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第八章 拠るべき場所
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一応の処分として、ヨルンはしばらく薬草園への出入りを禁止された。だが、夫人も他の使用人たちも、彼にはいつも通りの態度で接し、屋敷の雰囲気は以前と変わらず穏やかなものだった。
ブラント商会は全ての権限を剝奪され、事実上取り潰しとなった。雇われていた使用人たちと取引途中の荷は、一時的に国の管理となり、引き継ぎ先の選定を急いでいる。
ダミアンは魔術研究院も除籍処分となったが、王都に移送され、治療を受けることになった。ヨルンは彼に手紙を出し、友人として支えることを約束したが、ダミアンは移送される馬車の中で俯いたまま、何も言わなかった。
アンジェリカはヨルンを疑っていたことを詫び、ヨルンも彼女を危険に巻き込んだことを謝罪して、和解したようだった。お互いにいつまでも頭を下げ合って、見ていて首がどうにかならないか心配になるほどだった。
エディリーンもアンジェリカも、幸いにして薬の後遺症などは残らなかった。アンジェリカはエディリーンに対しても、何度も頭を下げた。
「わたしの軽率な行動で、危険に巻き込んでしまって申し訳ありませんでした……! それから、二度も助けていただいて、本当にありがとうございました!」
「本当に」をものすごく強調して、床にぶつかるのではないかというくらい髪を乱している。そんなふうにされては、こちらの方が恐縮してしまう。エディリーンは借りている部屋の寝台に腰かけて足を組み、アンジェリカのつむじを眺めていた。
「もういいって」
過ぎたことをあれこれ言っても仕方がない。それに、仕事だったのだから、感謝も謝罪も最低限でいい。偶然出会ってすぐに分かれる、束の間の間柄にすぎないのだから。
「でも……っ、お怪我までさせてしまったのに……」
言いながら、アンジェリカは目に涙を浮かべる。自分が原因で事が起こったのに、知らない間にそれが決着し、エディリーンに怪我までさせてしまったという事実が、心にのしかかっているようだった。
だが、エディリーンにとってそんなことは些細なことだ。彼女の行動は褒められたものではなかったかもしれないが、結果的に敵を一気に叩くことができたのだから、同じことだ。それに、これくらいの怪我など大したことではない。頬も腹も、痣が残っている程度だ。もっとひどい傷を負ったことだってある。
「……もう一人で危ない真似はするな。いつも助けてやれるわけじゃないんだから」
エディリーンはそれだけ言う。
勇気と無謀は違う。自分の持てる力も図れずに無茶をすることを、勇気とは言わない。それはただの無謀だ。
しかし、愚かとわかっていても、行動せずにはいられなかったのだろう。その気持ちまで否定することはできなかった。
だから、それで手打ちだと言うように、エディリーンはそっぽを向く。
アンジェリカはその横顔に、もう一度深く頭を下げた。
エディリーンは、療養も兼ねてもうしばらくグレイス邸に滞在することになった。ジルもそれに付き添う形だ。
アーネストだけは、一旦王都に戻ることになった。ユリウス王子に事の顛末を報告しなければならないし、近衛騎士がそう長く主人の元を離れているわけにもいかない。
「……それで、これからどうするつもりなんだ?」
王都に戻ろうとするアーネストを、エディリーンは呼び止める。一度了承したことを撤回するつもりはないが、どうやって身元の知れない流れ者を宮廷魔術師に仕立てるつもりなのか、それが気になった。
「前にも言ったかもしれないが、まずは魔術研究院に入ってもらうことになる。今回の実績があれば、誰も君のことを無碍にはできないだろう。それでもって、ともかく君の地位を安泰なものにさせてもらいたい」
「そんなつもりじゃなかったんだが……」
エディリーンは天を仰いで溜め息を吐く。今回の件で再びアーネストたち王宮の人間と関わったことは、全くの偶然だ。それが実績として利用されるとは、皮肉な運命のようなものを感じざるを得ない。運命など信じたくはないが。
一応承諾はしたが、やはり気は進まない。地位も名誉も興味はないが、仕方のないことなのだろうか。
気になるのは、あの男たちが言っていた、「帝国が空色の髪の魔術師を探している」という話だった。それが本当で、彼らのような裏社会の人間に出回っている情報なら、どこにいても狙われる可能性がある。
どうして帝国がそうまでして自分を探しているのかわからないが、そのことでジルやベアトリクスに迷惑をかけることは避けたかった。
「体裁を整えて、なんとかねじ込む。少し待っていてくれ」
ねじ込むと言うが、それは職権濫用というやつではないだろうか。しかし、それはエディリーンの知ったことではない。
「入所に当たって、何か試験があると思うが……。少し不便を強いることになると思う。すまない」
アーネストは申し訳なさそうに目を伏せる。
「……いいから、さっさと行け」
エディリーンはしっしっと追い払う仕草で手を振る。
