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[第2部] 第8話 夜めぐりの祭り
4 桜色の王女
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屋上庭園を渡り、南の塔へやってきたるりなみは、二階の部屋をめざした。
もしも迷ったら誰かに聞こう、と思っていたが、誰にも出会うことはなかった。
塔の二階のつくりは、真ん中のらせん階段の周りにぐるりと部屋が並ぶ、という北の塔と同じものだったが、空き部屋もあり、がらんとしていた。
六番目の部屋、をあらわす装飾文字が彫りこまれた扉の前で、るりなみは深呼吸をして、灯籠を抱えなおした。
この部屋に、誰が待っているのだろう。
耳を澄ましても、話し声も音楽も聴こえてくることはなかった。
こんこんこん、とノックをしてみる。
それでも、誰の返事もなく、扉は閉まったままだった。
るりなみはしばらく迷ってから、扉に手をかけ、押し開けてみた。
「ごめんください……」
小声でことわりながら、一歩踏み入った部屋は、北の塔のるりなみの教室に似ていた。
アーチ形の窓が並び、いくつかの机に、天文や歴史の教材のような小物が置かれている。
誰もいないのかな、と見回すと、奥にある小さな机に向かって、自習の勉強をしているらしい子どもがいるのが見えた。
あっ、とるりなみは心の中で声をあげる。
うしろ姿であっても、その子が誰だか、すぐにわかった。
桜色の髪をくくって、るりなみと同じほどの背丈をした女の子。
──それは、しばらく会うことのなかった、ユイユメ王国の十歳の王女「ゆめづき」だった。
るりなみは少しだけ安心して、ほっと息をつき、何歩かゆめづきに近づいた。
机には、勉強をしているふうに本や紙束が広げてあるが、ゆめづきは手に握りしめたなにかを眺めまわすのに夢中になっている。丸みをおびた細工品のようだが、なんなのかはよく見えない。
「あの!」
るりなみが大きめに呼びかけると、ゆめづきの肩がびくり、とはねた。
驚いて振り向いたゆめづきは、とっさに、手にしていたものを服の中に隠した。
ペンダントのように、首からかける鎖がついているのが、ちらりと見えた。
「兄様! びっくりした、気配がないんだもの」
るりなみは、それはゆめづきが夢中になりすぎていたからでは、と言い返そうとしたが、どう呼びかけようか、と迷って口をつぐんでしまった。
小さい頃は、本当の兄妹のように親しかった相手。
同い年で、誕生日も近く、双子の王子王女のように扱われて、いっしょに遊んで。
その頃のゆめづきは、わくわくするごっこ遊びの物語を考える天才だった。
けれど、ゆめづきは王都を出て離宮に移り住み、大きくなってからは、お祝いや記念の儀式のときに、遠くから顔をあわせるだけになってしまった。
今になっては、もう、相手になんと呼びかけたらいいか、わからないのだ。
しかし、いつまでもなにも言わないわけにはいかなかった。
「ええと……あなたが、これを届けるように、って頼んだの?」
るりなみがそう言って灯籠を差し出そうとすると、ゆめづきは「もう!」とさえぎって立ちあがり、わざとらしく怒り出した。
「だめです! 兄様から、あなた、なんて呼ばれたくないです」
「ええっ」
るりなみは小さく困惑の声をあげる。
ゆめづきは、昔から、るりなみを「兄様」と呼ぶ。
王女ゆめづきは、王子るりなみの妹君、と公には言われているが、本当は妹ではなくて親戚である、とるりなみは聞いていた。
どういう親戚かは教えてもらったことがないし、表立っては妹とされるゆめづきが、なぜ普段は離宮で暮らすようになったのかも、るりなみは知らない。
わからないことが山積みになるうちに、ゆめづきの心とも、いつしか遠ざかってしまったように感じていた。
でも、もしも勇気を出したら、少しだけでも、仲良くなれるとしたら──。
「じゃあ、なんて呼べばいいかな?」
るりなみは親しげな調子で、問いかけてみた。
「ええと」とゆめづきは怒るのをやめて、目を泳がせた。
「ゆめづき、とか、ゆめ、とか……あっ、そうだ、そうです!」
ゆめづきはなにかを思い出したように、人差し指を立ててみせた。
「そしたら、私のことは、君、って呼んでください、兄様」
小さい頃にも、そうは呼ばなかった気がする……けれど、「君」と呼ぶのは友達みたいでいいな、とるりなみも思った。
