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第6話 影の国

6 迷い込んだ横丁

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 一歩みこむと、そこは、不気味ぶきみなにぎわいを見せる別世界べっせかいだった。

 路地裏ろじうら、いや、横丁よこちょう、だろうか。

 道のわきにはごちゃごちゃとした屋台やたいが立ち並び、真っ黒な影が「いらっしゃい、いらっしゃい」と口々に声をあげていた。

「よってらっしゃいみてらっしゃい、影ねずみのおどりだよ」
「海の底の流氷りゅうひょうの影をごらんあれ」
「影を煮詰につめたジュース、飲んでいかないかい?」
「ガラスに影をめこんだ万華鏡まんげきょう、きれいですよ」

 るりなみはあっけにとられて往来おうらいへ踏み出した。
 口々にさそい文句をうたう影たちはまるで人さらいのようでおそろしかったが、好奇心こうきしんもうずいた。

 いくつめかの屋台の品物しなものの中には、たいそう美しい星座盤せいざばんがあり、るりなみは思わず顔を近づけてながめていた。

「おやおや、影でないおかたとはめずらしい。しかしお客さん、お目が高い……」

 店主てんしゅの影が、手をこすりあわせながら、るりなみの近くにってくる。
 はっとして顔をあげたるりなみは、その店主の影とぶつかってしまった。

 いや、ぶつかったのではなかった。通りけてしまったのだ。

 るりなみの頭とかたはひゅっと店主の影を通りけ、暗い水の中で目をひらいたような景色けしきが見えたかと思うと、頭も肩も、氷水こおりみずにひたされたかのような冷たさにおそわれた。

「ごめんなさい!」

 るりなみは冷たさにおどろき、とっさにそうさけぶと、屋台からはなれた。

 だがその先で、通行人つうこうにんの影に正面からぶつかり、通り抜けて、ころんでしまった。またも影を通り抜けたとき、おそろしい冷たさがけめぐった。

「わっ、わっ……」

 転んでひざをついたるりなみを、けてくれる影もあれば、ぶつかって抜けていく影もあった。そのたびにすさまじい冷たさにるりなみはぞくりとなり、混乱こんらんし、なみだがあふれてきた。

 やっぱり、影って、普通ふつうのものじゃない……!

 ここから、逃げなくては。るりなみはあの骨董品こっとうひん裏口うらぐちからここにやってきたのも忘れて、とにかく路地ろじの先へ、先へと走り出した。

 そこからは、もうよくおぼえていない。

 影がたくさんいる路地もあれば、またしても誰もいない絵画かいがの中のような通りもあったと思う。

 だが、るりなみは泣きじゃくっていて、もうわけがわからなかった。

 何度も影とぶつかった体は、冷たさが消えたあとも、大事だいじなあたたかさがそがれてしまったような感じがして、なかなかもとにはもどらなかった。


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