26 / 51
第2章 時の使者
9話 報告会
しおりを挟む
会議室内は全てにおいて未完成である。
というのもメンバーから足りていない。偶然遭遇してしまった人間相手にどこぞのエゴイストもびっくりなシュートをかまし現在進行系で捜索中の者とそれに巻き込まれて探させられる者たち。柱が立ったら駆けつけるよう言っているにも関わらず来ることなく今だにどこかを彷徨っている者。いるのは真面目に待っている武士と執事、机に足を乗っけて漫画を読みながらケラケラと笑う道化師の格好をした少女、不甲斐なさと不安に押し潰されそうになっている人間の四人だけであった。
次いで机の上の資料はこの学校付近の地図とどこから拾ってきたのか木之伸が持ち出してきた『飛び出し注意』の看板のみであった。
「そういえば輝宝たちは?」
「私が来ても意味はないからと。亢進らも面倒だと聞かなくて…冬馬様のご命令であれば呼び出しますが」
「いいよ。学校に残ってたわけだし報告することもないからね」
「申し訳ございません」
十二使は皆自分勝手である。これは別に悪い意味ではなく当たり前のことではあるのだ。自我を持ってして感情や思想というものがそれぞれで違うと言うのは当たり前で大した話ではない。何より自分だけでは判断しかねる機会や大きな決断しなくてはならない時に偏った結論を出さないため、“選んでよかったと思える選択”をするためには違った考えの持ち主は必要なのだと思う。だから本人がそうしたいと思うことをできるだけ尊重したいのが冬馬の真意だ。
「まぁそれで集合の合図無視されちゃ困るんだけどね…」
誰かに言うわけでもなく苦言を呈していると、外がばたばたと騒がしくなる。どちらかが帰ってきたという見当はつくがなぜここまで慌ただしいのか、疑問を持ちつつも会議室内で待つのみの冬馬は落ち着きを演じていた。
「ごめんねぇ。おまたせしましたぁ」
使者に連れられて会議室へ入ってきた少女はどこか眠たげな声で遅刻を詫びたのだった。
雲のような浮遊物に乗った眠たげな少女、氣琵は大きなあくびをしながら部屋に入る。光に反射することでよりきれいな輝きを見せる銀髪に常に眠たげなジト目、もこもこしたピンク色のルームウェアは見ているだけでも柔らかさが伝わってきていた。
後ろから塀述が極端に体を震えさせて扉をそっと閉める。
「随分と遅かったな。そもそも柱が立ったら向かうようにと伝えていたはずだが」
「しょうがないじゃんかぁ。こっちはこっちで色々あったんだからさぁ…」
「冬馬様の指示よりも自分らの事情か。随分と偉くなったものだな」
険悪な雰囲気に静かなる口論が行われるこの現状。残された塀述は涙目で土下座をして何度も地面に頭を擦るがそれを気にしている物はいない。
「二人とも落ち着いて。とにかく無事に帰ってきてくれたなら良かった。それでそっちの事情っていうのは?」
「それはねぇ…食べ物がいっぱいあったから持ってきたのぉ」
「食べ物?」
「そぉ!見たこと無い食べ物がいーっぱいあったのぉ」
「食べ物…あれ、そういえば仁悟は?」
そこでふと一人いないことに気づく。食べ物の話をしたからかよだれを垂らしたままの少女は「あぁ…」とよだれを拭きながら反応する。
「ジンはあいつらとお外で持ってきた食べ物の片付け」
「そっか、帰ってきてるんだね。それなら良いや」
「あいつら」とは十二使のもとに仕えさせた使者のことであろう。
“ジン”と、そう愛称で呼ぶことに驚きつつも無事を知れたことによる安堵のほうが大きい。
「氣琵たちが来たことですし、これ以上待つのは時間の無駄と判断しましたので平治たちには悪いですが報告会を始めておきましょう」
雑談に近い会話は停止され衣都遊によって本格的な報告会がスタートする。