「うん、わかった」
「やったぁ!」
ゆめづきは、それがなにか特別に嬉しいことであるかのように、飛びはねて笑った。
もしも迷ったら誰かに聞こう、と思っていたが、誰にも出会うことはなかった。
塔の二階のつくりは、真ん中のらせん階段の周りにぐるりと部屋が並ぶ、という北の塔と同じものだったが、空き部屋もあり、がらんとしていた。
六番目の部屋、をあらわす装飾文字が彫りこまれた扉の前で、るりなみは深呼吸をして、灯籠を抱えなおした。
この部屋に、誰が待っているのだろう。
耳を澄ましても、話し声も音楽も聴こえてくることはなかった。
こんこんこん、とノックをしてみる。
それでも、誰の返事もなく、扉は閉まったままだった。
るりなみはしばらく迷ってから、扉に手をかけ、押し開けてみた。
「ごめんください……」
小声でことわりながら、一歩踏み入った部屋は、北の塔のるりなみの教室に似ていた。
アーチ形の窓が並び、いくつかの机に、天文や歴史の教材のような小物が置かれている。
誰もいないのかな、と見回すと、奥にある小さな机に向かって、自習の勉強をしているらしい子どもがいるのが見えた。
あっ、とるりなみは心の中で声をあげる。
うしろ姿であっても、その子が誰だか、すぐにわかった。
桜色の髪をくくって、るりなみと同じほどの背丈をした女の子。
──それは、しばらく会うことのなかった、ユイユメ王国の十歳の王女「ゆめづき」だった。
るりなみは少しだけ安心して、ほっと息をつき、何歩かゆめづきに近づいた。
机には、勉強をしているふうに本や紙束が広げてあるが、ゆめづきは手に握りしめたなにかを眺めまわすのに夢中になっている。丸みをおびた細工品のようだが、なんなのかはよく見えない。
「あの!」
るりなみが大きめに呼びかけると、ゆめづきの肩がびくり、とはねた。
驚いて振り向いたゆめづきは、とっさに、手にしていたものを服の中に隠した。
ペンダントのように、首からかける鎖がついているのが、ちらりと見えた。
「兄様! びっくりした、気配がないんだもの」
るりなみは、それはゆめづきが夢中になりすぎていたからでは、と言い返そうとしたが、どう呼びかけようか、と迷って口をつぐんでしまった。
小さい頃は、本当の兄妹のように親しかった相手。
同い年で、誕生日も近く、双子の王子王女のように扱われて、いっしょに遊んで。
その頃のゆめづきは、わくわくするごっこ遊びの物語を考える天才だった。
けれど、ゆめづきは王都を出て離宮に移り住み、大きくなってからは、お祝いや記念の儀式のときに、遠くから顔をあわせるだけになってしまった。
今になっては、もう、相手になんと呼びかけたらいいか、わからないのだ。
しかし、いつまでもなにも言わないわけにはいかなかった。
「ええと……あなたが、これを届けるように、って頼んだの?」
るりなみがそう言って灯籠を差し出そうとすると、ゆめづきは「もう!」とさえぎって立ちあがり、わざとらしく怒り出した。
「だめです! 兄様から、あなた、なんて呼ばれたくないです」
「ええっ」
るりなみは小さく困惑の声をあげる。
ゆめづきは、昔から、るりなみを「兄様」と呼ぶ。
王女ゆめづきは、王子るりなみの妹君、と公には言われているが、本当は妹ではなくて親戚である、とるりなみは聞いていた。
どういう親戚かは教えてもらったことがないし、表立っては妹とされるゆめづきが、なぜ普段は離宮で暮らすようになったのかも、るりなみは知らない。
わからないことが山積みになるうちに、ゆめづきの心とも、いつしか遠ざかってしまったように感じていた。
でも、もしも勇気を出したら、少しだけでも、仲良くなれるとしたら──。
「じゃあ、なんて呼べばいいかな?」
るりなみは親しげな調子で、問いかけてみた。
「ええと」とゆめづきは怒るのをやめて、目を泳がせた。
「ゆめづき、とか、ゆめ、とか……あっ、そうだ、そうです!」
ゆめづきはなにかを思い出したように、人差し指を立ててみせた。
「そしたら、私のことは、君、って呼んでください、兄様」
小さい頃にも、そうは呼ばなかった気がする……けれど、「君」と呼ぶのは友達みたいでいいな、とるりなみも思った。
「うん、わかった」
「やったぁ!」
ゆめづきは、それがなにか特別に嬉しいことであるかのように、飛びはねて笑った。
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