蒼天の風 祈りの剣

月代零

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第七章 見つめた先に

#3

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 その後、私用で寄るところがあるというヨルンと別れ、エディリーンはグレイス邸に戻ることにした。しかし。
 ヨルンが曲がり角の向こうに消えたところで後ろを振り返り、ざっと大股で背後の商店の横に積まれていた木箱に近付く。
 その陰を覗くと、

「あっ……」
「アンジェリカ……」

 悪戯を見つかった子どものような顔をしたアンジェリカが、そこに佇んでいた。
 彼女が後をつけてきていることは、初めから気付いていた。素人の尾行に気が付かないほど、エディリーンも鈍くはない。ヨルンも気付いていたかはわからないが。
 眉をひそめて咎めるような視線を送ると、アンジェリカはえへへ、と気まずそうな笑みを浮かべた。大方、ここまで付いてきたはいいが、ヨルンがエディリーンと別れたので、次の行動を決めあぐねた、というところだろう。

「素人の尾行なんて危ないからやめておけ。すぐにバレるぞ」
「気付いていたんですね。……本当にただの薬草師なんですか?」

 エディリーンは大仰に溜息を吐く。

「いいから、帰るぞ。……屋敷の仕事はどうしたんだ?」
「ちょっと足りないものがあったから街に行って買ってくると言って、少し抜け出してきました」
 まったく、困った少女だ。エディリーンはもう一度息を吐いた。



 その頃、アーネストはウォルトの生家を訪れていた。改めてユリウス王子とヴェルナー院長からの弔辞を携えて訪れた近衛騎士に、ウォルトの家族はやつれた様子ながら、深く頭を下げた。我が子を亡くして、日常を取り戻すには、まだまだ時間がかかることだろう。あるいは、取り戻せることなど永遠にないのかもしれない。
 葬儀は滞りなく済み、遺体は街外れの墓地に埋葬されたということだった。問題のダミアンという院生のこともそれとなく聞いてみたが、彼は葬儀には出席しなかったらしい。遠目から葬儀の様子を見ていたようだが、それに気付いたウォルトの母親が声をかけようとしたところ、酷く青い顔をして走り去ってしまったという話だった。

 ウォルトの墓前にも後で参ることにして、ブラント商会の情報を集めようと試みる。と言っても、アーネストはユリウス王子の近衛騎士として、多少顔を知られている。今日は旅人のような粗末な服装をしているから、一見して騎士だとわかることはないと思うが、あまり目立つことはできなかった。
 ブラント商会の建物には、多くの荷物と人が出入りしていた。薬草の他にも、食料品や酒を取り扱い、各地への流通を取り仕切っている。大通りに面した表側で商いを行い、奥に家人の住居がある造りのようだが、あまり近くをうろうろするわけにもいかないので、外から通りすがりに中を覗く程度しかできなかった。

 どうしようかと思案したところ、近くに食堂があるのを見つけた。あそこなら、出入りする人間が食事を摂ったりもするだろう。何か話を聞くことができるかもしれない。
 そう考えて食堂に入り、席を取る。ちょうど昼時で、中は混み合っていた。肉と野菜の煮込みを注文し、周囲の話し声に耳を傾ける。
 近頃、ブラント商会は資金に困っているという噂を耳にした。その話を裏付けるように、商品を卸しに来ている農家や職人らしき男たちが、先月分の代金をまだもらっていない、あるいは値下げを強要されたなどと盛んに話している。やはり、噂は本当らしい。
 先代の主は堅実な事業家だったと聞くが、今の当主――ダミアンの父親に代替わりしてからは、新しい事業に投資しては失敗し、多額の借金を抱えているとも聞く。

 しかし、それ以上の話をここで仕入れるのは難しそうだった。ヴェルナーかユリウス王子の名前を出して、ダミアンに接触してみようかとも思ったが、迂闊なことはしない方がいいかもしれない。ウォルトの死については話が聞けるかもしれないが、ソムニフェルムについては白を切られたら終わりである。
 だが、グレイス邸に戻ろうかと思ったところ、ヨルンがブラント商会の建物に入っていくのが見えた。
 薬草を卸す日取りはまだ先のはずだ。一体何の用があるのだろう。
 しばらく見ていると、ヨルンが出てきた。アーネストは何気ないふうを装って、彼に声をかける。

「やあ。こんなところでどうしたんだ?」
「アーネスト様」

 ヨルンはぎょっとしたように、一瞬目を見開いた。だが、すぐにいつもの物静かな表情に戻る。

「……ここの息子とは旧知の仲なので。普段は王都にいるのですが、戻ってきていると聞いて、挨拶に。アーネスト様こそ、どうしてこんなところに?」
「少し散歩に。そろそろ戻ろうと思っていたところだ。よければ、一緒に帰るか?」
「ええ、ではそうさせていただきます」

 彼もこの件に関わっているのだろうか。信頼している使用人に裏切られてとあっては、グレイス夫人が哀れだが、真実は明らかにしなくてはならない。
 ヨルンは悪事を働くようには見えない、穏やかな少年だが、人は見た目では測れない。裏切り者はどこにいるかわからないが、宮廷生活の中で、人を頭から信用しないことが常になっている自分に気付くと、少し嫌気が差すのだった。
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