「まずは氣琵、校外でのことを詳しく聞かせて」
「門を出て色々回ってみたんだけどいい土地は見つかんなかったなぁ。で、色々歩き回ってたらおっきい建物があって入ってみたらぁ…」
「食料がいっぱいあったと」
「そゆことぉ」
おそらくスーパーにでも寄ったのだろう。田舎者の冬馬からしたら東京にスーパーがあるのかどうかすら分からないが。
「他には?人間とか見かけなかった?」
「動いてないやつはいっぱいだったけどぉ、動いてるやつは…いないかなぁ」
考えているのかぼーっとしているのかわからない表情を見せながら答えているがつまりは土地を探している拍子にスーパーを見つけ食べ物につられて建てられた柱に気付かなかった、あるいは無視していたということになる。そこでふと疑問が冬馬の頭に生じる。
「…あれ?時の使者ってお腹空くんだっけ?」
使者の食欲問題である。─本来、時の使者には食欲や睡眠欲などはない。はずであるため食料などを見ても腹は減らず、興味すら持たずにスルーするべきなのだが柱の存在すらも気にならなくなるほどに食料に興味を持つのは疑問でしかない。
「空腹、という感情はないかと。食えと言われれば食べますが味を少し感じるくらいでお腹いっぱいともまだ足りないとも思いません」
「だよね…じゃあなんで食料なんて持ってきたの?」
「ジンがお料理したいんだってぇ」
衣都遊の説明のもと改めて生まれた疑問に氣琵はあっさりと答える。使者が食べないご飯を作る、なんとも奇怪なものだと感じざるを得ない。
「料理?冬馬様のためなら他の部下にやらせれば…」
「そんなのぉ、別に誰がなんのためにやろうと変わんなくなぁい?」
「しかしだな、なぜ我々にとって無駄な事をしようとしたがるのか理解できないだろ」
衣都遊や歩院は反対とかではなく分からないといった雰囲気であった。それもそのはず仁悟がやろうとしていることは必要ないことを自ら行っている奇行と取られても仕方がないことなのだから。
決着の見えない会話に冬馬は手を叩き中断させ注目を集める。
「とにかく。そうしたら家庭科室を開けとかないとね」
「カテイカシツ?なぁにそれ」
「調理するための器具とかが揃ってる部屋だよ。後で職員室から鍵を取ってくるね」
「ふぅん…」
「あ、調理本とかも用意したほうが良いかな。火とかもどうしよう…」
止まった世界の難点である火問題が来るとは。ここは火に似たものでも作るしか─
「…変、とか思わないの?」
「ん?」
冬馬の目を真っ直ぐ見て聞く。エメラルドグリーンの瞳が冬馬の心を見抜こうとしているかのようにも感じてしまう。
「食欲が無いからって料理しちゃだめなんて謎理論も良いとこでしょ。それに部下の趣味を応援しない上司は嫌われるってどっかで聞いたからね」
嘘ではない、が本音を言えば変とは思う。関心のないものを作りたいというのは矛盾にも聞こえてしまう。しかしそれはあくまで冬馬自身の主観的結論であって仁悟自身の思いとは違っているかもしれない。もしかしたら仁悟には食欲があるのかもしれない、そうでなくとも料理が好きなのかもしれない。十二使を作った時に求めていたのはそこである。冬馬の想像を超える、思ってもいないことをしたがる思考力を求めていたのだ。それを拒否する理由などどこにもない。
「………あっそ。トウマって変な人だねぇ」
「きっ…氣琵!呼び捨てだけでは飽き足らず侮辱とは…!」
「ホント主様は変ッス」
今だに土下座している塀述の頭に足を乗せ踏みつけている木之伸が氣琵に相槌を打って賛同していた。
氣琵に対してブチギレの歩院に見向きもしない本人、頭を踏まれたことの屈辱さに顔を赤くして激怒する塀述とそれを無視して頷く木之伸。騒がしさはピークに達して会議どころではなくなってしまっていたのだった。
