上 下
30 / 126
第6話 影の国

4 風は夜空をこえて

しおりを挟む
 風はすさまじい速さで、夜をとびこえていった。
 きらめく王都をあっというまに抜けて、草原を走り、山々をこえた。

 広がる夜空に、けてしまいそうだ。
 砂漠さばくきぬけながら、そんなことを思った。

 だが、砂漠をこえて岩山と岩山のあいだにすべりこんだかと思うと、その先には、またあの夢のような街明かりの王都が見えた。

「戻ってきたの?」

 るりなみの問いかけに、風の子は「いや」と答えた。

「いつもの街じゃないのがわかるだろう、るりなみ」

 そう言いながら、風の子は王都のまわりを囲む城壁じょうへきの外におりた。

「俺様が案内あんないできるのはここまでだ。るりなみ、おりても大丈夫だよ」

 風の背からおりると、るりなみは城壁を見あげた。

「この先は、影の国だ」

 風の子は人の姿になって、深刻しんこくな顔つきでそう言った。
 るりなみは背すじがふるえた。

「ここからは、世界がひっくりかえっているらしい。そこは、心の世界なのだとも言われているんだ。るりなみ、心をしっかり持つんだぞ」
「うん、大丈夫」
「震えているぞ、るりなみ」

 だが、そう言う風の子も、がちがちに緊張きんちょうしているように顔がこわばっていた。

 るりなみはそんな風の子を見て、ふ、と微笑ほほえんで、手をさし出した。

「ありがとう」

 風の子はその手をにぎるようにひゅっ、とかすめると、風の姿に戻った。

「気をつけろよ、るりなみ! 影の国がどうなるか、上空じょうくうで見ててやるよ!」

 風の子はそう言い残し、はるか空の上のほうへとっていった。

 るりなみは深呼吸しんこきゅうをして、城壁の門をあらためて見あげた。

 門は、まだひらかれたことのない分厚ぶあつい本のように、重々おもおもしくざされている。

 ……どうやったら、この門は開くんだろう。
 るりなみはそう思いながらも、とびらに手をれた。

 すると、るりなみは気づかなかったのだが……るりなみの足もとから、るりなみの影がひょい、と扉の下をくぐり、門の向こうに伸びていった。

 そして、ぎぎぎ、と重い音をたてて、扉が向こうにひらいた。

 扉の向こうには、だれもいない。

 ひとりでに開いたかのような扉に、るりなみはびっくりした。
 るりなみの影が先に国の中へ入ったからひらいたのだ、とは、思いもしなかった。

 るりなみの影は誰にも気づかれることなく、るりなみの足もとに戻った。


   *   *   *
しおりを挟む

処理中です...