蒼天の風 祈りの剣

月代零

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第十一章 呼ぶ声は耳を掠めて

#4

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 雨は降り止まない。それどころか、ますますひどくなっているようだった。それに、ずっと気になっていたマナの乱れは、この近くから感じられる。この不自然なほどの雨と関係があるかははっきりしないが、詳しく調べる必要がありそうだった。
 それに、あの二人組のことも、引き続き警戒しなくてはならない。頭が痛くなりそうだ。

 これからどうするべきか。

 対策を練らなければいけないが、膝を抱えて揺れる暖炉の火を見つめ、暖かい空気に包まれていると、疲労も手伝ってついぼんやりしてしまう。しかし、

「さて、これからどうするか」

 ユリウスの声に最前の思考を言語化されて、現実に引き戻される。
 グレイス夫人とアンジェリカは、厨房に行って何か料理をしているようだ。ヨルンとデニスは、屋敷内の窓を補強したり、雨漏りがないか見回りに行って、暖炉の前にはエディリーンとアーネスト、王子たちの五人が残っていた。

「雨が弱まったら、騎士たちと合流して、予定通り王都を目指すべきとは思いますが……。馬車を失ってしまいましたし、一度グラナトに戻った方がいいかもしれませんね」

 神妙な顔でアーネストが言うが、問題は、

「無事にそうできるかどうか、だな……。エディリーン嬢、勝算はあるのか?」

 先程使用した、マナの流れを封じる鎖は、時間がなくて一つしか作れなかった。だが、簡単には解けないはずだし、少なくともあの少年一人は無力化したはずだ。残る一人は、少年ほどの力は持っていないように見えたし、勝てない相手ではないと思う。
 それを言うと、

「そうか。では、負担をかけてすまないが、魔術師相手ではそなたしか頼れるものがいない。俺たちも自分の身は自分で守るつもりだが、最終的には頼ることになるやもしれん。その時はよろしく頼む」

 ユリウスはエディリーンにそう言葉をかける。

「……わかっています」

 王族なんだから、下々の者には偉そうに命令すればいいのにとエディリーンは思うが、そうしないのはこの王子の美徳なのだろうと思う。もっとも、臣下になった覚えはないとは常々言っているし、そんなことをされれば彼らを見捨てて去るだけだが。
 しかし、シャルロッテとアレクシスは、通常の主従とは少し違う雰囲気のやりとりに、首を傾げているようだった。

「だが、奴らの目的が何なのかは判然としないが……。帝国が本腰を入れて魔術を戦いに使う準備をしているのなら、こちらも対策を練らなくてはいかんな。魔術師の部隊を作るか……?」

 独り言のように呟くユリウスを、エディリーンは軽く横目でねめつける。

「わたしは協力しませんよ。魔術を濫用すればマナの流れが乱れ、世界の均衡が崩れます。まともな魔術師なら賛同しないだろうし、そんなことをしたら師匠に殺されます」

 王侯貴族の命令と、自分の師匠のから課せられた掟。この身分社会でどちらが優先されるかは自明の理に思えるが、目の前の利益よりも守らなければならないものもある。魔術師の掟とは、そういうものだった。

 王族の命に背いて処刑されるか、魔術師の掟に逆らって師匠に殺されるか。どちらもろくな未来ではないが、少なくともエディリーンには、育ててもらった師のこともその教えも、ないがしろにする気はなかった。
 ふむ、とユリウスは顎に手を当てる。

「魔術師たちと話していると度々耳にするが、世界の均衡が崩れるとはどういうことだ?」

 聞かれたエディリーンはどう説明したものかと、しばし逡巡する。体感で知っているものを言葉で他人にもわかるように説明するというのは、案外難しい。

「魔術は、マナを扱う術です。そして、マナとはこの世の全てのものに宿る力。人や動物、植物だけでなく。この空や大地、全てのものにです。そして、その力は星全体を巡り、循環している。けれど、どこかで力を濫用すれば、循環が滞る。その結果、日照りや長雨、地震など、様々な災害を引き起こすと言われています」

 星を巡るマナの流れを視て、その均衡を保つのも、魔術師の役目だった。常人には見えないものを見て、境界に立ち、物事を見つめ、道を示す。エディリーンは魔術の師匠であるベアトリクスに、そう教わった。
 本音を言えば、便利な力を堂々と振るって何が悪いと思わないこともなかったが、ベアトリクスの怒りが怖いので、教えには素直に従っている。

 それに。

「この異常な雨も、その結果かもしれない」

 それを目の当たりにしては、掟を根拠のない守る価値のないものと一蹴することもできないと思うのだった。
 エディリーンが窓に目を遣ると、つられてその場の全員がそちらを見る。

 その時だった。
 どおん、と近くで爆発音がして、屋敷全体が震えた。
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