というのもメンバーから足りていない。偶然遭遇してしまった人間相手にどこぞのエゴイストもびっくりなシュートをかまし現在進行系で捜索中の者とそれに巻き込まれて探させられる者たち。柱が立ったら駆けつけるよう言っているにも関わらず来ることなく今だにどこかを彷徨っている者。いるのは真面目に待っている武士と執事、机に足を乗っけて漫画を読みながらケラケラと笑う道化師の格好をした少女、不甲斐なさと不安に押し潰されそうになっている人間の四人だけであった。
次いで机の上の資料はこの学校付近の地図とどこから拾ってきたのか木之伸が持ち出してきた『飛び出し注意』の看板のみであった。
「そういえば輝宝たちは?」
「私が来ても意味はないからと。亢進らも面倒だと聞かなくて…冬馬様のご命令であれば呼び出しますが」
「いいよ。学校に残ってたわけだし報告することもないからね」
「申し訳ございません」
十二使は皆自分勝手である。これは別に悪い意味ではなく当たり前のことではあるのだ。自我を持ってして感情や思想というものがそれぞれで違うと言うのは当たり前で大した話ではない。何より自分だけでは判断しかねる機会や大きな決断しなくてはならない時に偏った結論を出さないため、“選んでよかったと思える選択”をするためには違った考えの持ち主は必要なのだと思う。だから本人がそうしたいと思うことをできるだけ尊重したいのが冬馬の真意だ。
「まぁそれで集合の合図無視されちゃ困るんだけどね…」
誰かに言うわけでもなく苦言を呈していると、外がばたばたと騒がしくなる。どちらかが帰ってきたという見当はつくがなぜここまで慌ただしいのか、疑問を持ちつつも会議室内で待つのみの冬馬は落ち着きを演じていた。
「ごめんねぇ。おまたせしましたぁ」
使者に連れられて会議室へ入ってきた少女はどこか眠たげな声で遅刻を詫びたのだった。
雲のような浮遊物に乗った眠たげな少女、氣琵は大きなあくびをしながら部屋に入る。光に反射することでよりきれいな輝きを見せる銀髪に常に眠たげなジト目、もこもこしたピンク色のルームウェアは見ているだけでも柔らかさが伝わってきていた。
後ろから塀述が極端に体を震えさせて扉をそっと閉める。
「随分と遅かったな。そもそも柱が立ったら向かうようにと伝えていたはずだが」
「しょうがないじゃんかぁ。こっちはこっちで色々あったんだからさぁ…」
「冬馬様の指示よりも自分らの事情か。随分と偉くなったものだな」
険悪な雰囲気に静かなる口論が行われるこの現状。残された塀述は涙目で土下座をして何度も地面に頭を擦るがそれを気にしている物はいない。
「二人とも落ち着いて。とにかく無事に帰ってきてくれたなら良かった。それでそっちの事情っていうのは?」
「それはねぇ…食べ物がいっぱいあったから持ってきたのぉ」
「食べ物?」
「そぉ!見たこと無い食べ物がいーっぱいあったのぉ」
「食べ物…あれ、そういえば仁悟は?」
そこでふと一人いないことに気づく。食べ物の話をしたからかよだれを垂らしたままの少女は「あぁ…」とよだれを拭きながら反応する。
「ジンはあいつらとお外で持ってきた食べ物の片付け」
「そっか、帰ってきてるんだね。それなら良いや」
「あいつら」とは十二使のもとに仕えさせた使者のことであろう。
“ジン”と、そう愛称で呼ぶことに驚きつつも無事を知れたことによる安堵のほうが大きい。
「氣琵たちが来たことですし、これ以上待つのは時間の無駄と判断しましたので平治たちには悪いですが報告会を始めておきましょう」
雑談に近い会話は停止され衣都遊によって本格的な報告会がスタートする。
「まずは氣琵、校外でのことを詳しく聞かせて」
