ない。そう言われて、わたしがあんたについて行くとでも?」
夢遊病者のように辺りをふらふらと歩くベルンハルト卿に、エディリーンは冷ややかな視線で対峙していた。
「意外ですねえ。あなたも権力を嫌う質だと思っていましたが。あなたがこの国のために命を危険に晒す必要などないでしょうに」
「そうだとしても、あんたの言うことを聞く義理はない。わたしは今の生活に満足してるんだ。それを邪魔するなら、許さない」
エディリーンは静かに言い放つ。
「ふむ……」
ベルンハルト卿は、ゆっくりと振り返る。
「お忘れですか? ユリウス王子の命は、わたしが握っているのですよ。あなたがここで下手なことをすれば、王子は死に、レーヴェは帝国の手に落ちる。そうなれば、あなたの大切なものも、蹂躙されてなくなってしまうのですよ?」
「何か勘違いしているようだな、ベルンハルト卿。わたしは王子の臣下じゃない。そんな脅しに従う義理はない。でも、あんたにはいくつか聞きたいことがある」
「何でしょう?」
首を傾げる仕草は、まるで子供のようだった。
「あんたはわたしのことを知っているのか? 知っているのなら、何をだ」
「おや、あなたは覚えていないのですか? あるいは、幼くて自身に起こっていることを理解できなかったのか」
ベルンハルト卿は、顎に手を当てて、呟くように言う。
「まあ、あなたがわたしの元へ来ないのなら、教えて差し上げる必要はありません。あなたにも、ここで死んでいただきますから」
言って、ベルンハルト卿は抱えていた二冊の魔術書に、己の魔力を込めた。まずは、ユリウス王子に放った呪いの術式に。これで王子も絶命した。続いて、目の前の、恐れを知らない小生意気な少女に、黒い稲妻をぶつける。
しかし、放ったはずの力は、二つとも少女の前で吸収されるようにして消えた。
驚愕の表情を浮かべるベルンハルト卿の前に、エディリーンは一振りの剣を掲げる。己の愛用のそれではなく、ベルンハルト卿が呪詛の依り代に使った、ユリウス王子の剣だった。魔力は、そこに集まっていた。
「ああ、なるほど……」
ベルンハルト卿が作った術式を改変して、ユリウス王子への干渉をなくし、術自体は残っているように見せかけていたのだ。しかしそれは、並みの力でできることではない。
「この短時間で、それほどのことをやってのけるとは。やはり、あなたの力は素晴らしい」
可笑しそうに笑うベルンハルト卿。しかし、そこにはこれまでの余裕は感じられなかった。
「この力、このまま返してやる!」
エディリーンが剣を一振りすると、目には見えない圧力のようなものが空を割いて、ベルンハルト卿の――魔術書の元へ戻る。そして。
「ぐっ……あああああ!!」
魔術書のページが激しくはためき、黒い力の奔流が溢れ出す。それは一瞬のことで、誰にも制御できるものではなかった。エディリーンは暴走する力から身を守るために結界を張ったが、それが精一杯だった。
魔術書の暴走が収まった時、ベルンハルト卿の息は絶えていた。
エディリーンが行ったのは、呪詛返しだった。呪詛をかけられた者から術を剥がし、それを術者に跳ね返す。そうすれば何が起こるかはある程度予想できた。とは言え、後味はあまり良くない。
「人を呪わば穴二つだな……。禁術なんかに手をだすから、こうなるんだ」
物言わぬ骸を見下ろして、エディリーンは苦々しげに呟いた。
ベルンハルト卿は、例の如く飄々とした笑みを浮かべる。
「まさか、あんたが帝国と繋がっているとは思わなかったな。しかし、つけられていることに気付かないとは、油断しすぎじゃないか?」
厳しい視線を注がれても、ベルンハルト卿は表情を崩さない。
「ああ、元々あの程度であなたを拘束できるなとどは思っていません。わたしは、あなたと接触できれば、それでよかったのです」
ベルンハルト卿の言動は、何を考えているのか読み取れず、不気味だった。
「確かにわたしが籍を置いているのは帝国ですが、忠誠を誓っているわけではありませんので」
あっさりと認めたベルンハルト卿に、エディリーンは眉をひそめる。彼は、この事態を楽しんでいるような気さえした。
