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第9話 星菓子の花

1 銀の庭園で

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 時は、この世界をめぐり、この世界を流れ、この世界を動かしている……。
 植物しょくぶつはぐくみ、季節きせつめぐらせ、あらゆるものを古びさせ、新しく生みもする……。
 ユイユメ王家おうけ図書室としょしつかれていた本には、そういうふうに書かれていました。

 王子るりなみはこの頃、時や時空じくうのことを、とてもふしぎに思っています──。

   *   *   *

 初雪はつゆきり、その朝は銀世界ぎんせかいが広がった。

 うっすらとあたりが明るくなった早朝そうちょう、ふと目をました十歳の王子るりなみは、バルコニーの外の景色けしきに「わぁ!」と声をあげた。

 見わたす先に広がる王都おうとまちは、家々いえいえも、はしも、とうも、すべてが雪をかぶって、純白じゅんぱく模型もけいの街のように見えた。それもただの模型ではなく、お菓子かし職人しょくにん精巧せいこうにつくりあげた、砂糖さとう菓子がしの街だ。
 そこにはまだ、だれ姿すがたも足あともない。

「きっと、屋上おくじょう庭園ていえんもきれいだろうな……」

 部屋の中には、バルコニーでそだてていたはちえの植物たちが、雪にあたらないようにと取りこまれてならんでいる。
 また、るりなみの足もとには、うすい朝の光の中でも、ちゃんとかげがついている。

 そういった友達に声をかけるようにつぶやくと、るりなみは寝間着ねまきの上にぶあついコートをはおって、こっそりと寝室しんしつけ出した。

   *   *   *

 銀のくもぞらからは、ひらひらと雪がい落ちている。雲の向こうにのぼりつつある太陽はあわく世界をらすだけで、この日の主役しゅやく新雪しんせつにゆずっていた。

 さらさらとした雪をかぶった屋上庭園に出て、るりなみはほう、と白いいきをはいた。

 庭園はひっそりとしていたが、なにかの予感よかんちていた。
 雪の下で、冬の花や葉っぱたちが、そして春をたねたちが、るりなみといっしょに、初雪にどきどきとしているのがつたわってくる気がする。

 るりなみは、新雪の上に一歩をみ出して、つぶやいた。

一番いちばんりだけど、一番乗りじゃないよね。ここはみんなのにわで、みんなのおうちだもんね……!」

 さっくり、さっくりと雪を踏み、花壇かだんの植物の葉の上の雪をそっとはらって話しかけながら、るりなみは庭園のおくへ進んでいった。

 静かな雪の世界で、耳をませば、いろいろな音が鳴っている。

 もった雪がきしむような音も、雪のってくる空の上でなにかがうずくような音も……。

 その中に、しゃらしゃらと銀の糸をかき鳴らすような、精霊せいれいがさざめいているような音の流れがこえる気がして、るりなみは立ち止まった。

 それはとてもかすかで、楽器がっきの曲か合唱がっしょうの歌かもわからない。
 どこかの塔の部屋で、誰かがなにかをかなでているのかな、と思いながらまた歩き出すと、奥の東屋あずまやに、誰かがいるのが見えてきた。

 近づいていき、るりなみは首をかしげた。

 今朝けさの雪のように真っ白なかみをした少年が、静かに目を閉じ、大きなげん楽器がっきかかえてベンチにすわり、ゆみを動かして演奏えんそうをしていた。

 なめらかなつやのある楽器の胴体どうたいは、ふしぎなはこのようで、さかなの形にも見えた。
 そこにはさまざまな長さの弦が無数むすうられていて、少年はいっぺんにたくさんの弦をかき鳴らしていた。

 けれど、その演奏の音は聴こえない。

 いや、そうじゃない、とるりなみは目をまたたいて耳を澄ました。
 さっきから聴こえている、天空てんくうの精霊の歌声うたごえのような、しゃらしゃらとした音の流れこそが、目の前の少年の演奏から生まれている音楽だった。

「すごい……」

 るりなみが思わずつぶやいても、少年の耳にはとどかないようだった。

 演奏する少年の前の東屋のゆかには、敷物しきものが広げられて、その上にはたくさんの植物の種が並べられていた。
 東屋の中には、暖房だんぼうになる魔法の石があるわけでもないのに、春先はるさきのようなあたたかな空気がただよっている。

 少年がなにをしているのか、まったく見当けんとうがつかなかったし、王宮おうきゅうの中で、今までに出会ったことのない人だった。
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