貴族など気に食わないし、高圧的に来られれば反発するが、こう丁重な態度で接されると調子が狂う。それに、堅苦しいことは嫌だが、魔術研究院とやらに興味がないわけではなかった。
アーネストは苦笑しつつ、馬を駆って王都に向けて発った。
しかし数日後戻ってきたアーネストは、浮かない顔をしていた。
ブラント商会は全ての権限を剝奪され、事実上取り潰しとなった。雇われていた使用人たちと取引途中の荷は、一時的に国の管理となり、引き継ぎ先の選定を急いでいる。
ダミアンは魔術研究院も除籍処分となったが、王都に移送され、治療を受けることになった。ヨルンは彼に手紙を出し、友人として支えることを約束したが、ダミアンは移送される馬車の中で俯いたまま、何も言わなかった。
アンジェリカはヨルンを疑っていたことを詫び、ヨルンも彼女を危険に巻き込んだことを謝罪して、和解したようだった。お互いにいつまでも頭を下げ合って、見ていて首がどうにかならないか心配になるほどだった。
エディリーンもアンジェリカも、幸いにして薬の後遺症などは残らなかった。アンジェリカはエディリーンに対しても、何度も頭を下げた。
「わたしの軽率な行動で、危険に巻き込んでしまって申し訳ありませんでした……! それから、二度も助けていただいて、本当にありがとうございました!」
「本当に」をものすごく強調して、床にぶつかるのではないかというくらい髪を乱している。そんなふうにされては、こちらの方が恐縮してしまう。エディリーンは借りている部屋の寝台に腰かけて足を組み、アンジェリカのつむじを眺めていた。
「もういいって」
過ぎたことをあれこれ言っても仕方がない。それに、仕事だったのだから、感謝も謝罪も最低限でいい。偶然出会ってすぐに分かれる、束の間の間柄にすぎないのだから。
「でも……っ、お怪我までさせてしまったのに……」
言いながら、アンジェリカは目に涙を浮かべる。自分が原因で事が起こったのに、知らない間にそれが決着し、エディリーンに怪我までさせてしまったという事実が、心にのしかかっているようだった。
だが、エディリーンにとってそんなことは些細なことだ。彼女の行動は褒められたものではなかったかもしれないが、結果的に敵を一気に叩くことができたのだから、同じことだ。それに、これくらいの怪我など大したことではない。頬も腹も、痣が残っている程度だ。もっとひどい傷を負ったことだってある。
「……もう一人で危ない真似はするな。いつも助けてやれるわけじゃないんだから」
エディリーンはそれだけ言う。
勇気と無謀は違う。自分の持てる力も図れずに無茶をすることを、勇気とは言わない。それはただの無謀だ。
しかし、愚かとわかっていても、行動せずにはいられなかったのだろう。その気持ちまで否定することはできなかった。
だから、それで手打ちだと言うように、エディリーンはそっぽを向く。
アンジェリカはその横顔に、もう一度深く頭を下げた。
エディリーンは、療養も兼ねてもうしばらくグレイス邸に滞在することになった。ジルもそれに付き添う形だ。
アーネストだけは、一旦王都に戻ることになった。ユリウス王子に事の顛末を報告しなければならないし、近衛騎士がそう長く主人の元を離れているわけにもいかない。
「……それで、これからどうするつもりなんだ?」
王都に戻ろうとするアーネストを、エディリーンは呼び止める。一度了承したことを撤回するつもりはないが、どうやって身元の知れない流れ者を宮廷魔術師に仕立てるつもりなのか、それが気になった。
「前にも言ったかもしれないが、まずは魔術研究院に入ってもらうことになる。今回の実績があれば、誰も君のことを無碍にはできないだろう。それでもって、ともかく君の地位を安泰なものにさせてもらいたい」
「そんなつもりじゃなかったんだが……」
エディリーンは天を仰いで溜め息を吐く。今回の件で再びアーネストたち王宮の人間と関わったことは、全くの偶然だ。それが実績として利用されるとは、皮肉な運命のようなものを感じざるを得ない。運命など信じたくはないが。
一応承諾はしたが、やはり気は進まない。地位も名誉も興味はないが、仕方のないことなのだろうか。
気になるのは、あの男たちが言っていた、「帝国が空色の髪の魔術師を探している」という話だった。それが本当で、彼らのような裏社会の人間に出回っている情報なら、どこにいても狙われる可能性がある。
どうして帝国がそうまでして自分を探しているのかわからないが、そのことでジルやベアトリクスに迷惑をかけることは避けたかった。
「体裁を整えて、なんとかねじ込む。少し待っていてくれ」
ねじ込むと言うが、それは職権濫用というやつではないだろうか。しかし、それはエディリーンの知ったことではない。
「入所に当たって、何か試験があると思うが……。少し不便を強いることになると思う。すまない」
アーネストは申し訳なさそうに目を伏せる。
「……いいから、さっさと行け」
エディリーンはしっしっと追い払う仕草で手を振る。
貴族など気に食わないし、高圧的に来られれば反発するが、こう丁重な態度で接されると調子が狂う。それに、堅苦しいことは嫌だが、魔術研究院とやらに興味がないわけではなかった。
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