「門を出て色々回ってみたんだけどいい土地は見つかんなかったなぁ。で、色々歩き回ってたらおっきい建物があって入ってみたらぁ…」
「食料がいっぱいあったと」
「そゆことぉ」
おそらくスーパーにでも寄ったのだろう。田舎者の冬馬からしたら東京にスーパーがあるのかどうかすら分からないが。
「他には?人間とか見かけなかった?」
「動いてないやつはいっぱいだったけどぉ、動いてるやつは…いないかなぁ」
考えているのかぼーっとしているのかわからない表情を見せながら答えているがつまりは土地を探している拍子にスーパーを見つけ食べ物につられて建てられた柱に気付かなかった、あるいは無視していたということになる。そこでふと疑問が冬馬の頭に生じる。
「…あれ?時の使者ってお腹空くんだっけ?」
使者の食欲問題である。─本来、時の使者には食欲や睡眠欲などはない。はずであるため食料などを見ても腹は減らず、興味すら持たずにスルーするべきなのだが柱の存在すらも気にならなくなるほどに食料に興味を持つのは疑問でしかない。
「空腹、という感情はないかと。食えと言われれば食べますが味を少し感じるくらいでお腹いっぱいともまだ足りないとも思いません」
「だよね…じゃあなんで食料なんて持ってきたの?」
「ジンがお料理したいんだってぇ」
衣都遊の説明のもと改めて生まれた疑問に氣琵はあっさりと答える。使者が食べないご飯を作る、なんとも奇怪なものだと感じざるを得ない。
「料理?冬馬様のためなら他の部下にやらせれば…」
「そんなのぉ、別に誰がなんのためにやろうと変わんなくなぁい?」
「しかしだな、なぜ我々にとって無駄な事をしようとしたがるのか理解できないだろ」
衣都遊や歩院は反対とかではなく分からないといった雰囲気であった。それもそのはず仁悟がやろうとしていることは必要ないことを自ら行っている奇行と取られても仕方がないことなのだから。
決着の見えない会話に冬馬は手を叩き中断させ注目を集める。
「とにかく。そうしたら家庭科室を開けとかないとね」
「カテイカシツ?なぁにそれ」
「調理するための器具とかが揃ってる部屋だよ。後で職員室から鍵を取ってくるね」
「ふぅん…」
「あ、調理本とかも用意したほうが良いかな。火とかもどうしよう…」
止まった世界の難点である火問題が来るとは。ここは火に似たものでも作るしか─
「…変、とか思わないの?」
「ん?」
冬馬の目を真っ直ぐ見て聞く。エメラルドグリーンの瞳が冬馬の心を見抜こうとしているかのようにも感じてしまう。
「食欲が無いからって料理しちゃだめなんて謎理論も良いとこでしょ。それに部下の趣味を応援しない上司は嫌われるってどっかで聞いたからね」
嘘ではない、が本音を言えば変とは思う。関心のないものを作りたいというのは矛盾にも聞こえてしまう。しかしそれはあくまで冬馬自身の主観的結論であって仁悟自身の思いとは違っているかもしれない。もしかしたら仁悟には食欲があるのかもしれない、そうでなくとも料理が好きなのかもしれない。十二使を作った時に求めていたのはそこである。冬馬の想像を超える、思ってもいないことをしたがる思考力を求めていたのだ。それを拒否する理由などどこにもない。
「………あっそ。トウマって変な人だねぇ」
「きっ…氣琵!呼び捨てだけでは飽き足らず侮辱とは…!」
「ホント主様は変ッス」
今だに土下座している塀述の頭に足を乗せ踏みつけている木之伸が氣琵に相槌を打って賛同していた。
氣琵に対してブチギレの歩院に見向きもしない本人、頭を踏まれたことの屈辱さに顔を赤くして激怒する塀述とそれを無視して頷く木之伸。騒がしさはピークに達して会議どころではなくなってしまっていたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる