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[番外編] 第7話 虹の王冠

9 夢のおまじない

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 二人の笑いの波が引いていったあとに、るりなみが口をひらいた。

「あのね、ゆいり。僕も、かくしていたことがあるんだ」
「……それを、おつたえいただけるのですか?」

 やんわりといかけると、るりなみは「うん」とうなずいてかたり出した。

「実は、この何日も、虹をかけるたび、僕は夜中に悪夢あくむを見ていたんだよ」

 ゆいりは、おだやかな表情ひょうじょうたもったまま、内心ないしんおどろいていた。

 今まで、るりなみは悪夢を見ると、そのばんふたたび眠ることができなくなってしまう性分しょうぶんだった。
 朝になればゆいりにその夢をすべて話しにきて、おまじないを一緒いっしょとなえる──そういう日が、あまたにあった。

 ゆいりは、そうでしたか、というように軽くうなずいて、るりなみの目を見た。

「それは、虹をかけることと、関わりのある悪夢だったのですか?」

 るりなみは、目をせて続きを語った。

「毎晩ひとつずつ……小さいころからの、こわかったこと、いやだったこと、思い出したくないことが夢にあらわれるんだ。見ているうちに、そのとき感じた気持ち、そのあとも感じてきた気持ちが、あふれてどうしようもなくなる」

 言葉をえらびながら、るりなみは語っていく。

「でもそのうちに──そのときにきずを受けた心は、ずうっと僕の中でなみだを流していたんだなぁ、って思えるようになってくる。それに気づくと、おそってきていた昔のできごとは去っていって、ただ僕の気持ちだけが、なんにもない白い夢の中に残る。それが、のこりの火や、傷ついた姿すがたの心や、泣いてる子どもみたいに見えることもあるんだ」

 ゆいりは、想像そうぞうした。
 なにもない、真っ白な夢の空間で、十歳のるりなみが、もっとずっとおさないるりなみが泣いているのに、向き合うところを。

「そうして、炎や心や、幼子おさなごに向き合って、どうされたのですか?」
「うん、あのね……近づいていって、大丈夫だいじょうぶだよ、って言いながら……一緒におまじないをするんだ。ゆいりが、いつも僕にしてくれてたように」

 るりなみははにかみながら、指で目の前をなぞるようにして、おまじないのしるしをひとつえがいてみせた。

「そうすると、僕の心から、わっと虹のが広がっていくんだ。そうしたら、虹の精霊せいれいがやってきて、次の日は──朝起きたら、どうやって虹をかけたらいいか、教えてくれるんだよ」

 ゆいりは思わず、目を細めて微笑ほほえんでいた。

 目の前にすわっている「王子様」のことを──彼がこの国の王子であることもふくめて、しかし、それだけではとても言いあらわせない、とうと存在そんざいだということをあらためて思いながら──、

 ゆいりは、こうして微笑みながら彼をながめることができる時間を、しあわせだ、と感じた。


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