ユイユメ国ゆめがたり【完結】

[第２部] 第８話 夜めぐりの祭り

１ 冬の塔の少女

　深い森となだらかな山々に囲かこまれて、ユイユメ王国の王都おうとの街まちがそびえています。
　冬も深まり、一年でいちばん長い夜には、年とし越こしのお祭まつりがあるのです。
　そのお祭りは、月つき祭まつりとも、星ほし祭まつりとも呼ばれて、新しい年を占うらなうもの。

　王国の未来や、王宮おうきゅうに暮くらす王子や王女たちのことも、占うのかもしれません──。

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　静かな冬の夜。
　王宮のとある塔とうの中、かわいらしい寝室しんしつで。

　十歳ほどの少女が、はりだした窓まどの向こうの星空ほしぞらに向かって、祈いのっていた。

「これは、私わたしのわがままなのだと思います」

　少女はきつく手を組んで、涙がにじむほど強く目を閉じて、ひとりでつぶやく。
　ベッドの上にひざをついて、窓に身を乗りだすようにして、その向こうの夜へ向けて。

「でも、私はこのままではいられないの」

　明かりの消された部屋には、月と星の光が差さして、やわらかそうなベッドや透すけたカーテンを照てらしている。
　動物のぬいぐるみや、王国の各かく地ちのお土産みやげの人形にんぎょうたちが、ベッドの枠わくに並べられて、少女を優やさしく見守っていた。

　それでも少女は、悲しい覚かく悟ごを決めるときのような声でつぶやき続つづける。

「ほんのちょっとでいい……なにか、違ちがう運命うんめいを、生きられるなら」

　するとそのとき、ばたん、と大きな音を立てて、窓が外に開ひらいた。

　ごうっ、と塔に吹ふきつけてきた風が、そのまま少女の部屋に流ながれこみ、再ふたたび、ばたん、と窓が閉しまる。

　少女はびっくりして、思わず目をぱちぱちとまばたかせて、窓を見ていた。
　でも、もっとびっくりするのはそれからだった。

「やぁ、こんばんは」

　いつのまにか、ベッドの向こうに誰だれかが立っていた。

　闇やみのような色のマントをまとって、真っ白な髪かみをした少年だった。

　少女よりいくらか年上で、まだ大人よりはずいぶん背せも低く、しかし子どもとは呼ばれない年頃としごろの、親したしげな笑えみを浮うかべた少年。
　そのざっくりと切られた髪は、光っているかのような白さで、ふつうの白髪はくはつではなかった。

　なにより、ふつうの少年ではない証しょう拠こに、棺ひつぎのような形の弦げん楽器がっきを背負せおって、長い弓ゆみを手にしていた。

　少女は、その楽器を、本の挿絵さしえでしか見たことがなかった。

　死し者しゃを迎むかえにあらわれる死神しにがみが持つという、魔法の楽器がっきとして描えがかれていたのだ。

　と、いうことは……。

「死神さん……？」

　少女はおずおずと、だが怯おびえることはなく問といかけた。

「死神ではないよ」

　さらりと少年は返した。

　そして、よいしょ、と背負っていた楽器を自分の横に立てて置おく。
　その楽器の、半月はんげつの形にくりぬかれた穴に手をつっこみ、中からなにかを取り出した。

　それからベッドの脇わきを歩き、少女に何なん歩ほか近ちか寄よった。

「死神ではないけれど、君の願ねがいに力を貸かすことはできる。だとしたら、君になにも渡わたさずに通とおり過すぎるなんて……そんな不ふ親切しんせつなことはできませんよ、王女おうじょ殿でん下か」

　少年は丁寧ていねいに頭を下さげながら、ベッドの中ほどに、楽器から取り出したなにか丸いものを置おいた。

　少女は、他人からなれなれしく「君」なんて呼ばれることは、滅多めったにない。まして、自分を「王女殿下」とも知って呼びかけながら、親したしげに「君」だなんて……この少年は、なにものなのだろう。

　そう思いながらも、少女には自然しぜんとわかっていた。
　死神ではないにしても、彼は、夜や闇に属ぞくするものだ。

　それでもいい、と少女は思った。
　夜や闇を遠ざけたいとは思わない、と。

　そうやって、心の中で少年を受け入れてから、少女はベッドの上に置かれた丸いものをしげしげと見て、手を伸のばした。

　少女が手にしたとたん──それは、動き出した。

「あの、これは……」

　そのときにはもう、少女の部屋から、白い髪の少年はいなくなっていた。

　ユイユメ王国の王女ゆめづきは、手の中でかちかちと動くものを、じっと見つめ続けた。
　長い夜が更ふけて、また一日、年が暮くれていく──。


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