「帝国は、私の祖国を滅ぼした。わたしは魔術の才を買われて生き延びることができましたが、力のないものは淘汰されていく。そういう現実に、嫌気が差したんですよ」
帝国のために生きるつもりなど毛頭ない。かと言って、祖国と同じように蹂躙されていく国々を見ても、同情も何も感じないくらい、心は冷えていた。死なないために生きる、それだけの日々。だが。
「あなたのことが欲しくなってしまいましてねえ。どうです? わたしと組めば、誰に頭を垂れることもなく、世の中を思うようにできる。全てを破壊することも、恐怖で支配することも、きっと! 楽しいと思いませんか?」
まるで、熱烈な愛の告白のようだった。
「悪いが、興味ない。そう言われて、わたしがあんたについて行くとでも?」
夢遊病者のように辺りをふらふらと歩くベルンハルト卿に、エディリーンは冷ややかな視線で対峙していた。
「意外ですねえ。あなたも権力を嫌う質だと思っていましたが。あなたがこの国のために命を危険に晒す必要などないでしょうに」
「そうだとしても、あんたの言うことを聞く義理はない。わたしは今の生活に満足してるんだ。それを邪魔するなら、許さない」
エディリーンは静かに言い放つ。
「ふむ……」
ベルンハルト卿は、ゆっくりと振り返る。
「お忘れですか? ユリウス王子の命は、わたしが握っているのですよ。あなたがここで下手なことをすれば、王子は死に、レーヴェは帝国の手に落ちる。そうなれば、あなたの大切なものも、蹂躙されてなくなってしまうのですよ?」
「何か勘違いしているようだな、ベルンハルト卿。わたしは王子の臣下じゃない。そんな脅しに従う義理はない。でも、あんたにはいくつか聞きたいことがある」
「何でしょう?」
首を傾げる仕草は、まるで子供のようだった。
「あんたはわたしのことを知っているのか? 知っているのなら、何をだ」
「おや、あなたは覚えていないのですか? あるいは、幼くて自身に起こっていることを理解できなかったのか」
ベルンハルト卿は、顎に手を当てて、呟くように言う。
「まあ、あなたがわたしの元へ来ないのなら、教えて差し上げる必要はありません。あなたにも、ここで死んでいただきますから」
言って、ベルンハルト卿は抱えていた二冊の魔術書に、己の魔力を込めた。まずは、ユリウス王子に放った呪いの術式に。これで王子も絶命した。続いて、目の前の、恐れを知らない小生意気な少女に、黒い稲妻をぶつける。
しかし、放ったはずの力は、二つとも少女の前で吸収されるようにして消えた。
驚愕の表情を浮かべるベルンハルト卿の前に、エディリーンは一振りの剣を掲げる。己の愛用のそれではなく、ベルンハルト卿が呪詛の依り代に使った、ユリウス王子の剣だった。魔力は、そこに集まっていた。
「ああ、なるほど……」
ベルンハルト卿が作った術式を改変して、ユリウス王子への干渉をなくし、術自体は残っているように見せかけていたのだ。しかしそれは、並みの力でできることではない。
「この短時間で、それほどのことをやってのけるとは。やはり、あなたの力は素晴らしい」
可笑しそうに笑うベルンハルト卿。しかし、そこにはこれまでの余裕は感じられなかった。
「この力、このまま返してやる!」
エディリーンが剣を一振りすると、目には見えない圧力のようなものが空を割いて、ベルンハルト卿の――魔術書の元へ戻る。そして。
「ぐっ……あああああ!!」
魔術書のページが激しくはためき、黒い力の奔流が溢れ出す。それは一瞬のことで、誰にも制御できるものではなかった。エディリーンは暴走する力から身を守るために結界を張ったが、それが精一杯だった。
魔術書の暴走が収まった時、ベルンハルト卿の息は絶えていた。
エディリーンが行ったのは、呪詛返しだった。呪詛をかけられた者から術を剥がし、それを術者に跳ね返す。そうすれば何が起こるかはある程度予想できた。とは言え、後味はあまり良くない。
「人を呪わば穴二つだな……。禁術なんかに手をだすから、こうなるんだ」
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